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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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指環 Opus 2

 ハンスの店を出ると、バス停に向かった。二人で昨日、陽子が辿って来た道を、逆に歩いた。

 ときおり建物の間から見える葡萄畑は、葉も落ち、短く刈り取られ、春の訪れを待っているようだ。

「ハンスって、不思議な人。あんなお店をしているけど、きっと音楽に関わる仕事をしていたのよね。指が不自由だから、ピアニストではないはずだけど……」

 陽子が気がついたように、ハンスは、右手の人差し指の第一関節から先がなかった。

 しばらく歩いて、バス停に着いた。俺たちの他には、地元の高校生くらいに見える女の子と、六十歳前後の夫婦がいた。バスは、予定時間を過ぎているが、どうやら未だ来ていない。

 ほどなく、バスの姿が見え、目の前に停まった。乗る人は少なく、カイザースブルクで降りる人が出たために空席ができた最後部に俺たちは座った。

 カイザースブルクの街を出たバスは、運河に面した通りから離れ、大きな道路に出た。ハンスが渡した、黄色くなった新聞を、陽子は鞄から出した。

「ハンスは、五十年以上も昔の新聞を、ずっと大事に持っていたのね」

 陽子は感心したように言う。

「ああ、これだけで歴史だね」

 ハンスが渡した新聞は、変色はしているが、綺麗に折り畳まれて保存されていたのに違いない。折り目の部分が、回りよりも赤く染まっていた。

「私たちに頼んだけど、きっと自分で娘さんに会いたいはずだわ」

「娘って、マリアは、ハンスの娘なの?」

 何か血縁関係だとは思ったが、マリアがハンスの娘だとは、俺は聞いていなかった。

「ええ、ハンスとアルザスの女性との間に生まれた娘だと話していたわ。五十六歳になるそうよ」

「マリアが五十六歳なら、ハンスは七十五歳は行っているんだ? そうは見えないなあ」

 俺には、ハンスはもっと若く見えた。

「ハンスは体が大きくって、いつも背筋がピンと伸びているから、若く見えるのよ。それと、さっきドイツ語で話した時に、娘の左耳には、二歳になる前に、ハンスが誤ってピアノ線で傷つけた痕があるって」

 陽子はハンスとドイツ語で話した時の、俺が知らない内容を教えてくれた。

「二歳の疵じゃあ、今もあるか、わからないよ。それより、ハンスの子供なら、マリア・ガンダーではなく、ベルンハルトかもしれないね」

 フランスやドイツの姓の付け方が、どのようになっているのか、よく知っているわけではないが、ハンスの姓のベルンハルトを名乗っているんじゃないか。

「私も同じことを訊いたら、多分ガンダー姓だろうって」

 陽子の言葉に、ベルンハルトというドイツ風の名前が嫌で捨てたのかと想像した。だが、ガンダーにしてもドイツにありがちな名前なのだが。

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