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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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運命 Opus 6

私が、捜している神崎渉は、七年前にいなくなった。渉が消えた年の夏、北海道に帰省する直前の彼とデートした。

  その日は、七夕で、たまたま梅雨の合間の晴れた日だった。浅草から隅田川を舟で下り、月島近辺を二人で歩いた。

日が落ちた後、勝鬨橋を渡る時に見えた築地の魚河岸の柱が、パルテノンの神殿のように浮かび上がっていたのは、今も覚えている。

 学生時代は、ピアノを学べば、学ぶほど孤独な感じがしていた。ピアニストを目指す限り、数の限られた椅子を、我が手にしようと競り合うのだから、決まった宿命でもあった。

 そのため、ピアノ科の学生は、みんなライバルであるはずだが、三年生で官費留学生としてウィーンに行くのが決まっていた渉は、遙か先を行く人であり、ただ呆然と羨望の眼差しと、エールを送るしかなかった。

 渉を愛しているのに、気がついたのは、いつだったかはわからない。ただ、留学が決まる頃には、渉を愛しているのは確かで、それまでは、他の誰よりも、ちょっぴり親しい関係であるのが、自慢でもあったが、それ以上の関係になるのを望むようになっていた。

 あの夜は、秋になれば、渉がウィーンに行くため、自分の気持をどうやって伝えようかと考えていただけに、特別な日にしたかった。

 だが、あの日も二人で一緒にいて、話すのはピアノの話ばかり。渉は、ウィーンに留学するのを楽しみにしていて、コンクールへの出場の話をしたり、プロデビューの夢を語っていた。

 ただ、他人には無頓着な人なのに、珍しく大学卒業後の私の進路を訊いてきた。大学を卒業したら、漠然と大学院に進むくらいしか、当時の私は考えていなかった。

 渉のように未来が開けているわけではない私は、大学院への進学さえも、ピアノをあきらめるのを遅らせるためのモラトリアムであり、プロデビューを人前でなんて話せなかった。

 北海道への帰省から戻って来た渉は、急に留学を止め、大学まで止めると言いだした。最初は、語学の授業で一緒になった仲のいい友人から、その話を聞いた。七夕の夜の留学を楽しみにしていた渉を知っているだけに、冗談だと思うだけで、全然信じていなかった。

 どうやら、渉が深く悩んでいるようで「ピアノをやり続ける自信がなくなった」「世界中を旅したい」と話していると、この後、人伝てに聞いた。

 旅立つ前に、この友人を含めた数人で、渉の送別会をした。この時も、旅立つ理由を話すのを辛そうにしている渉に、私からは何も確かめられなかった。

 渉の旅立ちは、家族にも内緒だったようだ。出国した翌月に、息子の“失踪”を知ったご両親と大学で会った。私にも来ていたものと同じ、オーストラリアから送られて来た葉書を手にしたご両親が、驚いて上京して来たのだ。

 家族にとっても、突然の出来事で、何が渉の身に起こったのか、さっぱり見当がつかない様子だった。

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