-1-
のどかな風景が流れていく。
あたしは電車の窓から外の景色をぼんやりと眺めていた。
新幹線での移動のあと、このローカル線に乗り換えてはや三十分。
水萌は、あたしの肩に頭を乗せて眠っている。水萌の体重を感じて、ほのかに温かな気持ちになっているあたしではあったけど。
こうやって寝てしまっていては下手に動けない。あたしには窓の外を眺めているくらいしかできなかった。
水萌の腕には今も、あの蜘蛛型の腕時計が着けられている。そして反対側の腕には宝物と言っていた巾着袋の紐が巻かれている。
バッグにでも入れておけばいいのに、この子はなるべく肌身離さず持っていたいなんて言って、腕に直に巻きつけているのだ。
両腕にそんなのを巻きつけていたら、さすがに気になりそうなものだし、巾着袋の紐なんて血行にも悪そうだけど、水萌は当然ながら気にしていないみたいだった。
相変わらず鈍感だわ、この子。
辺りには、みんながカードゲームで盛り上がる声が響いていた。
フーミンと土柳兄妹の三人の他に、SPの人たちまでまざっている。
ふたつのグループに分かれ、カードゲームに興じる面々。
どうでもいいけど、SPの立場にある人たちが、こんなふうに遊んでいていいのだろうか。
「ま、あいつらにも気を休める時間は必要だからな」
あたしの疑問に、アマサギさんはそう答えていた。
席はふたり掛けのシートが向かい合わせになっていて、あたしの正面にアマサギさんが、その隣にシラサギさんが座っている。
「ところで、あたしたちの分の費用まで全部出してもらっちゃって、本当によかったんですか?」
「ああ、これでも国家機関だからな。問題はない」
「なんて言って無駄遣いしていつも怒られているのは誰ですか、まったく。……あっ、でも今回の件はちゃんと事前申請して許可されてますから、安心してくださいね?」
アマサギさんの言葉にツッコミを入れるシラサギさん。あたしたちへのフォローも忘れない。
微妙に頼りない感じのあるアマサギさんを、シラサギさんがしっかりとサポートしている、そんな印象を受けた。
結構いいコンビなのかもしれない。
ほのぼのとした風景に包まれて、あたしもいつしか、うつらうつらとしていた。
水萌のことをずっと考えていたせいで、昨晩、なかなか寝つけなかったからだろう。
記憶がガードされていた可能性がある、アマサギさんはそう語っていた。
そんなことが本当にあるのかはわからないけど、もしそうなのだとしたら、これから行く場所には水萌が悲しむようななにかがあってもおかしくないのではないか。
そんなことを考え始めて、あたしたちは本当にそこへ行っていいのだろうか、という不安に駆られてしまった。
それでも、行くしかない。
黒いスーツの集団が実際に存在してることを、あたしはこの目ではっきりと見ている。今のままでも、そのうち水萌は危険にさらされるだろう。
だったら、水萌を治せる可能性があるのであれば、それにすがるしかない。
そう結論づけたときには、すでに空は明るくなりかけている時間だったのだ。
「眠ってもよろしいですよ。到着したら起こしますから」
そのシラサギさんの言葉に甘えて、あたしは水萌とお互いに寄り添う感じで眠ることにした。
それにしても、
「よ~っし、ウチの勝ちなのだ~!」
「僕はまた負けたよ……」
「草砂兄は、全部顔に出てしまいますからだと思うのでございますよ」
みんな、元気だなぁ。
ほんとに観光気分だよ、こいつら……。
☆☆☆☆☆
ともかく、目的の田舎に着いたらしい。
無人駅を出ると、駅前だというのに周りにはほとんどなにも見当たらなかった。
ちらほらと民家らしき建物はあるのだけど……。
「今日はもう遅い。沢湖さんの住んでいた家は、ここからさらに奥地までかなり歩いた先にある。夜道は暗くて危険だし、今日は旅館に泊まって明日出発することにしよう」
アマサギさんの先導で道を歩く。
まだ夕方ではあるけど、都会ならばそろそろ街灯に明かりが点き始める時間だ。
でも、この辺りには街灯なんてまったく存在していなかった。
アマサギさんによれば、すでに旅館の手配はしてあるとのこと。もともと一泊してから出発するつもりだったのだろう。
部屋はふたつ取ってあり、女性と男性で分かれるという。
同行しているSPは、アマサギさんとシラサギさん以外に、男性のSPが三人いるだけだった。
あまり大勢では目立つからという理由で、少人数での行動になったようだ。
サングラスをかけたスーツの集団なのだから、この人数でも充分目立ちそうなものだけど。
ほとんど人通りのないこんな田舎道では、少人数だろうがなんだろうが、あまり関係なかったかもしれない。
寂れた景色が、一面に広がっている。
本当にこんなところに旅館があるのだろうかと心配になるほど、周りには田畑や林しか見えなかった。
もちろん田畑があるということは、農家が近くにあるということなのだろうけど。
辺りも暗さを増し、虫たちの輪唱が響くようになった頃、ようやく旅館らしき建物が見えてきた。
「あそこだ」
「言われるまでもなくわかるのだ。他に明かりの点いてる場所なんて、全然ないのだよ」
フーミンが悪態をつく。かなり疲れている様子だった。
小柄で体力もない上に、電車内ではしゃぎすぎたからだろう。
ともかく旅館に着いた。
旅館は、ボロかった。
だけどその分、広かった。
「いやいやいや、こったら田舎に、ようこそいらっしゃったのぉ~。駅からも遠かったろう~? 送迎でも出せればいいのじゃけんど、人手も足りんでのぉ~」
旅館に入ると、人のよさそうな女将さんが出迎えてくれた。
夏休みとはいえ、観光客が来ることもあまり多くない田舎の旅館。あたしたちの他に客はいないみたいだった。
「十人くらいまで泊まれる大部屋をふた部屋用意してありますんで、存分におくつろぎくださいまし~」
男性五人、女性五人なのに、それぞれが十人部屋を使えるなんて。
こんなにボロくて他に客がいないとはいえ、すごく贅沢なことなのかもしれない。
沈み気味だったあたしのテンションも少しずつ上がってきているのが、自分でもよくわかった。




