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確かに、すごかった。
……部屋のボロさの度合いが。
こういうところって、せめて女性陣の部屋だけは綺麗だったりするってのが、お約束ってものじゃない?
それなのに、そんなのまったく関係ないと言わんばかりに、あたしたちに与えられた部屋もボロボロだった。
うん、確かに広いよ?
空間的には、十人の集団が入ったって、そりゃあ大丈夫だと思うよ?
だけど、床にぽっかりと大穴が開いているって、どういうこと?
こんな部屋に、あたしだけならともかく、水萌まで泊まらなきゃならないなんて。そんなのひどすぎる!
いきり立つあたしの思いをよそに、当の水萌本人は「わぁ~、すごい~、アスレチックみたぁ~い!」なんてはしゃいでいた。
旅館でアスレチックって、ありえないから!
もう、なんでこの子はいつもいつも、こんなにのん気なのだろうか。
とはいえ、だからこそ爆発せずに、今まで生きてこられたのかもしれないけど。
……って、あたしはなんて物騒なことを考えているんだ!
「これはこれで情緒溢れる感じと思えば、悪くないかもしれないでございますです。床は抜けていますですが、壁はしっかりしているみたいでございますよ」
「そうですね。床の穴も、上手く避けて布団を敷けば余裕で全員寝られますし。夜中、トイレに起きた場合は、少々足もとが心配ではありますが……」
さすがのシラサギさんも、こんな状況だとは聞いていなかったようで若干不満顔だったけど、そこは大人だからなのか文句を胸のうちに仕舞っているようだ。
その仕舞った文句は、あとでアマサギさんに容赦なくぶつけられるのかもしれないけど。
「お~。窓から見える景色は、なかなかの絶景なのだ!」
部屋はふたつに区切られていて、奥に障子で隔てられた小部屋があった。そちら側の窓から、確かに綺麗な景色が見渡せる。
部屋の中には他になにもなく、トイレも部屋の外の廊下を歩いていった先にあるようだ。
と、窓から外を眺めていた地花ちゃんが明るい声を上げた。
「あっ、あれ! 露店風呂ではございませんですか?」
「お~、ほんとだ。こんなボロ旅館にしては、すごくまともな感じじゃない!」
といったわけで、あたしたちはさっそく露天風呂へと向かい、今日一日の疲れを癒そうと考えた。
お風呂へ向かう途中、男性陣とばったりと出くわす。
彼らも露天風呂に行く途中だったのだ。といっても、当然ながら混浴ではない。
「土柳っち、のぞいたら殺すのだよ!」
「あのなぁ! のぞくったって、それじゃあ……」
土柳の視線をたどると、そこはフーミンの胸で……。
「あらぁ~、そんなペッタンコな胸じゃ見ても仕方がない~、なんて思ってるのぉ~?」
ああ! 水萌ってば、そんなホントのこと言っちゃダメだってば!
フーミンの胸は正直ぺったんこで、彼女はそれをすごく気にしているのだ。
「むぅ、土柳っち、気にしてるのにひどいのだ! それにその言い方だと、熱希ちゃんならのぞくって言ってるみたいなのだよ!」
「そ……そんなこと言ってない!」
と言いならがも、土柳の奴の視線はあたしの胸のほうへ……。
あたしは腕で胸を隠すようにしながら、奴に蹴りを入れる。
「見るな、バカ!」
確かにあたしは胸が大きめだった。
フーミンほどではないにしても、ちょっと控えめな大きさの水萌にも、「いいなぁ~」なんてよく言われるけど。
絶対よくなんかない。邪魔だし、じろじろ見られるし、いいことなんてないじゃないか。
そんな様子を見ていたアマサギさんとシラサギさんに、
「楽しい仲間たち、って感じだなぁ」
「ほんと、若いっていいわね~」
なんて微笑ましく言われてしまったのだけど。
ともかく、あたしたちは露天風呂へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、タオルを巻いたあたしたちは、お湯の中へと一直線。
さぁ! 泳ぐぞ~!
なんて言ったら、みんなに子供だって笑われた。
む~、でも広いお風呂なら、泳ぎたくなるものだよね? ね?
☆☆☆☆☆
「う~ん、極楽極楽」
「熱希ちゃんは、やっぱりおばさんっぽいのだ」
「さっきは子供みたいだったのにぃ~、熱希ちゃんって、面白いわぁ~」
「あんたに面白いとか言われたくないわ」
「でも、極楽って言いたくなる気持ちもわかりますでございますよ」
「そうですね。お湯が柔らかい感じで、とても気持ちいいわ。あなたたちみたいに、すべすべのお肌に戻れるかしら」
「あら~、シラサギさんは~、まだまだ若くて綺麗だと思いますよぉ~」
「そう? ありがとう。でもねぇ、ちょっと乾燥気味なのよね、最近」
なんて他愛ないお喋りをしつつ、あたしたちは露天風呂を楽しんでいた。
屋外だから、たまに風がそよぎ周囲の木々を揺らす。
お風呂の周りは竹で作られた柵で囲ってあり、見られたりはしないようになっていた。
でも、完全に覆われているわけではなく、湯船から近いところは柵で囲われているけど、少し離れると一部は自然の林のままになっているようだった。
そちら側は山になっておりますからのぉ~、のぞかれたりする心配なんてないんですわ~、と女将は言っていたけど。
本当に大丈夫だろうか。ちょっと心配だったりして。
と、ふと気づく。
旅館には、あたしたち以外の客はいなかった。
また、女将を含めた宿の人は、客の入れる時間帯には露天風呂には入らない決まりになっているらしい。
にもかかわらず。
今お湯に浸かっている人影……。
湯気で顔なんて全然見えないし、みんなの声がしているから気にしていなかったのだけど。
あたしは、おそるおそる数えてみた。
「一、二、三、四、五、六……」
「熱希ちゃん、どうしたのだ?」
「今この露天風呂に入ってる人影を数えたの……。全部で六人……」
「え? ……えぇ~~~!?」
「おかしいでございます。わたくしたち五人しか、女性の客はいなかったはずでございますよ?」
「そんな! 誰か忍び込んでいるというのですか?」
声はあたしたち五人だけ。なのに、人影は六つ。
明らかに喋らないで湯船に浸かっている人がひとり、紛れ込んでいる!?
「それって、のぞきですか!?」
「のぞき以上の大胆不敵さなのだ! 混浴でもないのに一緒に入っているのだよ!」
「きゃ~~~~、でございますですよ~~~!」
……なんか、余裕のある悲鳴だね、地花ちゃん。
「ふぇ~~~、なになに、どうしたのぉ~~~~?」
よくはわかっていないみたいだけど、慌てているらしい水萌の声も聞こえる。
もう、なんだってこんなに湯気がすごいのよ、ここは!
「お……おい、どうした!?」
不意に土柳の声が響く。
あたしたちの大声や地花ちゃんの悲鳴が聞こえたからか、男性陣も心配して駆けつけてくれたらしい。
「あっ、あんたたちがのぞいてたの!?」
「へ? 違う違う! 僕たちは今さっき男湯のほうから上がって、部屋に戻るところだったんだよ!」
相変わらず湯気がすごいため周りはよく見えなかったけど、土柳やアマサギさんといった男性陣の他に、女将さんや旅館の人たちも集まってきているようだった。
「あ~、それはもしかすっとぉ~……」
女将さんがなにか言いかけたとき、強めの風が吹いた。
風は湯気を一瞬で吹き飛ばす。
湯船に浸かっていた六つめの影は――、
「ウキッ?」
林のほうから入ってきたのだろう、一匹の猿だった。
☆☆☆☆☆
「山から下りてきた猿が、ときどきこうして湯船に浸かっているのですわ~。だから、完全に柵で囲っていないんですよ~。いやぁ、最近少なかったもんで、す~っかり忘れておりましたわ~」
女将さんの説明に、やっと安堵の息をつく。
そこで、はたと気づいた。
あれ、そういえば土柳とかアマサギさんも、駆けつけてきてたんじゃ……。
風で辺りの湯気はすっかり晴れていた。
慌てて湯船から飛び出したあたしたちは、それぞれタオル一枚を巻いただけの姿で立っている。
そして、周囲には女将さんたちとともにこちらを視線を向ける浴衣姿の男性陣――。
「だ~~~~~~っ! あんたら、早く出てけ~~~~~~~~!!」
心配して来てくれたんだろうに、ひどい言い方だと思わなくもなかったけど、この場合当然の反応だよね?
あたしが手近にあったオケを投げつけたせいで、見事にそれがクリーンヒットして、土柳の奴がぶっ倒れていたけど。
これももちろん、仕方がないことだよね? ね?




