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-4-

 家の中は、ところどころ床板が腐って割れていたり、柱や天井の一部が崩れていたり、といったひどい有様だった。

 とはいえ全体的に家の形は保っていて、長いあいだ放置されていたのは確かだろうけど、生活感があったこともなんとなく感じられた。


 部屋には電球がついていたけど、さすがに今では電気が通っていないようで明かりは灯らなかった。

 まだ昼過ぎくらいの時間で天井や壁の隙間から日差しもこぼれてくる。

 少々薄暗くはあるものの、調査する分には、さほど問題はないだろう。


「ちょっと、歩きづらいわね」


 なんてあたしが言った途端に、


「きゃっ」


 水萌が抜けた床板に足を引っかけたのか、転びそうになる。

 すぐそばにあたしがいたから抱きとめてあげられたけど、そうじゃなかったらトロいこの子のことだから、豪快に顔面から床に激突していたかもしれない。

 まったく、世話が焼けるんだから。


「ありがとう、熱希ちゃん~」

「もう、気をつけなよ?」


 そう言いながらも、あたしは水萌と手をつないだまま歩き出す。


「う~ん、やっぱりいつもどおりの光景なのだ」


 そんなフーミンの茶々にも、もう慣れっこだった。


 それにしても、家の中は本当にホコリだらけで、思わず咳き込んでしまうほどだった。

 こんな中にいたら水萌が具合を悪くしてしまうかもしれない、なんて心配をしていたのだけど。

 あたしの心配とは裏腹に、水萌の瞳は、どんどんと輝きを増しているように思えた。


「水萌さん、なんだかとても嬉しそうでございますです」

「うん、なんか~、懐かしくて~」


 水萌はそう言いつつ、危なっかしい足取りながらも、はやる気持ちを抑えられないという様子で歩き出した。

 もちろん手をつないだままのあたしも、それに続く。

 つまずいて転びそうになる水萌をあたしが支えながら、歩きにくい部屋の中を進む。

 他の人たちもみんな、あたしたちのあとに続いていた。


 昔水萌が住んでいたというこの家。今でこそ薄汚れた廃屋になっているけど、どうやらかなり広いようだ。

 木造ではあるものの、こんな田舎にあるにしては、随分と豪華な家だったのではないだろうか。


 水萌ってもしかして、ものすごいお嬢様だったのかな?

 そう考えると、水萌があんなにトロいのも頷ける気はするけど。

 でも、お嬢様ってイメージじゃないわよね、この子。


 やがて、とある部屋で水萌は足を止めた。

 あたしは周りを見回してみる。そこは、どうやら食堂のようだった。

 奥には仕切りがあって、その先が台所になっているらしい。


 食堂だけでも結構な広さがあるから、やはりこの家はかなり豪華だったのだろう。

 今となっては、広さ以外にそれを感じられる面影はほとんど残っていないのだけど。


 そこで、ふと気づく。

 つないでいる水萌の手が、小刻みに震えていることに。


「水萌?」

「ああ、そうだわぁ……。思い出してきたぁ~……」


 遠い目をして水萌がつぶやき声を漏らす。


「あたしはここで、両親と一緒に住んでいたの~。でも、いつも四人だったわぁ~……」

「え? 四人?」


 両親と水萌なら、三人だ。

 あとひとりって……他に兄弟がいたってことだろうか?


「うんとね~。両親の知り合いのおじ様が、よく遊びに来ていたのぉ~。それこそ、毎日のように来ていた気がする~……」


 そしてまた、なにかを思い出したのか、水萌は別の部屋へと歩き始める。

 当然ながら、水萌の手を握っているあたしを筆頭に、みんなもそのあとに続く。

 トロい水萌に合わせて歩くため、ゆっくりなことこの上ない。

 このペースだとすごく時間がかかりそうだけど、それは仕方がないことだろう。


 ここに昔、水萌が住んでいたのね……。

 そう考えると、あたしにとっても感慨深い。

 水萌のことなら、なんでも知りたいと思っているのだから。


 ゆっくりながらも、また別の部屋まで歩いていき、水萌は足を止めた。

 そこは……なんだろう、薄汚れた机があって、その上にいろいろな物品が散乱していた。

 ぱっと見渡した限り、ガラス製品が多いような気もする。


 なんとなく、見覚えのあるような物品がたくさん転がっているような……。

 あっ、割れているけど、あの球体のようなガラスの破片は……フラスコ?

 そう思い至ると、他にも、ビーカーや試験管、ピンセットなど、学校の化学室にあるような器具が散らばっているように思える。

 中には見たこともない器具もまざってはいたけど、この状況から考えるに、この場所は……。


「思い出したわぁ~。ここで~、両親とおじさんは三人で~、研究していたのぉ~」

「研究って、いったいなんなのだ?」

「沢湖さんの両親は、ここで薬品の研究をしていたんだ。前に話した爆弾化してしまう副作用を起こした薬も、その研究で作り出されたものだった。つまり、自ら作った薬を自分の娘に投与したんだ。娘を救うために」


 フーミンの疑問に答えたのは、アマサギさんだった。


「実は沢湖さんは、衰弱死するほど弱っていたわけではなかった。だが、感情がまったくなかったんだ。人間としては、それは死んでいるも同じこと。両親は深く悩み、それを改善する薬を開発して投与した。それによって、沢湖さんは笑顔も他の感情も取り戻したんだ」


 解説を聞いても、フーミンは渋い表情のままだった。


「……なぜ、衰弱死から救う薬だなどと、嘘をついたのだ?」

「両親の記憶などにもつながる内容だから、記憶のガードがかかっていたり操作されていたりといった場合に、悪影響が出ないとも限らない、そう考えたんだ」


 アマサギさんの答えに、フーミンもどうにか納得したみたいだった。


 ちょっと頭の中を整理してみよう。


 その昔、ここで両親と一緒に暮らしていたという水萌。彼女の両親は亡くなったと、あたしは聞いていた。

 だけど、記憶がガードされていたり操作されていたりしたのなら、その記憶も事実とは違う可能性があるのではないだろうか?

 あたしは、その疑問をアマサギさんにぶつけてみた。


「完全には言いきれないが、おそらくそれはないだろう。沢湖さんの両親は、死んでいるはずだ。ただ、正確に言えば……」


 そこで一瞬、声を止めるアマサギさん。

 なんとなくあたしは嫌な予感がして、その先を聞きたくないと思った。

 アマサギさんはあたしの様子には構わずに、そのあとの言葉を続けた。


「正確に言えば、殺されたはずだ」



 ☆☆☆☆☆



 両親が殺された――。

 当たり前だけど、それは水萌にとって相当ショックだったのだろう。

 ふらりと、体が倒れかける。

 素早くあたしが支えると、「ありがとう」と力なくつぶやいて、水萌はあたしの腕につかまりながらも再び自分の足で立ち上がった。


「もっとも、こちらでも完全に把握しているわけではない。それを確かめるためにも、この家の詳細な調査が必要だったんだよ。沢湖さん、なにか他に思い出したことはないかい? この部屋が研究室だったとしても、すべての設備がこれだけとは思えないんだ」


 アマサギさんは、水萌を問い詰めるように声を上げる。

 両親のことを聞いてショックを受けている水萌の気持ちも、少しは考えてほしいと思ったのだけど。

 あたしが文句を言うよりも早く、水萌が口を開いた。


「そうだわ~。地下に、秘密の研究室と倉庫があるって聞いた気がする~。ほとんど使ってなかったけど、大切な物はそこに仕舞ってあるって~。あたしは入ったことがなかったと思うけどぉ~」

「おお、それはどこにあるんだ? 思い出せるかい?」


 水萌の肩に手をかけて揺するように迫るアマサギさん。

 我慢ならなかったあたしは、乱暴に腕をつかんで水萌の肩から引き剥がす。


「ちょっと、やめてください! 水萌に触らないで! 水萌だって思い出そうとしてるんだから、そんなに急かさないでください!」


 その声でアマサギさんは、はっと我に返る。


「あ……ああ、すまない。取り乱してしまった。しかし、その場所がわかれば、すべてが解決するかもしれないんだ」

「そうですね。沢湖さん、つらいかもしれませんが、思い出してください」


 とりあえず落ち着きを取り戻したアマサギさんだったけど、その横にいたシラサギさんまでもが、そう言って水萌を急かし始めた。


「うん~、えっと~、多分、こっちです~」


 水萌の先導で、あたしたちは再び歩き出しる。


「ここだと~、思うのぉ~」


 そう言って水萌が指差したのは、さっきも通った食堂の片隅の床だった。

 アマサギさんが素早く屈み込んで床板を調べる。

 巧妙に隠されていたつなぎ目をずらすと、床板が外れて石造りの階段がその姿を現した。


「こんなところに隠してあったとは……。よし、とにかく下りるぞ」


 アマサギさんを先頭に、SPの人たちが階段を下りていく。

 それに続いて、あたしたちも地下室へと足を踏み入れた。


 地下室に明かりなんてあるわけがない。

 電気も通じていないのだから、真っ暗なのではないだろうか。そう思ったのだけど。


 用意のいいことに、SPの人たちはみな小型の懐中電灯を持っていた。今はそれで辺りを照らしている。

 といっても、それだけでは調査をするには不十分だろう。

 ただ彼らは、さらに用意のいいことに、いくつかの電池式ランプを素早く配置していた。


 どうしてそんな物まで用意していたのだろう?

 いざというときのために、明かりはあったほうがいい。それはわからなくもないのだけど。

 それにしてたって、ここまで用意周到となると、最初から地下室があることを知っていたのではないかとすら思えてしまう。


 ぎゅっ。

 あたしの横で、つないだままだったあたしの手を強く握りしめた水萌が、不安そうな表情を浮かべながら、こうつぶやいた。


「お父さんお母さんの思い出が、汚されちゃう~……」


 あたしは、震える水萌の手を優しく握り返した。


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