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スマイルプロジェクト ~その笑顔、国家機密につき~  作者: 沙φ亜竜
序章 幼き誓い、笑顔の始まり
2/27

-2-

「熱希ちゃん、ごめんねぇ~」


 昇降口まで走ったところで立ち止まって息を整えていると、水萌がそう言葉を発した。


「なんで謝るのよ」

「だってぇ~、いつも私、熱希ちゃんに迷惑ばっかりかけて~……」


 うるうるうる。

 やっと泣き止んだのに、また涙が溢れそうになっている。


「もう、迷惑じゃないってば。大丈夫だよ。水萌はあたしが護るから」

「う、うん~……」


 恥ずかしそうに顔を伏せる水萌。

 言っているこっちだって恥ずかしかったのだけど。

 でも、


「あの、熱希ちゃん……。男の子たちから助けてくれて、ほんと、ありがとう」


 にこぉ~っ。

 ふと伏せていた顔を上げ、水萌はあたしに明るい笑顔を向けてくれた。

 まだ涙の残った瞳がキラキラと輝いて、背景には無数のお花が咲き乱れているかのような錯覚さえ起こさせる。


 ん~、もう、可愛いったらないわ! 思わず抱きしめたくなっちゃう!

 あたしは水萌を、このまぶしいほどの笑顔を絶対に護る。そう心に誓っていた。


 ようやく微笑んでくれた水萌に、拾って持ってきてあったピンク色の巾着袋をそっと手渡す。

 巾着袋には、油性ペンで「さわこみなも」としっかり彼女の名前が書いてあった。

 この袋の中にはお守りが入っているというのを、あたしは知っている。大切な思い出のお守りなのだそうだ。

 そんなに大切なら、家に置いておけばいいのに。


 それはともかく、あたしは今日もこうして水萌を護れたことに、心から満足していた。



 ☆☆☆☆☆



 その一ヶ月ちょっと前。あたしがこの町に引っ越してきたときのこと。

 クラスメイトが微妙にクラスに馴染んだ頃と思われる五月に、あたしはこの学校へと転校してきた。

 父親の転勤の都合だし、それは仕方がなかったのだけど。


 あたしは学校に通い始めて数日経っても、クラスに溶け込めずにいた。

 休み時間のたびに、ひとりぼっちで席に座っているあたし。周りではクラスメイトの楽しそうな声が響く。


 転入生というのは質問攻めに合ったりとかして、いつの間にかクラスに溶け込めていたりするものだと、勝手に思い込んでいた。

 だけど、タイミングとか周りにどんな人がいるかによっては、そうならない場合だってあるのだ。

 今のあたしからは考えられないことだけど、この頃のあたしは物静かでおとなしい女の子だった。

 自分から進んでクラスメイトの輪の中に飛び込んでいけるほどの勇気なんて、持ち合わせていなかった。


 クラスメイトもあたしのことが気になってはいたのだろう。たまにチラチラと視線を向けては、ヒソヒソと話すような声は聞こえていた。

 だけど、話しかけてくれる子はいなかった。

 そんな状況が続けば周りの認識も固まってしまう。

 あたしという存在はクラスの中で、話しかけづらい転入生として確固たる地位を築き上げてしまっていた。


 そしてあたしのほうも、その状況を嫌々ながらも受け入れ、諦めていたのだろう。

 もういいや。このまま静かにしていよう。そんなふうに、ある意味いじけた考えに染まりきっていた。


 こんなとき、担任の先生や学級委員が気を遣ってくれるといいのだけど。

 単におとなしいだけの女の子。いじめられているわけではないからなのか、まだ日が浅いから様子を見ているだけなのか。

 このときのあたしには、誰も手を差し伸べてはくれなかった。


 ただひとり、彼女を除いて。


炎壁(ほのかべ)ちゃん!」


 明るい笑顔を振りまいて声をかけてくれた女の子。それが水萌だった。

 炎壁というのはあたしの名字。

 その名字が示すとおりなのか、知らないうちにクラスメイトとのあいだに壁を作ってしまっていたあたしに向かって、水萌は話しかけてくれた。


「すごく激しい感じの名字だねぇ~。めらめら~。下の名前は熱希(あつき)ちゃん、だっけ~? 炎で熱い、すごい名前~!」


 コロコロと笑いながら楽しそうに話しかけてくる。

 熱そうな名前とは、昔からよく言われていた。怒ると我を忘れてしまうのは、あたし自身でも充分に自覚している。

 ともあれ、水萌の感想は、そうじゃなかった。


「すごく温かい名前だねぇ~。熱希ちゃんらしい、いい名前だと思うよぉ~」


 にこぉ~っ。

 輝くような水萌の笑顔に、あたしは恥ずかしながら、天使さんが微笑んでくれている、な~んて思ったものだ。


「私は沢湖水萌(さわこみなも)。よろしくねぇ~!」


 ちょっとのんびりした口調で、笑顔を絶やさずに手を伸ばしてくる水萌。

 あたしの手をぎゅっと握った水萌の温もりが、冷えきっていたあたしの心をも優しく包み込んでくれた。


 もちろん、クラスに馴染めていなかったあたしに対する同情はあっただろう。

 でもそれから、水萌は休み時間のたびにあたしの席にまでやってきては、いろいろと話かけてくれるようになった。

 あたしのほうも少しずつだけど水萌に心を許し、いろいろとお話できるくらいにまでは仲よくなっていた。


 そうなると、クラスの他の子からも少しずつだけど話しかけてもらえるようになって、あたしのほうからも声をかけてみたりもして。

 一ヶ月も経てば、すっかりクラスの一員となっていた。

 それもこれもみんな水萌のおかげ。ほんとに感謝してもしきれない思いだった。


 ところで、いつしか気がついたことがある、

 水萌がクラスの中で少しばかり浮いた存在になっているということだ。

 正確には、からかわれる傾向にあるといった感じなのだけど。

 少々のんびり、というかかなりトロい水萌。しかもすごく可愛いのだ、なんとなくわかる気はする。


 きっと水萌の反応を見て楽しんでいるだけで、いじめとかそういうレベルではないのだろう。

 ただ、たまに巾着袋を取り上げられたときのような、ちょっと悪質なからかい行為、いじめと言われても仕方がないと思うくらいにまでエスカレートすることがあった。

 すぐに泣いてしまう水萌も悪いと言えなくもないのだけど、どちらが悪いかといったら、考えるまでもなく相手のほうだ。


 だからこそあたしは、水萌が泣いたりしないように護ってあげようと心に決めていた。

 水萌のあの明るい笑顔が見たいから。

 水萌にはいつでも笑顔でいてほしいから。


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