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スマイルプロジェクト ~その笑顔、国家機密につき~  作者: 沙φ亜竜
第6章 スマイルプロジェクト
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-4-

 黒いスーツの男たちが、グレースーツの奴らやアマサギさん、シラサギさん、そして氷室を縛りつけていた。

 彼らは観念したのだろう、すでに抵抗する素振りも見せなかった。


「ありがとう、君のおかげで助かったよ」


 茶色のスーツのダンディな紳士が、あたしに声をかける。


「それと――」


 すっと優しげな瞳を向けて、紳士はこう言葉を続けた。


「いつも水萌と仲よくしてくれて、ありがとう」


 え……?

 あたしは思わずきょとんとした表情を向ける。


「私は水萌の父、沢湖飛沫(しぶき)、こっちは妻の水季(みずき)だ」

「初めまして」


 飛沫さんの紹介を受けて、ぺこりと温かそうな微笑みを浮かべながら会釈する水季さん。

 その笑顔は、確かに水萌とそっくりだった。


「あっ、こ……こちらこそ、初めましてっ!」


 慌てて頭を下げるあたし。

 水萌のご両親との対面なんていう状況がいきなりやってくるものだから、あたしはもうパニックになっていた。


「お父さんとお母さん~?」


 水萌は首をかしげながら、微かに震える声をこぼす。

 ずっと会えなかった両親。

 会えて嬉しい、という思いと同時に、信じられないという思いも同居している状態なのだろう。


「そうだ。薬のせいで覚えていないかもしれないし、正直、水萌の前に姿を見せる資格なんてないと思っているがね」


 飛沫さんは、バツが悪そうに頭を掻く。


「いいえ~、覚えてるよ~。でも私はずっと、死んでしまっているとばかり~……」

「わしも、そう思っていましたよ。そうでなかったとしても、捕まって拘束されているだろうと。それなのに、セキュリティポリスなんかと組んでここへ来るとは、いったいどういうことなんですか!?」


 水萌の言葉を継ぐように、縛りつけられたままの氷室がそう叫んだ。


「確かに私たちも、死を覚悟していた。幼い水萌を、たまたま止まっていた貨物列車のワラの中に潜り込ませたあと、私たちは逃げた。しかし逃げきれるはずもなく、やはり捕まってしまった。だが、殺されたりはしなかった。拘束された、というのとも少し違うかもしれない。国の機関と協力して、研究をすることになったのだ。目的は、水萌を爆弾化した薬の効果を消し去る解除薬の開発……」


 水萌にあんな副作用を引き起こしてしまった原因は、自分たちの作った薬にある。どうにかして治したいと考えていた。

 だからこそ、飛沫さん水季さん夫妻は、国の申し出を受けた。


 極秘の研究室でその開発は進められた。

 ただ、研究は難航した。

 家に置いてきたため、手もとに資料がなかったから、ではない。すべての条件は飛沫さんの頭の中に入っていたので、それは問題にならなかった。


 もともと水萌の爆弾化は、副作用として想定外に出てしまった効果だ。おそらくはまったく予定していなかった偶然の要因があったに違いない。

 それを調べるためには実際に使った薬の成分を探るしかなかったのだけど、薬はすでに廃棄処分してしまったあとだった。

 仮にその薬を投与した水萌の体を調べても、微量と思われる想定外の成分までは検出できないだろう。


 そうはいっても、研究は続けなければならない。

 一刻も早く水萌を治療し、危険を排除しなければならないからだ。


 その水萌は、最後に植えつけられた記憶を頼りに、親戚の家までたどり着いていた。

 親戚の家には両親から手紙を送ってあったらしい。水萌を頼みます、と。

 水萌が親戚の家に無事に着いたことを知った両親は、養育費を用意して再び親戚に手紙を送った。

 極秘の研究だったため、住所や連絡先は書けなかったみたいだけど。


 また、自分たちの薬によって水萌の人生を狂わせてしまった、と思い詰めていた飛沫さんは、姿を現す資格なんてないと考えていた。

 そのため、自分たちは死んだと伝えてほしいと親戚への手紙に書いていた。


 水萌の存在は危険ではある。でも、ひとりの人権を完全に無視して捕らえてしまえるほど、国も非道ではなかった。

 幸い、悲しみや苦しみといった感情がかなり多く蓄積されない限りは、爆発なんてしないことはわかっていた。

 だから、監視を続ける必要こそあったものの、水萌はそのまま親戚の家で平穏に暮らすことができていたのだ。


「そう、だったんですか」


 あたしは、それだけ声に出すのがやっとだった。


「私たちの研究仲間だった氷室。彼のことは、できればそっとしておいてやってほしいと、国にずっとそう言い続けていたんだ。しかし今回、どうやら氷室がとんでもない計画を立てているとの情報が得られ、国も動くことになった。それを知った私は研究も手につかなくなり、ともにここへ来ることを志願したんだ」


 氷室は、水萌の爆弾化のことを知っている数少ない人間だった。

 加えて優秀な科学者でもある。

 でも、野心が強すぎた。


 国からの資金援助も受けながら、様々な研究を続けてはいたものの、誰にでもスランプはあるもので、いつしか思うような成果が上がらなくなってきたらしい。

 飛沫さんたちの残した研究を応用して得た成果も、自分の功績として発表していた氷室。

 そういった研究のストックがなくなったのかもしれない。


 ともかく、成果が上がらなければ資金も減らされる。

 資金が減れば研究の規模も小さくなっていき、さらに成果は上がらなくなる。

 そんな状況が続いていた氷室に、資金援助を打ち切るとの知らせが届いた。


 氷室は怒りをあらわにした。もちろん、それでどうなるものでもない。

 実際のところ、氷室はそれまでにかなりのお金を蓄えていた。資金援助がなくなったところで、研究ができなくなるといったことはないはずだった。

 国としても、それを見越しての決定だったと考えられる。


 今まで援助を受けていたのにそれが突然なくなるというのは、氷室にしてみれば許しがたい仕打ちだと思っただろう。

 そこで、水萌が爆弾化した薬を使うことを思いついたのだ。


 あれを研究・改良して、人間を自在に爆弾化してコントロールできるようになれば、国を脅して資金援助を受けられる。

 いや、そんなものが開発できれば、脅さなくても援助してもらえるかもしれない。

 人道的な部分での問題はあるにしても、兵器としては魅力的なものになるはずだからだ。


 もっとも、危険だということで闇に葬られてしまう可能性もあった。

 そう考えると、交渉で優位に立てる切り札を持っておくのは、悪くない選択だろう。

 研究資金もそれほど多く残っているわけではない。

 すでに爆弾と化した水萌が存在しているのだから、とりあえずは彼女の爆発をコントロールできる方法さえ開発できればいい、氷室はそう考えた。


 ところが、飛沫さんの家を捜索するも、有効な資料は得られず。

 その後はさっき氷室自身が語ったとおり、消し去った水萌の記憶に望みをかけて今回の作戦を実行した。

 そういうことだった。


「こんな危険な奴、最初から処分してしまえばよかったのだ!」


 フーミンがきつい口調で言う。

 確かに、そうだ。

 いくら研究仲間だったといっても、成果も援助金も横取りしたような人間を庇い立てする必要なんてないように思えた。


「そう言わないでくれ。私たちのつき合いは長いのだから。氷室には昔、美しい妻がいた。とてもよくできた人だったよ。氷室とも本当に仲がよくてね。幸せそうだった。しかし――」


 いつしか病気がちになり、やがては床に伏してしまった。

 妻をどうにか助けたい。その想いから、氷室は様々な分野の薬学研究に手を出し始めたのだ。それを、飛沫さんたちも手伝った。

 だけど研究のかいもなく、氷室の妻は息を引き取ってしまった。


 それからの氷室は、それはひどい状態だったようだ。

 酒におぼれ、すべてを忘れ去ろうとした。ともあれ、酒の力では一時的に忘れることしかできない。

 途方に暮れた氷室は、記憶を操作する薬の研究に着手することにした。

 悲しみと苦しみから逃れたい一心で、自分の脳から妻の記憶を消し去るために……。


 飛沫さんや水季さんは反対した。

 忘れてはダメ、覚えていてあげなければ、と。

 それでも、すでに研究に没頭していた氷室の耳に、その声が届くことはなかった。

 研究に異常なほどのめり込むことで、苦しみから逃れるかのようだったという。


「それにな、もっと別の理由もあったんだ。それは、氷室の娘と、私たちの息子のことだ」


 飛沫さんは独白を続ける。

 スマイルプロジェクトだと名乗り、あたしたちに接近してきた男性、アマサギさん。

 彼は、飛沫さんの息子、つまり水萌の兄だった。


 そうか、だから最初にあの公園でアマサギさんを見たとき、トロい人だと感じたのか!

 水萌と同じ遺伝子レベルのトロさを持っている人だから、そう思ったのね!


「……熱希ちゃん、それ、ちょっとひどいかもぉ~」


 水萌がのんびりとした声を上げて口を尖らせていたけど、それは無視の方向で。


 一方、シラサギと名乗った女性のほうは、氷室の実の娘だった。

 氷室の記憶操作研究がある程度の成果を収めた頃、国はその研究内容に興味を持ち始めた。

 とはいえ、やはり危険と判断されてしまったため、氷室は研究の中止を求められた。


 そのあたりは、さっきの氷室の話にもあったとおりだ。

 でも、氷室が飛沫さんたちの家に入り浸っていたのは、実は研究のためだけではなかった。

 それは、アマサギさん――本名は水鳥(みずとり)というらしい――と、シラサギさん――こちらは本名も白鷺(しらさぎ)だった――がいたからだ。


 研究に没頭する氷室は、ひとり娘である白鷺さんのこともほとんど構うことがなかった。

 そのため、飛沫さんの家で同い年の水鳥さんと遊ばせたり、水季さんがふたりまとめて面倒を見たりしていた。


 そんな中、記憶操作の研究で目をつけられた。

 もしかしたら子供たちに危険が及ぶかもしれない、そう考えた飛沫さんたちは、やむなく子供たちを氷室邸に匿うことにした。


 氷室も記憶操作研究からは手を引き、細々と研究するという名目で自宅に戻った。子供たちの面倒をしっかりと見ることを約束させられて。

 この頃、氷室はすでに落ち着きを取り戻していた。

 飛沫さんたちは、氷室を信じたのだ。古くからの友人である氷室を。


 このときには、水萌が水季さんの体内に宿っていた。

 その後、生まれてきた水萌に感情がないことがわかり、飛沫さんたちはあの薬を作った。

 薬の研究に氷室が関わっていなかったのは、彼が飛沫さんたち言われたとおり、自宅に戻ってふたりの子供の世話をしながら細々とした研究をしていたからだ。

 そして水萌は投与した薬により感情が戻り、それと引き換えに爆弾化してしまった。


「俺は……この家の息子ではなかったのか……」


 アマサギさん――いや、水鳥さんがつぶやく。


「やはり、記憶操作の研究は続けていたようだな。それで、私の息子である水鳥を実験体にした……」

「そうですよ。面倒は見ていたんです、文句はないでしょう?」

「……言い返したいところではあるが、私にはそんな資格もないか……」


 これで、すべてだ。飛沫さんは、そう言って話を締めくくった。

 その表情は、すべてを語り終えてすっきりしたというよりも、すべての罪を言葉にして再び噛みしめ、苦しさでいっぱいになっているように思えた。


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