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ラ・カンパネラ  作者: Opus
29/96

抱擁 Opus 2

あけまして、おめでとうございます。

本年も、よろしくお願いします。

皆様にとって、良い年であることをお祈りします。

 渉に、恋人は? どうしてだろう。何故か、考えたことがなかった。

 私に関しては、この七年の間、渉をずっと待っていたわけではなかった。

 一人で、孤高にピアノに向かうのは、やはり寂しかった。

 ピアニストとして、いや表現者として、恋愛によって、自分の演奏や音が変化するのではないかと、考えもした。確かに、情熱的にピアノに打ち込み、自分の演奏が、いや音が変わったと感じた時は、なぜか人を愛していた。

 だが、時間が経てば、新しい何かを、いや誰かを求めていた。私が望む演奏の先に、渉の演奏があるように、どんなに人を愛しても、渉を忘れられるほどの相手には巡り会えなかった。

 七年も前にいなくなった神崎渉が、ずっと特別な存在だなんて話したら、どれほどの人が信じるだろうか。付き合っている男性に満足しない、移ろいやすい性格の女だと思われるだけだろう。

 交際していたわけではない男を、ヨーロッパまで捜しに行くのだって、信じてもらえそうもない。とはいえ、現に私は、こうしてドイツの街を、渉と一緒に歩いている。

『歌に生き、愛に生き』

 プッチーニのオペラ『トスカ』のアリアが、頭の中に流れてくる。消せなかった渉への思いは、音楽でしか表現できないほど、熱いものだ。

 地球の裏側だって瞬時に連絡がとれる時代に、葉書一枚を頼りに、七年ぶりに逢った人と一緒にいるだけで、私の胸は高鳴った。目指すホテルまで来た時、心臓がウェディング・チャペルのように、響き始めた。

 渉が泊まっているホテルは、三階建ての真っ白な建物で、けっして、新しくはないが、綺麗に掃除されていた。

「ちょっと、待って」

 ホテルの入ったばかりの所で、渉は私に指示をして、フロントに進んで行こうとした。

「私も、部屋を取る」とショウに言ったが、渉はスーツケースを私に渡したまま、黙ってフロントへ行った。

「英語が通じるから、便利なんだ」とジャリジャリと音がする鍵を手にして戻ってきた。

 部屋を取るつもりでいたのに、うまく渉のペースに乗せられていた。でも、本当は渉に全てを任せたかった。

「後で、パスポートを確認したいって」

 エレベーターに乗ると、閉じたドアをじっと見つめる私に、何気なく渉が言った。

 部屋は、シングルのベッドが二つ並んだものだった。渉は、一番奥に私のスーツケースを置いて「こっちが陽子」と指を差し、綺麗にメーキングされた奥のベッドを私に勧めた。

 コートを掛け、ベッドに腰を下ろした。渉が私の隣にいるなんて、やはり何か夢のような気がする。

 備え付けのポットでお湯を沸かして、渉がドリップ・コーヒーを淹れてくれた。コーヒー一杯で、疲れや眠気が吹っ飛び、力が沸いてくる気がした。

「陽子、時差もあるから、疲れただろう。寝る?」と優しく訊いてくれる。

「まだいいわ。それより、シャワーを浴びても良い?」と渉の申し出を断って、バスルームに入った。

 長い旅の埃を落とすように、熱い湯を浴び、さっぱりした。やっぱり渉とは別の部屋が良かったのかしらと、パジャマに着替えながら、化粧を落とすわけではなく、整えている鏡の自分に話した。

 バスルームから出ると、渉が眠っていた。

 起こさないように、自分のベッドに行ったつもりだが、横になっていた渉が、すっと目を開けた。

 どうやら、目を閉じていただけで、寝ているわけではなかったようだ。

 ベッドに腰掛けた私を見て、渉は隣に座った。

「陽子。ドイツまで来てくれて、ありがとう」

 私の肩に右腕を回し、左手で腕を持って、小さな声で囁いた。

「うん、迷惑じゃなかった?」

 渉は首を横に振ると、私を抱きしめた。キスをしてきた渉の頬の無精髭がチクチクとあたり、痛い。けど心地よかった。

「陽子、愛している」と何度も叫び、渉は私の体に愛撫を重ねた。私たちは当たり前のように、一つになった。

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