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デブ義兄!  作者: 熊沢仁
2/3

デブ、ダイエットをする

「オラオラッ!走れ走れ!」


 真夏の熱い日のこと。というか、先日の暴露の一週間後。


「も、もう無理……」

「うっせー!姉さんを幸せにしてえならこれぐらい耐えろ!」


 俺はデブとともにおひさまの下を走っていた。

 俺もデブもジャージ装備である。ついでに言うと俺の手には竹刀が握られており、それで、坂道で速度の落ちたデブのケツをビシビシ叩いている。小学校の頃やっていた剣道で使っていた竹刀を、今まで保存していて初めて、役に立った瞬間だ。

 上の会話文だけ見れば、俺がデブに嫉妬して八つ当たりしているようにしか見えないかもしれないが、ない、ないったらない。


「は、はふ……」


 やっとこさ、家にたどり着いた。一軒家、木造二階建て。普通の一般的なお家だと俺は思っている。


「おつかれさま〜」


 玄関を開けると姉貴が出迎えてくれた。笑顔である。舌打ちが聞こえる。誰のだ。ああ、俺のか。

 俺達は今一緒に暮らしている。姉曰く。


「この人一人でいるとまともな食事を取らないから……」


 だそうだ。俺は嫌だったが、姉が


「この家に彼がいる限りは、私が彼の食生活を管理できる。でもね?それだけじゃダイエットが成功しないのは知ってるでしょ?私は、彼の食事を整える。だから、『わたしの彼のために』弟は運動とかそういった面で私はサポートして欲しい……私の我儘なのはわかってる。だけど、私は、彼と結婚がしたいの」


 ここまで頼まれてしまった。俺はつくづく姉貴に弱いな。と思う。頼みごとは断れないし、

 ちなみに平日のデブは働いている。上手いことバイトが見つかったらしく、コンビニで元気に働いているそうだ。

 姉曰く「もうそろそろクビになる頃かしら?」もう少し、彼氏の心を大事にしてやれよ。と思わなくもない。


 とまあ、そんな理由もあり、俺はデブとこの家に帰ってきていた。


「は、はふはふ……」


 と、姉の笑顔の源ことデブは玄関で息切れを起こしていた。


「ほれ、上がるぞ」

「はぁ、はぁ……」


 デブのケツを竹刀で叩き、廊下へと向かわせる。


「はふー……」


 デブがソファーに倒れこんだ。


「こらこら、ダメじゃない。ちゃんと汗を流してからよ?」

「う、うん」


 ところで、この二人、彼氏彼女というより、母親と子供みたいに見えるのはどうしてなんだろうか。


「……ムカつく」


 なんだろうか、このイライラは。姉貴とデブの楽しそうな姿を見るたび、イラつく。


「……風呂終わったら腹筋100回な」

「はうっ!」






 その後もダイエットは続けられた。半年たっても俺たちは一緒に暮らしていた。


「なんか、ごめんね?」

「あ?」


 とある晩夏のことだった。その時のデブのウエストは80代だっただろうか。

 街のお祭りか何かで、近所では花火が打ち上がっていた。うちの庭からはその花火が一望できるのだ。

 三人で並んで見た。俺とデブで姉貴を挟むように並んだ。一緒に住んでいる妹は寝てしまったが。

 ふと横を見ると、姉の顔が花火に照らされていた。姉はほほ笑みを浮かべて花火を見ていた。

 ある程度時間がたった後、姉貴がトイレに行く、と言い出して、庭から中にはいった。

 そこには、俺とデブだけが残された。その時のデブのセリフだ。


「なんか君からお姉さんをとっちゃったみたいになって」

「し、シスコンちゃうわ!」


 な、何で俺が姉貴を取られて嫉妬しなきゃなんねえんだ!とか思いつつ、デブの方に向くと、デブは顎に手を当ててニヤリと笑みを浮かべていた。


「フフッ」

「な、何笑ってんだよ……」

「いや?絶対渡さないって思っただけだよ」

「な、なんのことだよ?」

「さあね?」


 デブの顔の脂肪はほとんどなくなり、今では、中年並みに出ている腹のみが、彼をデブといえる最後の場所となった。顔の周りの無駄な脂肪がとれたデブは、眼鏡の効果も相まって、知的系イケメンへと変貌を遂げていた。

 社会復帰も順調らしい。あのコンビニは、結局クビにならず、本部からの視察により、仕事への真摯さが認められ、本部に引きぬかれたらしい。

 今のデブには俺は敵わない思う。職あり、顔良し、性格も悪くない。

 だからといって、どうってことはない。俺は、姉とデブのこれからを応援する。そう決めたんだ。


「おいデブ」

「もういい加減その呼び方やめてよ……」

「……姉貴を幸せにしてやってくれよ?」


 俺がそう言うと、デブは、少し面食らったような顔をしていたが、そのあと吹き出した。


「ちょ、何で笑うんだよ!」

「はっははは!」


 ちょ、デブが爆笑してる。


「はっは……笑った笑った」

「な、なんだよ……」

「だって、君って僕と彼女の二人っきりにならないよう色々工作してたりするじゃん」


 な、何故それを……


「それって、僕と彼女の仲をそんなによく思ってないってことでしょ? そんなに嫌なのに、応援しちゃう君にちょっと……ふふっ……」

「べ、別に、お、俺はお前と姉貴が二人っきりになった時、そ、その……あーもーーわかりましたよ!俺はシスコンです!これでいいだろ!?」

「ふふふ、でも、彼女は僕のものだし、そう簡単には譲れないなぁ……」


 どちらかと言うと、お前が姉のものな気がするがな。


「だから、僕はここにいるよ」

「え?」

「僕はここが好きだ。昔の一人でこもってたあの部屋よりかはずっと。僕のことを愛おしく思ってくれる彼女がいる。いつでも慰めてくれる、妹ちゃんがいる。そして、なんだかんだ文句を言いつつも、協力してくれる……君もいる」


 俺は、嫉妬している自分が恥ずかしくなった。そして、こんなかっこいいやつに敵うはずがないと思った。

 だがしかし、

 嫉妬心は調整できないのが人間の性だ。


 俺はこれからもこのデブに嫌がらせを決行しようと思った。




 そんなこんなで半年が経過した、季節は冬まっただ中となり、少し体重が増える季節だろうか。

 デブのウエストはついに、70代後半。とどのつまり、平均に落ち着いた。

 この半年の間、俺はデブのケツを叩きまくり、デブに嫉妬し、デブを羨み、デブに憧れた。


「目標に到達したな、おめでとう」

「うん、ありがとう」


 半年一緒に生活したせいで、もはや家族同然まで馴染んでしまったデブ。ポッコリお腹も消滅し、彼はただの知的系イケメンとなった。


「うん!これでタキシードも似合うようになるねっ!」

「う、うん」


 姉貴とイチャイチャする奴、思わず舌打ちしそうになったが、舌を引っ込めた。


「オホン!」


 俺はひとつ咳払いをする。


「改めて、おめでとう。君は、姉との結婚資格を手に入れた」

「う、うん。ありがとう」

「それにあたって、俺のお前への呼び方も改めさせてもらう」


 今までどおり「デブ」だと、おかしい。なぜなら、コイツはもう立派な健康体だからだ。


「う、うん」


 奴が少し赤面してこちらを向く。


「では、『義兄(にいさん』。これからもよろしく。

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