もう一つのアンコール Opus 4
「ショウ、ユーゴスラビアでは、どこにいたんだ?」
ハンスの目に、またどこか寂しい光が指している。
「主に、ボスニア・ヘルチェゴビナのサラエボさ。戦禍が激しい時ほど、金になる仕事だから。NATOが空爆をしていた頃は、ベオグラードにも行ったし、最近はコソボだった」
今となっては思い出したくない戦場での体験だが、いったん話し出すと、いろんな情景が次々と頭に浮かんで来る。
「金になるって、何をしていたんだ?」
ハンスは、外国人である俺が何をしたと考えるのだろうか。
「通信社のカメラマン。といっても、アシスタントだけど」
予期したようなものだったのか、俺の答に驚いた様子はない。俺は、ハンスに《アシスタント》と話すのが、気が引けた。
「戦場のカメラマンか。危険な仕事だ。生きて帰れて良かったな」
ハンスは優しい眼差しで見ている。確かに生きて帰って来たのだが、俺は、生きているのが良かったとは、まだ実感していない。
「ありがとう。でも、大丈夫さ。俺には、弾は当たらないから」
そんな風に、軽口をたたいたが、実際に、弾は当たらなかった。どんなに危険な所に行っても、かすり傷くらいしか負わない自分の強運に、いつからか、弾は当たらないと思うようになっていた。
ピュン、という音一つで、目の前に倒れた人を見た。それも一人ではなく、何人もだ。
ほんの数十秒前に自分がいた所に立っていた女性が、ミサイル弾の爆風で吹き飛ばされた時もあった。
偶然によって、幾度も助けられていたのに、俺は、何も考えない永遠の静寂が訪れるなら、死んでもいいかと考えていた。
サラエボは、死がすぐ間近にあった。
戦争特派員として、多くの経験がある記者たちも、世界中で戦争の取材をしたが、サラエボほど危険な所はないと言う。いつどこで撃たれるかわからない、街全体が戦場となったサラエボでは、他のどこよりも高い割合で、ジャーナリストが死んでいた。
「運命だな。ショウ、きっと生きて帰ると定めながら、東洋の神が試練を与えたのだろう」
生きることを試練と置き換えながら、それでいてハンスは笑った。ハンスの笑いが、心からのものではないのは、直ぐにわかった。
ハンスの無理をした笑いに引きつられるように、俺も上手くはない笑顔を作った。