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すっ……。
苦々しい表情をしている飛沫さんと、その横に寄り添う水季さんの目の前に――、
水萌が、そっと立つ。
「お父さん、お母さん……」
にこぉ~っ。
水萌の表情は、これ以上ないくらいに優しい微笑みだった。
「……水萌、こんな私たちを、お父さんお母さんと呼んでくれるのか……?」
「当たり前だよぉ~。私のお父さんとお母さんは、ひとりずつしかいないんだから~」
にこにこにこ。
水萌ったら、両親に会えて本当に嬉しそう。
水季さんは涙を流していた。それほど、水萌の言葉が嬉しかったのだろう。
飛沫さんも一瞬その相好を崩す。
だけど、すぐにもとの苦い表情に戻った。
「水萌……。すまない、まだ解除薬は完成していないんだ。本来ならば、完成するまで水萌の前に姿を見せるつもりはなかったのだが……」
「そんなの関係ないよぉ~。私は、お父さんお母さんと一緒にいたいの~」
そう言って両親に抱きつく水萌。
水萌に抱きつかれ、嬉しそうではあったけど、飛沫さんはそれでもそれを振り払うかのような言葉を続ける。
「しかしだな、私はお前をそんな体にしてしまった。親として失格なんだ。だからせめてもの罪滅ぼしとして、しっかりと解除薬を完成させる。それまでは、お前の親としての権利を持つ資格なんて……」
そんな飛沫さんの寂しげな主張を、水萌は遮る。
「私は寂しかったわ~。このお守りをいつも握って、寂しいのを我慢していたのよ~?」
水萌の手には、薄汚れた巾着袋が握られていた。
いつも大切に持っていた、あの巾着袋だ。
その口は開かれ、中からは袋と同様に薄汚れたお守りが、静かにその姿をさらしていた。
「私を逃がしてくれたとき、これを私たちだと思って持っているんだよって、そう言ったじゃない~。なんとなくだけど、覚えてるんだよ~? 罪滅ぼしなら~、これからはずっと一緒にいてほしいの~。お願い~」
水萌は両手を顔の前で組んで懇願する。その目には、キラキラした輝きが溢れていた。
「……こんな私たちを、お前は許してくれるのか……?」
「許すもなにも~、今の私がこうして笑ったり泣いたりできるのは、お父さんお母さんのおかげだもの~。ほんとに、ありがとう~」
笑顔のまま涙をボロボロと流し続ける水萌を、飛沫さんと水季さんは、ぎゅっと抱きしめた。
「今まで寂しい思いをさせてすまなかった」
「これからは、ずっと一緒よ」
「うん~!」
水萌の明るい歓喜の声が、部屋の中に響き渡る。
黙って成り行きを見守っていたあたしたちも、もらい涙で頬を濡らしていた。
☆☆☆☆☆
氷室やその手下であるグレースーツの男たち、そして水鳥さんと白鷺さんも、ロープで縛られて黒いスーツの男たちに連行されていた。
「彼らは、どうなるんですか?」
「とりあえずは国のほうで拘留するだろう。拳銃の所持などもあったから絶対とは言えないけど、氷室以外はそれほど重い罪にはならないんじゃないかな。あまり遠くないうちに解放されると思うよ。その後どうするかは、彼ら次第といったところかな」
「でも、水鳥と白鷺ちゃんは、うちで引き取るつもりよ」
あたしの問いに、飛沫さん水季さん夫妻が仲よく答えてくれた。
すぐにというわけにはいかないけど、なるべく早めに新しい家を用意し、ふたりは水萌と一緒に住むつもりのようだ。
その資金は国側に申請するらしい。
地下に研究室を作り、そこで研究を続けるという名目で願い出れば、今回の働きもあるし認めてもらえるはずだ、そう飛沫さんは語った。
あたしとしては、とても複雑だった。
水萌が両親と一緒に住める。それは祝福すべきことだ。
おめでとう、水萌。素直にそう言ってあげなければならない。
でも……。
水萌が引っ越してしまう。
それはあたしには耐えられなかった。
水萌のいない生活なんて、あたしには考えられない。
涙目で訴えかけるあたしに、水萌の両親は優しい微笑みを向けてくれた。
「わかってるよ。水萌にとっても君の存在は特別だと思うからね。そんなふたりを引き裂くなんてことはしないさ」
そう言って飛沫さんはウィンクしてくれた。
それから一ヵ月後、夏休みが終わる頃には、急ピッチで建てられた水萌の新しい家が、あたしの家のすぐ隣にあった空き地に完成していた。




