デブ、姉に紹介される
「彼氏でーす!結婚します!」
いや、そりゃねえよ、と俺は思った。
姉に「彼氏」として紹介された姉の隣に座っている男。ウエスト120は有に超えているであろう巨漢、悪く言えばデブであった。
「はふはふ……」
「息切れしてんじゃねえか!」
どう見てもデブ。運動できないデブであった。
「す、すいません……このような遠出は久しぶりなもので……」
その男が申し訳なさそうに言う。
「どういうことだよ?」
俺は聞き返した。
「ふ、普段は自宅を中心とした半径五〇〇メートル以内の円から出ないので……」
「引きこもりじゃねーか!!」
俺は叫んだ。店員さんから白い目で見られた。
――コホン。と一回咳払いをして俺は席に座る。
俺は一度状況を整理することにした。さっきから混乱しっぱなしで整理ができていない。
えーと、なんだっけ?そうだそうだ。講義中に姉貴から「彼氏紹介するから今週の日曜日に○○の◆◆◆ホテルに11時頃来てー」とメールが届いたんだった。
そうして、指定時間通りにホテルのレストランに向かうと。姉の隣にこの男が座っていた。と。
だめだ!整理したのに全く状況が変わってない!
「……姉さん」
「なに?」
うふふふふと言わんばかりの顔だ。すでに俺は色々と限界を迎えていたが、押さえ込んだ。
「……何故この人?」
姉は立派な社会人だ。有名大学を卒業後CMでよく見るような大企業に就職し、入社3年目にしてフロアチーフまで上り詰めたとんでもない人だ。顔立ちも弟の俺ですら可愛いと思えるほどの美貌の持ち主でありモテモテもいいところの姉だ。
それに比べてこの男はどうだろうか。
普段は五〇〇メートル位内から出ない。ということは就職はおそらくしていない。と俺は見ている。眼鏡に無精髭ちょろり。容姿も決していいとはいえない。そして何より目を引くのはその体躯だ。
推測だが体重は一〇〇キロを超えているであろうその腹。正直顔より先にその腹に目がつく。
デブといっても差し支えは全くない。というかむしろデブという言葉がすごく似合う。
どこに姉が惚れたのが全くわからない。そういう理由で俺は聞いたのだ。決してデブに嫉妬しているわけではない。
中学校や高校でも「シスコン」とバカにされてきたが決して俺は姉に恋心を抱いているとかそんなことは決して無い。絶対だ。
姉は姉。弟が姉のことを気遣うのはふつうのコトだと俺は思う。
しかし……あんのデブめ……どんな手を使って姉を……
「うーん……そうねえ」
姉は人差し指を顎に当て、少し考えるような動作をした。泣きぼくろが官能的で、俺はつい目を背けデブの方に目を向けた。
するとその隣りのデブは顔を真っ青にして下を向いてしまった。
いっけね……うっかり睨んじまった……
「彼とであったのは電車の中ね。ちょうど女性専用車両がものすごく混んでて自由席で私は通勤ラッシュのすし詰めに会っていたの。で、そうしたらね、おしりを揉まれちゃったの……」
「コイツにか?」
俺は青くなっているデブを指さした。
「違うわよ……彼がそんな事するわけ無いでしょ?ほら?どう見ても人畜無害な顔じゃない」
姉はほっぺをふくらませそう言ったが、俺の中ではコイツが痴漢でも全く違和感がなかった。
「で?」
「うん。それでね、彼がね、『そ、その手を離してあげてください』ってその人に声を掛けたの」
ほう……かっこいいことをすんじゃねえか……デブのくせに……
「でもね、彼『ああ?証拠がどこにあるがねや?は?死にたいんかこの豚が!!』って逆ギレされた上にそのおっさんに金玉蹴られて失神しちゃって……」
とりあえず、俺、姉の口から『金玉』という言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
「で?どうなったんだ?」
「そりゃあ、私がその痴漢をこてんぱんにしたわよ」
姉つええ……そして、逆ギレされて金玉蹴られただけのデブが不憫だ……
「それが私と彼の出会いかな?」
正直、出会い方としては最悪の部類に入るのではないだろうか。
「で、何でこいつと結婚することになったんだ?」
姉は口に手を当てうふふ。と笑った。
「彼ね。たまにどういう風の吹き回しかたまにバイトの採用に受かることがあるのよ」
姉ひでえ……彼氏ならもうちょっと気遣ってかげてもいいのに容赦なくバッサリと……っていうかデブ死にかけてんじゃん……顔が青いぜ……
「それでね。当然彼は一週間ほどでクビになるの」
姉ェェェ!デブの顔色が悪くなってきてるからそれぐらいにしてあげて!
「でね。彼はある日その僅かなお金を貯めて私に一輪のひまわりをプレゼントしてくれたの」
まあ、素敵な話だとは思う。自分の生活が大変なのに姉のためにお金を貯め、購入したひまわりは何よりも価値があると思う。
「それでオチちゃった」
「はぁ!?」
ちょ……ちょっと待て……、ひ、ひまわり一輪でオチただと!?校内一のモテ男と言われたイケメンの先輩の告白にもなびかなかった姉が!?
「まあ、そんなところかな……」
予想以上のひどさに言葉も出ない。
「姉貴」
「なにかしら?」
俺は自分の意見を言った。
「俺はこの人との結婚に反対だ」
きっぱりと言った。
「…ッ」
「……」
デブが息を呑む。姉は目をつぶり沈黙を保つ。
姉が口を開いた。
「それは……何故かしら」
「それは、そいつがデブだからだ」
俺は理由を告げた。
「ちょ!ちょっと待ってよ!確かに彼は肥満だけど、それは断る理由には――」
「姉貴」
俺は姉貴をを制した。
「な、なによっ!」
「肥満者の糖尿病発病の確率は通常者の何倍だと思う?」
「……そ、そんなの知らないわよ!そんなことより――」
「ご、五倍ですよね……」
意外なところから正解が出た。
「なんだ、知ってたんですね」
「……はい」
少しデブのことを感心した。自分のことについて調べれているんだな。と思ったからだ。
「他にも高血圧が三.五倍倍、胆石症が三倍、痛風が二.五倍、心臓病が二倍」
「…っ」
「姉貴。デブにはリスクがあるんだ。最近良く見る『睡眠時無呼吸症候群』も肥満が原因で引き起こされる病気だし、ガンは立派な生活習慣病だ」
俺はさらに畳み掛ける。
「他にも容姿の問題もある。デブと姉貴みたいな美人が結婚してたら怪しく思う人間はいくらだっているだろ?」
「……」
デブはさっきから下を向いてだまりっぱなしだ。
「姉貴。考えてみてくれ。このまま行くとコイツは間違いなく早死だ。俺は姉貴が傷付くトコロは見たくない」
「だが、どうしてもコイツと結婚がしてえのなら、俺がコイツにダイエット指導して見違えるような健常者にしてやる!」
二人はハッ、と顔を上げた。
「そこのデブッ!」
「は、ハイッ!」
「将来の妻のために痩せる気はあるか?」
「ひゃ、ひゃい!」
後で姉に聞いたんだが、この時の俺はとても、アブナイ笑顔をしていたそうだ。
ちなみに、作中で「デブと姉貴みたいな美人が結婚してたら怪しく思う」っていうのは、デブはキモオタのような外見をしているので、姉が弱みを握られて無理やり結婚させられているのではないか、と疑う人間がいるかもしれないということです。
ちなみに、作者はガリガリもいいとこです。太っていたことは一度もありません。
三話構成になる予定です。次回は「デブ、ダイエットをする」です。