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-3-

「あ~、昨日は散々だったわ」

「それはこっちのセリフだ!」


 土柳が右目の上にガーゼを当てて応急処置をした顔で怒鳴ってくる。

 そんな剣幕で怒らなくてもいいじゃん。


「いやいや、当然だと思うのだ」

「そ……そうかなぁ?」

「草砂兄、痛々しいのでございますです」

「痛いの痛いの、飛んでいけぇ~」

「あ……いや、べつにもう痛くはないんだけど。でも、ありがとう沢湖さん」

「いえいえ~、どういたしましてぇ~」


 にこぉ~。

 水萌が絡むと、どんなにもめていても道中は和やかムードに早変わり。さすがだわ。


「そういえば、昨日の夜はどうだったんですか? 黒いスーツの男たちの気配とか……」


 あたしが心配していたことを尋ねる。

 今一番危険なのはあの組織の人たちだろうと考えていたからだ。


「ああ、どうやら周りには感じられなかった。俺たちがここに来ていることに、まだ気づいていないのかもしれない。とはいえ、すぐに足取りを追ってくることも考えられるから油断は禁物だ」

「でも、今はまだ大丈夫ってことですね」


 あたしは少し安心した。

 やっぱりずっと気を張ったままでは疲れてしまう。それでは、いざというときに水萌を護れないかもしれない。

 せめて今だけでも気を楽にしておこう。

 そんな考えを胸に、あたしは額に浮かんだ汗を拭う。


 あたしたちは今、田舎の寂しげな道を歩いていた。

 言うまでもなく、水萌が昔住んでいたという、村外れにある家へと向かうためだ。

 どうでもいいけど、ほんとに寂しい田舎道だ。なんというか、ほとんど民家すら見えなくなっているような……。

 仮にも水萌が昔住んでいたところのはずなのに、どうしてこんなにも寂しいのだろう。


「水萌の住んでいた辺りって、昔は賑わってたけど今では寂れてしまったとか、そんな感じなんですか?」

「……いや、そういうわけじゃない。……もともとかなり村から外れた場所に家を建てていたんだ」


 あたしの問いにアマサギさんが答えてくれたのだけど。

 わずかに言いよどむ様子があったから、ちょっと気になった。

 そんな表情を感じ取ったのだろう、アマサギさんが言葉をつけ足す。


「俺からいろいろと話すより、沢湖さん自身に思い出してもらいたいんだよ。そのほうが、他のことを思い出すのも早くなるかもしれないからな」


 なるほど、そういうことか。


「水萌、どうなの? この辺りの景色とか見て、なにか感じたりする?」

「えぇ~? う~んとねぇ~。ん~……。べつになにもぉ~。ごめんなさい~」


 謝ることじゃないってのに、ぺこりと頭を下げる水萌。

 あ~もう、この子ってば!

 思わずあたしは彼女を抱きしめていた。


「謝らなくていいから!」

「熱希ちゃん、暑い~」

「こんなとこまで来ても、やっぱり相変わらずなのだ、このふたり」

「うん、相変わらずだ」

「相変わらずなのでございますです」


 相変わらずなあたしたちだった。



 ☆☆☆☆☆



 それにしても、いったいどこまで行くのだろう?

 正確な時間はわからないけど、もう随分と歩いてきた気がする。

 旅館を出てから、二時間くらいは経つのではないだろうか。


 かなりの時間がかかることは、最初から予想していた。

 旅館を出るときに、お昼用のおにぎりと冷たい麦茶を入れた水筒が人数分用意されていたからだ。

 アマサギさんがあらかじめ宿の人に言って用意してもらったらしい。ということは、さくっと行って調べて戻ってくる、というわけにはいかない距離だと想像できた。

 もっともそうでなければ、旅館に一泊なんてしていないだろうけど。


 でも、さすがに疲れた。

 あたしですらそう思うのだから、おっとり気味の水萌や、小柄で体力もないフーミン、小学生のような外見の地花ちゃんには厳しいだろう。

 さっきから、ほとんど喋る気力すらなくしているようだった。


 ちょっと休憩を挟んだほうがいい、そう判断したあたしは、アマサギさんに声をかけた。


「アマサギさん、すみません。ちょっと休憩させてほしいのですが」

「ん、ああそうか、そうだな。すまない、考え事をしていてみんなの様子を見ていなかった。それじゃあ、その辺で休みながら、食べられるようならおにぎりでも食べようか」


 ちょうど大きな木の切り株がまるでテーブルにしてくれと言わんばかりにそこにはあった。

 周りの木々によって日差しも遮られ、休むにはうってつけの場所だ。


「この先、まだ結構歩くんですか?」

「う~ん……どうだろうな。実は俺も正確には覚えていないんだが……」

「そんな無責任な!」


 先導しているから、てっきり道はわかっているものとばかり思っていたのに。


「大丈夫ですよ。一応方位は確認しています。確実とは言えないかもしれませんが、おそらくこちらで合っているはずです」


 シラサギさんがフォローするものの、それでも完全ではなさそうだった。


「沢湖さん、どうかな? この辺りの景色に見覚えはないかな?」

「えぇ~っとぉ~……。あ……うん~、なんか、わかる気がする~」


 水萌、本当に大丈夫?

 あたしは少し心配だったのだけど、ここは任せよう、というアマサギさんの判断により、その後は水萌の先導で道を進むことになった。


「あれぇ~~? う~~~ん、こっちかなぁ~~~~? 違うかもぉ~~~?」


 とっても不安なナビゲーションに続いて、ただついていくだけのあたしたち。


「水萌ちゃん、大丈夫なのだろうか? ウチは不安なのだよ」


 フーミンがそう言うのも無理はない。

 それでも、アマサギさんやシラサギさんはなにも言わずに水萌に先導を任せている。

 閉ざされた記憶を引き出すため、ということなのだろう。


「きっとこっちかな~。なんとなくこっちにしてみよぉ~。う~~ん、どっちかなぁ~。天の神様の言うとおりぃ~」


 すでに先導の役目を果たしていないでしょ、とツッコミを入れたくなるような言葉をつぶやきながら、水萌は進んでいく。

 あたしたちは無事に生きて戻れるのだろうか。そんな不安が頭をよぎり始めていた。

 と、突然目の前の視界が開けた。


「あ……あったぁ~~~!!」


 そこには、古ぼけてホコリだらけになっている、大きな木造の家が建っていた。

 先導していたはずの水萌が一番驚いたような声を上げていた気がしたけど、そんなことはどうでもよかった。

 あたしは水萌と一緒なら運命をともにしてこのまま目的地までたどり着かずに朽ち果てようとも構わない、なんて諦めの境地にまで達していたのだから。


 ふ~、とりあえず助かった。

 もちろん、帰りはどうなるの? という心配はまだあったのだけど。

 ともかくあたしたちは、その家へと駆け寄った。


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