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 水萌の家の居間。

 いつもどおり、水萌がお茶を全員分用意してくれる。


 今ここにいるのは、あたしたちいつもの面々の他には、アマサギさんとシラサギさんのふたりだけだった。

 他のSPたちはおそらく外で待機しているのだろう。

 水萌も座布団に座ると、アマサギさんが話し始めた。


「先ほどの話し合いについてだが、詳細は伏せさせてもらうが、結果としては交渉決裂となった」


 どんな交渉があったのかも知らないあたしたちではあったけど、アマサギさんの表情を見れば、それがかなり悪い結果だというのは想像できた。


「奴らがいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思えないが、危険な状況なのは確かだろう」


 そう言うと、アマサギさんは傍らに置いてあったバッグからなにかを取り出した。

 それは……えっと、なんだろう。

 薄汚れた……ぬいぐるみ?


 アマサギさんは、そのぬいぐるみを水萌に手渡す。

 ちょっと、そんな汚いのを水萌の手に触れさせないでよ!

 と止める間もなく、水萌自らが手を伸ばし、ぬいぐるみを抱きかかえていた。


「これ……なんだろう、懐かしい~。え~っと、え~っと……」


 薄汚れた変なぬいぐるみ。水色の毛並みを携えた、猫なのか犬なのか判断がつかないような、微妙なものだったけど。

 水萌はそれを懐かしいと言った。

 目をつぶったままぬいぐるみを抱きしめ、その温もりを全身に感じて必死に思い出そうとしているようだ。


「変わったデザインなのだ」

「一応猫のように見受けられますですけれど、犬のようにもアザラシのようにも、はたまたトカゲのようにも見えますでございます」


 猫のようで犬っぽく、アザラシにも見えて、それでいてトカゲみたいなもの、それはな~に?

 って、そんなのわかるか!


「謎の生命体か!? 宇宙人か!? こ……怖い……!」


 なぜか怯えている土柳。相手はぬいぐるみなのに。

 それにしても、さっき少し見直したばかりだというのに、こうもあっさりと全然落ち着きのないところを見せるとは。

 永久にマイナスポイント評価からは逃れられないということか。


 と、水萌が目を開いて、普段となんら変わらない、ゆっくりながらも明るい声を響かせた。


「思い出したぁ~。みぃ~ちゃんだよぉ~。猫のぬいぐるみの~。私が小さい頃、大切にしてたのぉ~」


 ……やっぱり猫なんだ、あれで。


 とにかく、水萌は小さい頃と言っているけど、小学校三年生からいつも一緒で、この家にもよく遊びに来ていたあたしに見覚えがないのだから、それよりもさらに前ってことになる。


 水萌は昔、遠い田舎の村に住んでいた、というのを聞いたことがある。

 だけど、どういうわけか水萌にはその頃の記憶がほとんどない。

 小さかったとはいえ、どうやら小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢までは、その田舎の村に住んでいたみたいだというのに。


 水萌のことだから、当時から記憶もぼやけていたのだろう、くらいにしか考えていなかったのだけど。

 よくよく考えてみれば、ちょっとおかしいような気もする。


「……水萌さんが小さい頃に持っていたぬいぐるみを、どうして今、アマサギさんが持っているのでございますですか?」


 地花ちゃんが問う。

 確かにそうだ。どうしてそんな物を持っていたのか。

 そして、どうしてそんな物を今、水萌に渡したのか。


「これは、俺たちのボスに渡された物だ。沢湖さんの昔住んでいた家を捜索させてもらったことがあって、そのときに持ってきたらしい」

「その家は空き家となり長い年月が経っていました。現在では廃屋同然となっていますし、所有権も消失したままとなっています。そのため、内部を捜索させていただきました」


 シラサギさんが補足を加える。


「実は、沢湖さんには記憶にガードがかけられているか、もしくは記憶操作が行われたという可能性があるんだ。といっても、確かな証拠はないのだが。ただその場合でも、記憶を完全に操るなんてことはできるはずがない。きっかけがあれば思い出せるはずだと、ボスは考えている。だから、過去の記憶につながるような物を用意しておいたんだ」


 水萌の、過去の記憶……。

 確かに水萌はほとんど覚えていないと言っていた。それが本当なら、記憶にガードがかけられていたというのも、間違いではないのかもしれない。

 でも、そんなことってできるの?


「沢湖さんを爆弾化させてしまった薬同様、認可されてはいませんが、記憶を操る薬が研究されていたのは事実だったようです」


 再び補足するシラサギさん。


「沢湖さん。他になにか思い出したことはないかな?」


 アマサギさんが水萌に問いかける。

 ぼーっとした表情になっていた水萌だけど、遠い目をしてつぶやくように口を開いた。


「両親と一緒に~、広大な自然に囲まれた田舎の一軒家で暮らしていたのぉ~。明るい笑顔を向けてくれる両親に~、私も笑顔で応えるのぉ~。そうすると両親はもっと笑顔になってくれるのぉ~」

「少しずつだけど、思い出しつつあるようだな。これなら、大丈夫かもしれない」


 水萌のつぶやきを耳にして、アマサギさんはそう言った。


「大丈夫って、なにがですか?」


 あたしは慌てて尋ねる。

 なんだか、よくわからないうちに話が進んで、水萌が遠くへ行ってしまうような気がして、あたしは不安になっていたのだ。


「沢湖さんを昔住んでいた家に連れていこうと思うんだ。いきなりすべての記憶が戻るのは危険かもしれないと思っていたが、この様子なら大丈夫だろう。昔の家に行けば、もっとたくさんのことを思い出せるはずだ。そうすれば、もしかしたら爆弾化した体をもとに戻す方法も見つかるかもしれない」


 アマサギさんは淡々と答えると、あたしたちにこんな提案をしてきた。


「というわけで、どうだろう? 君たち全員で、観光旅行がてら、沢湖さんの昔住んでいた田舎に行くというのは。黒スーツの奴らから一時的にでも逃れられるという可能性もあるしね。当然、SPの仕事の一環としてということになるから、費用はこちらで持たせてもらうよ」

「おおっ、太っ腹! 決まりなのだっ!」


 まっ先に返事をしたのはフーミンだった。この子は、あたしたちや水萌本人に断りもなく……。

 ともあれ、あたしとしても興味はあったし、水萌の爆弾体質を治せるかもしれないというなら行くしかないとは思っていた。


 ちらっ。水萌を見る。

 すでにぼーっとした表情から、いつもの表情に戻っていた。(普段からぼーっとした子ではあるけど)


「熱希ちゃん、一緒に行こうよ~」


 にこぉ~っ。

 笑顔の水萌に、


「もちろんよ! それじゃあ、アマサギさん、よろしくお願いします!」


 当然のごとく、そう答えるあたしだった。


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