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スマイルプロジェクト ~その笑顔、国家機密につき~  作者: 沙φ亜竜
第6章 スマイルプロジェクト
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-2-

 洋館の中は、少し薄汚れた印象の外観からは想像もできないほどの豪華さだった。

 手入れも行き届いているようで、かなり綺麗だ。

 入り口の両開きの扉の中は広い玄関ホールになっていて、幅の広い絨毯敷きの階段が二階へと延びていた。

 こんな田舎の山奥に、こんな洋館があるなんて……。


 あたしたちはロープにつながれたまま階段を上り、二階の一室へと通された。

 そこは異常なほど広い部屋だった。


 部屋の中央にはテーブルがあり、その四隅にそれぞれふたり掛けの黒い革製のソファーが置かれている。

 隅に置かれた豪華そうな食器棚には、ワイングラスが並べられていた。


 部屋の奥側には机が置かれ、そのさらに奥にはゆったりとした、やはり黒いソファータイプの椅子が見える。こちらはひとり掛けのようだ。

 そしてその椅子に座っている人物が、わずかに微笑みをたたえながら、あたしたちを出迎えた。


「よくここまで来ましたねぇ~、みなさん。長旅お疲れ様でした。ふぉっふぉっふぉ」


 ワイングラスを片手に豪華そうなガウンを身にまとった四十代くらいと思われるおじさんが、不快感すら覚えるような笑い声を上げる。

 あらかじめ通信連絡をしていたみたいだったし、クーラーによって冷やされた部屋の中で、ゆったりと椅子に座ってあたしたちの到着を待っていたのだろう。


 あたしたちはロープで縛られたまま、相変わらずグレースーツの男たちに捕まっている状態だった。

 その彼らの横に並ぶように、アマサギさんとシラサギさんも控えている。

 そんな状況の中、水萌が一歩前に出た。


氷室(ひむろ)のおじ様~、お久しぶりですぅ~」


 水萌の声に、氷室のおじ様と呼ばれたオヤジは一瞬驚きの表情を浮かべた。


「ほう~、水萌ちゃんは記憶が戻ったんだね。やはり当時のわしの研究はまだまだだったということか」


 氷室はそうつぶやいて、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら水萌の全身に視線を這わせる。


「大きくなりましたねぇ~。美しい女性に成長したものです」

「いやらしい目で水萌を見るな、エロオヤジ!」


 思わず叫ぶあたし。

 その声に反応し、氷室の視線がこちらへと向く。


「お友達は少々うるさそうですが、体型としてはとても女性らしいですねぇ~」


 奴のいやらしい視線が、あたしの胸の辺りに向けられているのがわかった。

 ロープで縛られているせいで、手で隠したりもできない。あたしは身を横にひねってその視線から逃れる。


「どういうことなのか、説明してもらいたいのだ!」


 フーミンが助け舟を出してくれた。


「そうです~。おじ様、どうしてこんなことを~?」


 水萌も眉をつり上げて氷室を睨みつけている。

 ああ、怒った顔もらぶりぃだわぁ……って、そんなこと考えている場合じゃない!


「ふぉっふぉっふぉ。冥土の土産がほしいってことですかな? まぁいいでしょう、お話して差し上げます」


 冥土の土産なんて言うってことは、あたしたちはやっぱり消されてしまうのね……。

 そんな思いに囚われているあたしの沈んだ表情を見ても躊躇することなく、むしろそれを楽しんでいるかのように、氷室は語り出した。



 ☆☆☆☆☆



 奴の名前は氷室霜雪(ひむろしもゆき)

 そんな小洒落た名前なんて似合わないと、あたしは思ったのだけど。

 ともかく、氷室は水萌が思い出した記憶のとおり、彼女の両親とともに研究していた同志だった。


 お互いに競い合っていた時期もあったけど、氷室はやがて、協力したほうが効率的だと水萌の両親に提案した。

 その当時、氷室の家よりも水萌の家のほうが研究設備としての質が高かった。氷室の狙いは、そこにあったのだ。

 もちろん水萌の両親にしても利点はある。氷室の知識は多岐に渡り、研究を続ける上で有効だった。


 三人は協力して様々な研究をした。

 こんな片田舎で研究する無名の科学者だった彼らも、いつしかその成果が認められ、国からも目をかけてもらえるようになった。

 研究に必要な資金を援助してもらったり、貴重な素材を提供してもらったり……。

 そうやって三人が研究する対象の中には、記憶を操作するような薬もあった。氷室が主導して研究していたのがその薬だった。


 国はそれを止めようとした。記憶操作の研究は危険をはらむと判断されたのだろう。

 国からの圧力、逃れられはしない。氷室は言われたとおり研究を中止した。

 ……表向きは。


 普段から水萌の家で研究していたため、氷室の家のことは国に知られていなかった。

 山奥の木々のあいだにひっそりと建っている洋館だということと、研究中はほとんど水萌の両親の家に寝泊りしていたから、というのも幸いしたのだろう。

 氷室は自宅で極秘の記憶操作研究も続けながら、表向きは水萌の両親との共同研究に従事していた。


 そんな折、水萌がこの世に生を受けた。両親は、娘をそれはそれは可愛がった。

 氷室も水萌のことを可愛がっていたという。


 でもどういうわけか、水萌はまったく笑わなかった。感情がなかったのだ。

 生まれてすぐの病院では産声を上げ、抱き上げる母の顔を見て笑い声も響かせていた。

 それなのに、いつの頃からか、まったく感情を示さなくなってしまった。


 両親は思い悩んだ。

 こんな症状は聞いたことがなかった。病院に入院させたとしても、水萌を治すことはできないだろう。

 水萌の両親は薬学を専門とする科学者だったため、それはよくわかっていた。


 そこで両親は、自ら作り出したのだ。娘に感情を――笑顔を取り戻すための薬を。

 そして自分たちで作った薬――認可されていないその薬を、水萌に投与した。


 想いの力は強いということか、両親の望みどおり水萌は感情を取り戻した。

 愛らしい笑顔を浮かべて、両親にありがとうと言うかのように水萌は笑った。

 だけど、思いもしなかった、とんでもなく危険な副作用が出てしまった。

 それが、爆発性の物質が血管の周りに蓄積されてしまうというものだった。


 その爆発の力は、アマサギさんたちが語ったとおり、原爆にも匹敵するほどの威力だと計算された。

 それは計算上の数値判断でしかなかったものの、計算が正しいかの証明のために実際に爆発させてみるなんてことは、もちろんできはしなかった。


 このことは、やがて国にも知られることとなる。

 水萌の両親、そして薬を投与された水萌は危険と判断され、薬は廃棄を命じられた。

 また、他の研究に関しても援助を打ち切られてしまう。


 国は水萌の爆発の危険性を考慮し、国家を挙げての絶対的な保護を申し出た。

 安全な場所に水萌を隔離して完全監視体制の中に置くというものだった。

 両親はそれを拒否した。水萌にそんな束縛された人生を送らせたくはなかったからだ。

 そして両親は水萌を連れて逃げ出した。


 水萌がどうやって逃げおおせたのかはわからない。

 ともあれ、おそらく両親のほうは捕まって拘留されるか、もしくは殺されたに違いない。

 水萌を逃がすために犠牲になったはずだからだ、そう氷室は語る。


 その根拠は、水萌と両親が逃げ出す際に、氷室が研究していた記憶を操作する薬を水萌に投与することを求められたからだった。

 それによって、水萌は一旦睡眠状態に入る。

 次に目を覚ましたときには、両親のことも氷室のことも住んでいた家のことも完全に忘れているはずだった。


 親戚を頼るように導くため、両親は眠った水萌の耳もとでその親戚のことを語り続けたのだろう。そうすることで、薬の影響を受けても消えないで残る記憶になりえると考えられた。

 それから、両親がおとりとなり、水萌ひとりを逃がした。

 親戚のもとまで逃れられた水萌には、いかに国といえども簡単には手を出せなかった。


 その後、氷室は水萌の両親の研究室に残っていた資料をもとに、研究を続けた。

 そう、水萌を爆弾化させた、あの薬の研究を。


 その薬の研究には、氷室はほとんど関与していなかった。ただ、薬の副作用を知り、研究対象として絶大な魅力を感じていた。

 だからこそ、水萌が爆弾と化してしまったあとは、彼女の家に頻繁に足を運び、研究を盗もうとしていたらしい。

 結局有効な資料が得られないうちに、水萌とその両親は家を捨てて逃げ去ってしまったのだけど。


 氷室は水萌の家を隅々まで調べた。廃棄処分にしたとはいえ、まったく痕跡がないはずはないと考えたのだ。

 案の定、研究室内の雑多な資料の中に紛れて、あの薬に関する資料なども残っているのを発見した。

 氷室はそれを持ち帰って研究を続けた。でも、どうしてもあの薬を作り出すことはできなかった。


 研究を完成させるためには、もっと詳細な資料が必要だった。

 水萌の家の研究室から持ち帰った資料だけでは抜けている部分が多いことに気づいた氷室は、別の場所にまだ重要な資料が残っているはずだと考えた。


 水萌を監視していたのは、彼女の封印された記憶の奥に、氷室も知らない研究資料の記憶などがあるのではないかと、そう考えていたからだ。

 そのために、スマイルプロジェクトの面々を派遣した。

 彼らは氷室が雇った用心棒だった。


 氷室はもともと、研究の謝礼を多く受け取っていた。

 水萌の両親が研究した成果の一部も自分の研究と称して国に報告、その謝礼を受けていたからだ。

 そういった資金があったからこそ、研究を続け、SPたちを雇うこともできた。


 SPを水萌のもとに派遣したとはいっても、爆発の危険性があるのはわかっていたため、慎重に行動せざるを得なかった。

 また、氷室自身はこの洋館から離れるわけにはいかなった。薬の研究には、定期的な成分調整が必要だったからだ。

 そこで、頃合いを見計らって水萌を故郷のこの村へと誘い出すことにしたのだという。


「ウチらを、どうするつもりなのだ?」

「そうですねぇ、せっかくですから実験体にでもなってもらいましょうかねぇ~」


 ニヤリといやらしい笑みを浮かべる氷室。


「ともかく、あの地下室の資料によって、わしの研究もやっと完成させることができるはずなんですよ」


 ひと呼吸置いてあたしたちを見回す。

 氷室は、今まで以上に歪んだ醜い表情をその顔に張りつけたまま、高らかな笑い声を発しながらこう宣言した。


「これで、人間を爆弾化させ、その爆発を自由に制御できる薬が、この世に誕生することになるのです! ふぉっふぉっふぉっ!」


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