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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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ストラスブール Opus 1

 ストラスブール。この街の名前の由来は『街道の街』。

 パリとプラハを東西に結ぶ陸路の中間地点にあり、アルプスからドイツ、オランダを経て北海に流れるライン川の上流に位置する。アルザスは『ヨーロッパの十字路』と呼ばれ、ストラスブールはその中心都市として、中世から今日に至るまで交通の要所として栄えた。

 ドイツの文豪ゲーテや、オーストリアの政治家メッテルニヒがこの地の大学で学び、ルネッサンスの三大発明と呼ばれる活版印刷を発明したグーテンベルクも、この地に住んだ。

 ドイツとフランスの国境に位置するため、幾度もこの国境の街は、国が変わった。この百年余りも、普仏戦争でドイツが勝利した後は、ドイツ領となり、第一次大戦後はフランス領に、一九四〇年ヒットラーの第三帝国に併合され再びドイツ領となる。そして第二次大戦後は、またフランス領となり、現在に至る。市内には仏独の和解の象徴というべき欧州議会がある……。

 朗々と語り終えた渉が、私を見て屈託なく笑った。ドイツ語の新聞を読んであげたお礼のように、フランス語のガイドブックを朗読してくれたのだ。

 ユーロップ橋を渡った所は、まるで、東京近郊の少し寂れた街の雰囲気で、三十階くらい在る大きな建物が一つあり、他には数本の大きなポプラの木が目立つ。

 旅行者用の観光案内所(インフォメーション)があったので、立ち寄った。観光案内所で、最新のストラスブールの旅行情報を聞き、英語の地図を貰った。

「結局、ケールから一時間近く掛かったね。俺が道を間違えたから」

 旧市街の直ぐそばまで来て、渉が道を間違ったのを詫びた。

「おかげで大学とか、いろんなものを見ることができたわ。ユーロップ橋を渡った脇道を入った所に、第二次大戦中の戦車もあったし」

 小学校のそばの道路に、献花された戦車が飾られていた。錆びたものではなく、ペンキが塗られ、今にも動き出しそうなものだ。戦争の跡は、日本では終戦記念日に思い出すくらいで、風化するのに任されているが、ストラスブールではああした形で遺っていた。

 私は、目の前の二メートルくらいの川を指した。

「川があるのね」

「ああ、イル川だ。この川の中がストラスブールの旧市街、Grand-Ileなんだ。Grand-Ileは、一本だったイル川が二つに分かれ、ちょうど輪中のようになった部分さ。直訳すれば《Grand-Ile(大きな島)》で、街の人も観光客もGrand-Ileと呼ぶんだ」

「すごいね、渉。そのまま旅行会社の添乗員ができそう」

「ここに来る前に、一ヶ月もフランス語のガイドブックを読んだからさ」

 渉は、謙虚に言った。

 イル川の流れは、轟々と音を立てるほどではないが、速かった。

「川の外もそうだけど、中も綺麗。でも、この中も、やっぱりフランスよりもドイツを感じる」

 ちょうど、川を隔てた内側には、ドイツと同じ木骨の家が並んでいた。歩いている人も、パリで見る人より背が高い。

「何て言うか、ゲルマンにラテンの血を一滴落とした感じだね」

 渉は、私の言葉に当意即妙に答えた。

「ゲルマンにラテンの血なんて、うまい、座布団一枚! 添乗員は取り消しね。渉は日本に帰ったら、コピーライターとしてやっていけるわ」

 二人で初めて旅行をして、ついつい私は、はしゃいでしまう。

 目の前を、東洋人ぽい女性が歩いていた。留学している日本人だろうか。一瞬、こっちを見たような気がしたが、直ぐに目を逸らした。

 私もウィーンに留学している時に、同じようにしていた。旅行で来た日本人に、何年も昔からの知り合いのように話し掛けられるのが苦手で、目を合わせないようにしていたのだ。

「渉、国境を越えた所の観光案内所で地図を貰った時に、泊まるホテルを早く決めたほうが良いって言われなかった?」

 私は、渉のボストンからマフラーを出すと、くるっと半分捻って首に巻いた。

 すかさず渉が、私に「寒い?」と訊いてきた。

「朝より、気温は上がっているはずなのに、ちょっと冷えてきた感じがするの」

 実は、さっきから、悪寒を感じているのだ。

「昨日こっちに来たばかりだから、疲れているのかもしれないね。早く、ホテルを決めなきゃいけないや」

 渉が何かと気遣ってくれるのが、嬉しかった。

「そんなに心配しなくても、大丈夫よ! きっと長く歩いているから、冷えただけだと思う」

「ならいいけど。あっ、さっきの話だけど、欧州議会が来週から始まるので、泊まる宿は早く決めたほうがいいと言われた。でも、陽子はフランス語がわかったの?」

 私が全然フランス語がわからないと思っているようで、渉は、驚いていた。

「ウィーンにいる時に、フランス人が寄宿舎にいたから、少し覚えたの。ただ、日本にいると使わないから、ほとんど忘れてしまった。こっちに来て空港や駅で耳にしたからか、ヒアリングは少し戻ってきたみたい。でも、もとから渉のようには、話せないから」

「俺は、その代わりにドイツ語が全然駄目なんだ。音楽をやる人間はみんな耳がいいから、言葉を直ぐに覚えるけど、どうも違うみたい。とにかくさっき教わったホテル・アルゲントラムに行ってみよう。窓からカテドラルが見えて、まだ空いている部屋がある……。て言うか、ホテルに直接行くのではなく、これならあそこで予約すれば良かった」

 渉は、やはり、ストラスブールに行くのが嫌なのか、そういうと面倒くさい様子で、舌打ちした。

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