指環 Opus 4
2月から、忙しくって、間が空きました。
また、書き始めますので、読んでください。
よろしくお願いします。
バスは、ライン川に沿って進み、ドイツ側の国境の街ケールに着いた。
ケール駅の前の、四車線の大きな道路に沿って三百メートルほど歩くと、橋が在る。ドイツとフランスというヨーロッパの両大国を跨ぐ、ユーロップ橋だ。
俺はユーロップ橋を見て、思わず「フー」と溜息をついた。
「これがユーロップ橋だったんだ。もっと重厚な橋を想像していたのに」
ユーロップ橋は、多摩川に架かる国道などでよくみる、ごくありふれた橋だった。きっと車で走っていたら、気がつかないのではないかと思わせるものだ。
「うふっ。渉は、ナポレオンも渡り、第二次大戦ではヒットラーも通った、石造りの橋でも想像していたんでしょう。私も、ヨーロッパの国境がどんなものか知っているつもりだったのに、期待しすぎていたみたい。だから、ここが国境だと考えると、気が抜けてしまう」
陽子が言うようなフランス革命の頃から在った橋を、俺は想像していた。
「ああ、そんなやつ。馬鹿だった。橋は戦いの度に壊されるから、いつまでも在るわけないのに」
俺たちは、歩く足が速くなった。
「渉、この橋は車が多いからか、よく揺れるのね」
吊り橋でもないのに、大型車が通る度に揺れるような気がした。
「いざとなったら、簡単に爆破できるような構造に、なっているのかな?」
俺は、冗談のつもりで話した。
「じゃあ、どこかに爆弾が仕掛けてあるとか?」
冗談が通じなかったのか、本気で心配している陽子に笑った。
「まあ、今の時代に、そんなことはないよ」
陽子を笑っておきながら、俺まで心配になり、なぜかフランスではなく、ドイツ側の橋の付け根に目をやった。
ボーッと、汽笛が響いた。のんびりとした音だ。橋の下を《VAN GOGH》と書いた客船が走って行く。
「渉、ゴッホだって。下流は、オランダだから、ここまで遊覧船が来るのね」
陽子は、上流へと向かう客船に、軽く手を振った。
「ゴッホか。ゴッホが、生前たった一枚の絵しか売れなかった画家だなんて、信じられないよね」
「絵が売れなくても描き続けるなんて、凄い自信。普通なら、辞めるわよね。私には無理だなあ。今はピアニストとしてやっているけど、いつまで続くのかと不安になる」
優雅に見える音楽の世界だが、陽子のようにピアノだけで食べていくのは、かなり難しい。実際、アメリカではピアニストの名簿を、世界で最も高価な失業者名簿だと揶揄される。
ピアノは、ヴァイオリンや、管楽器のようにオーケストラの中でやっていけるわけではない。陽子のように、コンサートだけで生きていける恵まれたピアニストは、ほんの一握りなのだ。
今週は、水曜日にN響のコンサート。
楽しみです。




