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翌朝。あたしは水萌と一緒に登校していた。
とはいえ、一緒に登校するのは今日に限ったことではない。
あたしの家は水萌の家と学校のあいだにあるため、いつも水萌があたしの家に呼びに来てくれて、そこから一緒に登校していたからだ。
朝食まで用意してくれたおばさんにお礼を言って玄関を出る。
もしかしたら昨日の人影がまだいるかもしれないと考え、視線を巡らせ辺りをうかがった。
さすがに朝からはいないのか、隠れているような人の気配はまったく感じなかった。
それでも、気を抜いてはいけない。
あたしは警戒しながら通学路を歩く。
自分の家には昨日のうちに電話をして水萌の家に泊まることを告げていた。
あたしの家は、どうも放任主義というか、自主性に任せているというのか、はたまたあまり気にかけられてないだけなのか、ともかく、うるさく言われることなんてほとんどなかった。
もっとも、水萌の家に泊まるのが月に何回もある日常的な行動だからなのかもしれないけど。
「熱希ちゃん、また水萌ちゃんちに泊まったのだな?」
急に背後から声がかかった。
あたしは辺りを異常なほど警戒しながら歩いていたというのに。
気配を消して背後に近づくとは、お主、何者だ!? なんて言うまでもなく、喋り方で瞬時にわかる。
「フーミン! なんであたしが水萌んとこに泊まったってわかるの!?」
ここはすでにあたしの家を過ぎた先の通学路なのだ。
水萌とはいつも一緒に登校しているわけだし、泊まったとわかるわけがないのに。
と思ったのだけど。
「だって、朝寝坊の熱希ちゃんを呼びに行ってから登校したなら、こんな早い時間にここを通るはずないのだ」
……なるほど、鋭い推理だね、ワトソンくん。
どうやらあたしは、かなりずぼらなイメージで見られているみたいだった。
いやまあ、大正解なのだけど。
「フーミン、おはよぉ~」
にこっ。
爽やかな笑顔で挨拶する水萌。
ただこの子、実は凄まじい低血圧だったりする。
朝のこの時間だと、普通に歩いたり挨拶したりしているにもかかわらず、ほとんど脳は眠っているという器用な子なのだ。
そこは長年のつき合いであるフーミンもわかっていて、
「ん、おはようなのだ! でも、ちゃんと起きるのがよいのだよ!」
とかなんとか言って水萌の鼻と口をつまむ。
にこっ。
笑顔を張りつけたままの水萌だったけど、息ができなければこの子でもさすがに苦しくなる。
顔がどんどん真っ赤になっていって、今度は青く……ってちょっとフーミン、やりすぎだってば!
「ぷふぁ~~……。けほけほっ……。あらぁ~、熱希ちゃんにフーミン、おはよぉ~」
フーミンの手を乱暴に振り払って助けると、水萌はちょっと咳き込んだものの、何事もなかったかのように挨拶する。
あんた……。
あたしがずっとそばにいたことすら、夢うつつだったってわけね……。
「ん~?」
にこにこにこ。
そんなあたしを、水萌は首をかしげてハテナマークを浮かべながら見つめている。
ああ、もう。そんな笑顔を向けられたら、なにも言えないじゃない!
もともと文句を言うつもりなんてなかったけどさ。正確には、言っても無駄ってことなのだけど。
と、そんなあたしたちの目に、微妙に不自然な光景が映った。
土柳の奴が歩いている。
それはいいのだけど。
奴は女の子と手をつないで歩いていた。
彼女とかそういうのではないだろう。なんせ手をつないでいる相手は、小学生くらいの女の子だったのだから。
あたしはすかさずツッコミを入れる。
「あんた、なに幼女誘拐なんてしてんのよ!?」
「うあっ、炎壁! って、幼女誘拐ってなんだよ!?」
「その子よ、その子! 小学生を誘拐してくるなんて!」
「あほか! こんな朝っぱらから人通りの多い通学路でそんなことをするか! って、そういう問題じゃなくて!」
朝っぱらから怪しげなやり取りを交わすあたしたちに、通りがかりの生徒たちも何事かと視線を向ける。
そんな様子を察知したのか、小学生と思われる女の子が、深々と頭を下げてから話し始めた。
「皆様方、兄がいつもお世話になっておりますでございます。わたしく、土柳草砂の妹で、地花と申しますです」
かなりおかしな丁寧語を使いながら、必死に自己紹介してくれる女の子。
これはこれで可愛いわぁ。じゅるり。
それにしても、妹だったのか。
ま、土柳の奴に、犯罪に手を染める根性なんてあるはずないのだから、予想はしていたけど。
「妹さんだったのね。誘拐じゃなかったんだ。ちぇっ!」
「ちぇ、ってなんだよ!」
土柳はあたしがなにか言うと絶対に突っかかってくるから面白いわ。
それはともかく。
「地花ちゃん、だっけ? 小学生だよね、四年生くらいかなぁ?」
「えっと、学年は二年生でございますです」
あたしの問いに、はっきりとした口調で答える地花ちゃん。
「ふえ~。小学校二年生にしては、しっかりしてるなぁ。土柳の妹なのに。きっと血はつながってないんだろうね」
「お前なぁ……」
土柳のぼやきを当然ながら無視していると、地花ちゃんが控えめに口を開いた。
「あのあの、訂正が遅れて失礼致しましたですよ。わたくし、小学二年生ではなくて、中学二年生でございますです」
「え……ええええ~~~~~っ!?」
朝の通学路に、土柳兄妹以外三人の声がこだました。
中学二年生にはまったく見えないほど小さい地花ちゃんは、お兄ちゃんである土柳にべったりらしい。
土柳は毎日手をつないで中学校まで送ってから登校していたのだという。
地花ちゃんの学校は、林原北高校から歩いて五分程度の距離にある、市立林原中学校だった。
考えてみたら地花ちゃんの服装はセーラー服。あたしたちが一年ちょっと前まで着ていたのと同じ制服だ。
とすると、地花ちゃんが中学生というのは紛れもない事実なのだろう。
いつもならもっと早い時間に送っていたようだけど、今日は行事の都合でいつもよりも中学校の始まる時間が少しだけ遅かったため、この時間に歩いていたのだそうだ。
中学生にもなってお兄ちゃんにべったりって、どうなのよ、しかも土柳の奴なのに。
とも思ったけど、まぁ、人それぞれなのだろう。
そんなこんなで地花ちゃんに話を聞きながらゆっくりまったり歩いていたら、あたしたちはしっかりと遅刻してしまった。




