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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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もう一つのアンコール Opus 5

 ハンスの東洋の神の言葉に、俺はまた学生時代を思い出した。

 七年前、大学の三年生の夏に、俺は突然「大学を止める」と決めた。決まっていた秋からのウィーンへの官費留学も辞退した。

 ピアノを続けていくあてがあって、大学を中退し、留学も止めたわけではない。指導教授の考えで、大学に入ってからは、国内のピアノ・コンクールですら、俺は出場した経験すらなく、これからキャリアを築き、デビューする予定だった。

 音大生に過ぎない俺が、クラシックのコンサート・ピアニストとしてやっていけるほど、甘い世界ではない。退学することは、音楽を、ピアノを止めることを意味していた。

 あの頃、人に問われたら「ピアノをやり続ける自信がなくなった」「世界中を旅したい」と繰り返し、秋からのウィーン留学のために、親から受け取った金を持って、家族にも黙っての旅に出た。

 海外に行くための出国が間近に迫った時に、仲のいい友人たちがささやかな場を設けて送ってくれた。同じ芸大の器楽部の連中だ。

 器楽部の中でも、ピアノ科の学生同士は、あまり付き合いがない。

 毎年、合格者は一〇名を越えるほどしかいない狭き門なのに、学生同士の付き合いがほとんどないのは、ピアノが他の楽器とは違い、最も独奏に向くからだろう。

 大学の中で時間があれば、アップライト・ピアノと丸椅子が置かれた、三畳しかない練習室でどの学生もピアノを前にしていた。

 入学して、最初の第一外国語(英語)の授業の時に、席が近かった男三人、女二人の五人は馬があった。

 五人の内訳は、ヴァイオリンとチェロ、フルートがそれぞれ一名で、ピアノ科は俺と久木田陽子の二人だった。入学してから、時々、俺たちは五人は、飲みに行った。この仲間が、俺を送ってくれたのだ。

「元気で行ってこいよ」と励ましてくれる中、最後まで一緒にいた陽子だけは違った。陽子は「気をつけて帰って来て。必ず元気で帰って来て」と祈るように話したのだ。

 あの時、真っ黒な瞳は、涙で幾度もきらきらと輝いた。

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