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いつもどおりの一日が終わり、放課後になった。
部活に入っていないあたしたちは、通学路をだらだらとお喋りしながら歩いていた。
「しっかし、梅雨明け前だってのに、暑いわねぇ」
制服の裾をパタパタと揺らして風を送り込みながら、あたしはぼやく。
「熱希ちゃん、はしたないよぉ~。おへそ見えちゃってるぅ~」
すかさず注意してくる水萌。
自分だってぼーっとして、はしたない格好をしていることがあるくせに、他人のそういう格好には敏感に反応するのだ、この子は。
「む~、でも暑いし~。あっ、そうだ! アイスでも買っていかない?」
「そうだねぇ~、そうしよっか~」
「きゃははっ! それがいいのだ」
「うん、まぁ、異論はない」
あたしとしては水萌とふたりで歩きたいのに、いつもいつもフーミンと土柳も一緒だった。
帰る方向が同じで、みんな帰宅部なのだから当然の流れとも言えるのだけど。
それはともかく、今はアイスだ。
あたしたちはコンビニでソフトクリームを買って、食べながら歩く。
これだってはしたないだろうに、今度は水萌もなにも言わない。
涼しい顔をしていたけど、やっぱり水萌も暑かったのだろう。
とはいえ、ここは人通りもそれなりにある通学路。
このまま歩きながら食べていたら迷惑だろうと、近くの公園まで足を運ぶことになった。
誰かの家にでも行ってクーラーで涼みながら、なんて贅沢ができれば一番いいのだけど、あいにく四人とも家にはクーラーがなかった。
まったく、使えない奴らだ。
当然ながら自分のことは棚の上にポイ。
「熱希ちゃんのそれって、オレンジ味~?」
「え? 違うよ~。マンゴー味、最近よく見かけるじゃん。水萌、食べてみる?」
「うん~」
ぱくっ。
あたしの食べかけを、水萌は躊躇することなく口に運ぶ。
「代わりに水萌の、ちょっともらうね」
ぱくっ。
あたしも水萌が食べていたストロベリーとバニラのミックスソフトにかじりついた。
「あ~、熱希ちゃん、私よりたくさん食べたぁ~」
水萌は、そんな子供染みた文句を言ってくる。
仕方がないなぁ、この子は。
「ほら、もっと食べていいから」
あたしがマンゴーソフトを水萌の目の前に差し出すと、「わ~い」とばかりにかぶりついてくる。
「う~ん、相変わらずなのだ」
「うん、相変わらずだ」
呆れ顔のふたりがあたしたちの様子をジト目で見ながら、そんな感想を漏らしていた。
☆☆☆☆☆
公園を出て少し歩くと、待望の時間がやってくる。
家の方向の関係上、フーミンや土柳とはここで別れ、水萌とふたりの時間となるのだ。
といっても、あたしの家はこの路地をまっすぐ行った先のすぐ右手にある。
距離にして百メートルくらいだろうか。
ふたりきりの時間が短すぎるのが、とても残念なのだった。
「やっと涼しくなってきたわね」
「そうだねぇ~、すぐ暗くなるよぉ~」
あたしは水萌に話しかける。少しでも一緒にお喋りを楽しみたいからだ。
水萌はあたしから話しかけないと、なかなか自分からは話しかけてくれない。
基本的におとなしいタイプの女の子なのだ。
別な言い方をすれば、受けの性格、ということになる。だからあたしが攻めにならないと。
あれ? なにかおかしいような気も……。
ま、いいか。
「それにしても水萌、その巾着袋、いい加減新しいのに買い換えたら? さすがにちょっと、汚いと思うんだけど」
水萌のカバンには、薄汚れた巾着袋がぶら下げられていた。
小学生の頃いじめっ子たちにからかわれていた、宝物と言っていたあの巾着袋だ。
水萌はそれを、出かけるときには必ず持ち歩いている。
「う~、でもこれは袋も中身も宝物だからぁ~。汚いなんて言われたらぁ~、いくら熱希ちゃんでも、私怒っちゃうよぉ~?」
微妙に涙目になりながら訴えかけてくる水萌。
ふにゃ~、こんな可愛い水萌にだったら怒られたいかも、なんて思ってしまうあたしはダメ人間でしょうか?
そんな感じで喋っていると、すぐに楽しい時間は過ぎ去ってしまった。
「もう家に着いちゃった」
「ふふふ。お疲れ様ぁ~、熱希ちゃん。また明日ねぇ~」
「うん、またあし……」
手を振って玄関に向かおうとして、なんとなく、違和感を覚えた。
あれ? 今、なにか視界の隅に映ったような……?
あたしは背筋に冷や汗を感じながら、辺りを見回した。
主に今あたしたちが歩いてきた道のほうを。
すでに薄暗さが周囲を包み込み、目を凝らしてもはっきりとは確認できない場所が残る。
「ん~? 熱希ちゃん、どうしたのぉ~?」
水萌が不思議そうに首をかしげる。
あたしは、嫌な予感がしていた。
素早く自分の腕を水萌の腕に絡める。
「え? 熱希ちゃん~?」
「しっ。黙って歩いて。一緒に水萌の家まで行くわ。今日、水萌のところに泊めてね」
「え……、うん~、それは構わないけどぉ~……」
怪訝な表情を浮かべる水萌を引っ張り、あたしたちは仲よく腕を組んだ状態で薄暗い路地を歩み抜ける。
そしてそのまま、水萌の家へと向かった。
☆☆☆☆☆
水萌には両親がいない。
幼い頃、山奥の田舎村に住んでいた水萌は、両親が亡くなったため親戚であるこの家に引き取られたのだそうだ。
水萌を悲しませたくないから、あまり細かくは聞いていないのだけど。
ただ、あたしはよく水萌が今住んでいる家に遊びに行っていた。
共働きで遅くまで帰ってこない親戚夫婦には、子供がいなかった。
だからなのか、水萌のことを本当の娘のように可愛がっているように思えた。
水萌自身も、よくしてもらってるよ、と言っていたから間違いないだろう。
水萌が寂しいだろうと思って、あたしはよく水萌の家にお泊りしていた。
そのときにおじさん、おばさんともお話したことがあるけど、とても温かなおしどり夫婦といった印象だった。
水萌の部屋で時間を費やし、やがて夜になると、おばさんが仕事から帰ってきた。
「あら、熱希ちゃん、来てたのね。今日も泊まってくの?」
「あっ、おばさん、お帰りなさい。ご迷惑おかけしますけど、お願いします」
「ふふふ、迷惑だなんてとんでもない。賑やかになっていいわよぉ~」
あたしはおばさんと挨拶を交わして、夕飯までご馳走になった。
おじさんはまだ仕事から帰ってきていなかったけど、楽しい団らんのひとときだった。
だけどあたしは、その時間を素直に楽しむことができないでいた。
「熱希ちゃん、どうしたのぉ~?」
部屋に戻ると、水萌が心配そうに訊いてきた。
さすがに元気がないのを不審に思ったのだろう。
「ん、なんでもないよ」
「ふ~ん?」
水萌は小さく首をかしげている。
わざわざ不安にさせることもあるまい。まだ確信は持てないのだから。
あたしはさりげなく窓のほうまで歩き、カーテンの端をそっと開けて外に視線を巡らせてみた。
一瞬、誰かが物陰に隠れているような、そんな気がした。
――やっぱり、誰かに見られてる?
夕方、あたしの家の前で、誰かの視線を感じた。
それで水萌の家まで来ることにしたのだけど、ふたりで寄り添って歩いているあいだも、足音がついてくる気配を感じ続けていた。
振り返って確かめたわけではないから、あたしの気のせいかもしれないけど。
どうしてもあたしは、胸騒ぎが抑えられなかった。
――水萌、ストーカーかなにかに狙われてるのかな……?
それは充分にありえることだ。なんといっても、水萌は可愛いのだから。
単なる気のせいであってほしいけど、すごく心配だ。
しばらくは水萌から離れないようにしよう。あたしはそう決意していた。
「それじゃ、寝よっか」
「うん~」
あたしは電気を消して、水萌の入っているベッドに潜り込んだ。
お泊りするときには、いつもこうやって水萌のベッドで一緒に寝ているのだ。
水萌はベッドに入るすぐに眠ってしまう。そんな彼女の温もりをすぐ目の前に感じながら、あたしの意識もまどろみの奥へと落ちていった。




