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期末テストのあと、夏休みまでは二週間ほどの時間があった。
そのあいだは基本的に通常の授業が行われ、それらの授業中に採点の終わった教科からテストが返される。
一週間も経つ頃にはすべての教科のテストが返されていた。
残りの一週間も普通に授業があるのだけど、あまりにテストの点数が悪かった人は放課後に補習を受ける。
そう、放課後の時間が使われるのだ。
なんとかギリギリ補習を免れたあたしは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
だって放課後に水萌と一緒にいられる時間がなくなるなんて、あたしは嫌だもん。
というわけで、夏休みまで一週間を切った今日も、放課後はみんなで一緒に下校しつつ他愛もないお喋りに興じていた。
「今日も暑いのだ~」
「そりゃ、夏だからな」
「アイスが美味しい季節なのでございますですよ」
なぜかいつも、中学から下校してくる地花ちゃんとも合流する。
土柳とケータイで連絡を取って時間を合わせているらしい。
「そうなのだね。それじゃあ、いつもどおりにアイスを買って公園にでも行くのだよ」
フーミンの提案に、珍しく水萌が異論を唱えた。
「あのねぇ~、今日はあたしの家に来ない~? アイスなら買い置きのが家にもあるの~。箱にたくさん入ってる安いのだけど~」
「それはいいけど、どうかしたの? あっ、なんか不安なことがあるとか? 黒スーツ? 水萌は不安を心に溜めちゃダメなんだから、すぐに話してくれなきゃ……」
あたしの矢継ぎ早の質問とお説教を、水萌はいつものほんわか笑顔で遮る。
「違うのぉ~。べつになにもないよ~。なんとなく、そんな気分だっただけぇ~」
「ふむ。まぁ、そういう気分のときもあるのだ」
「それでは、水萌さんのお宅にお邪魔するということにさせていただきましょうなのでございます」
「うん、わかった。それじゃ、水萌の家にGO!」
こうしてあたしたちは水萌の家へと向かった。
家に着くと。
「あっ、おかえりなさい」
「……やっぱりまたいるのね、あんたは」
出迎えてくれたのはアマサギさんだった。
テスト期間のあと、あたしは毎日のように水萌の家まで遊びに来ているけど、そのたびにこの人とも顔を合わせていた。
テーブルに着いたあたしたちに、冷たい麦茶を出し、
「今日も暑いからね、熱射病に注意しないと」
そう言って扇風機にスイッチを入れ、首振りの設定にしてくれるアマサギさん。
なんか、いつの間にかほとんど自分の家のように生活してない?
「うふふ。いいのよぉ~。あたしが、自分の家のように思ってくれていいって、アマサギさんに言ったんだからぁ~」
うんうん、確かに水萌ならそう言うでしょうね。
でも、だからといって本当に自分の家のように生活なんてできる?
……あたしなら、水萌の家だったら、できると言いきれるけど。
それは長年の親友だからであって、出会ってすぐの人がこんなふうに水萌の家の中にいるなんて。
さすがにおじさんやおばさんには事情を話していないから、アマサギさんが居座っているのは昼間だけで、夜は外から見張っているみたいだけど。
ま、それはともかく。
「そういえば、明日の学校は大掃除だけだよね。久しぶりに午前中で終わりだし、どこか遊びにでも行こうか?」
あたしの提案に、
「午前中で終わりじゃなくったって、結構いろいろと遊び回ってるけどな」
土柳が的確なツッコミを入れてくる。
「ちょっと遠出してもいいのだ。とはいっても、暑いからなかなか行動に移せないものなのだよ」
「そうでございますですね。やっぱり近場の駅前商店街が無難でございましょうか」
「う~ん、そうね~。あまり楽しい場所でもないけど、仕方ないかなぁ。水萌はどう思う?」
あたしが水萌に話題を振った、ちょうどそのときだった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突然けたたましい音が鳴り響く。
「な……なに!?」
慌てるあたしたちのもとに、アマサギさんが台所から駆けつけてきた。
「アラームだ! 蜘蛛型腕時計のアラームが鳴ってる!」
アマサギさんが叫ぶ。
あたしは慌てて水萌の腕をつかんだ。
……あれ?
「腕時計、してないよ?」
制服の半袖から延びる水萌の白い両手には、腕時計なんてどこにも見当たらなかった。
「あっ、こっちだよぉ~」
水萌がすっと右足を出した。
するっと靴下を下げると、そこにはあの水色の蜘蛛型腕時計が現れる。
その腕時計からは、耳が痛くなるほどの警告音が鳴り響いていた。
「学校で腕時計してたら没収されちゃうし~。でもなるべく肌身離さずって言われてたから~。だから、ここに~」
水萌は足を上げたままの姿勢で説明する。
腕時計を足首にって……。足の細い水萌ならでは、と言えなくもない。
とりあえずあたしは、そっと水萌のスカートを押さえ、足を下ろさせる。
座布団に座った状態で足を上げて足首の腕時計を見せていた水萌。当然ながら、パンツ丸見えだったのだ。
すぐにあたしが押さえたし、角度的にも土柳とかアマサギさんには見えていなかったと思うけど……。
おっと、そんなことを言っている場合ではなかった。
「これ、どうすればいいの!?」
「アラームが鳴っているということは、爆発が近いのかもしれない! みんな逃げるのが一番だが……」
アマサギさんが答える。
それでも、
「水萌を置いて逃げるなんて、できません!」
あたしはきっぱりと言い放った。もちろん、みんなも同じ気持ちだ。
だけど、爆発が近いなんて……。
「それなら、水萌ちゃんを笑わせればいいのではないかな? ここはウチが、くすぐりの刑で……」
そう言って両手をわきわきさせながら水萌に迫るフーミン。
「あのぉ~、ちょっと、それは~……」
「観念するのだ。おとなしく、くすぐられるのがよいのだよ!」
フーミンはじりじりと水萌に迫る。
くすぐって笑わせるって、それでいいのだろうか?
と、それよりも。
あたしはなんだか腑に落ちなかった。
水萌は悲しみとか不安とか、負の感情の蓄積によって爆発してしまうらしい。
今日の水萌は、確かにちょっと元気がなかったかもしれないけど、だからといって悲しみを感じていたということはなかったように思う。
とすると不安や不満をずっと抱えていたってこと?
とはいえ、遊びに行くのをやめて水萌の家に来るように提案したのは水萌自身だ。
それにさっきだって、不安なことなんてないと自ら言っていたじゃないか。
だったらどこに爆発する要因があるというのだろう?
あたしは水萌をじっと見つめる。
顔が赤い。息も少し荒くなっているように思える。
爆発が近くなると体温が上昇するとアマサギさんが言ってはいたけど……。
よく見ると水萌の体は、小刻みに震えていた。
フーミンのくすぐり攻撃が怖くて震えている……というわけではないよね。
やっぱり爆発するのは怖いんだ、この子でも。
一旦はそう考えたけど、あたしはそれを振り払った。
……いや、違う。これは――。
「水萌、あんた、風邪ひいて熱があるんじゃない?」
ピタッ。
フーミンの動きが止まる。
「あはは~。え~っとぉ、朝からなんか、だるくってぇ~。それで遊びに行くのは~、やめてもらったのぉ~。でも、風邪~、なのかなぁ~?」
あたしはフーミンを突き飛ばして、水萌の額に自分の額を当てる。
「やっぱり、熱があるわ! 風邪なのよ! 寒気もしてるんでしょ?」
「うん~」
突き飛ばされたフーミンが、「ひどいのだ~」と文句を言っていたような気がするけど、そんなのはガン無視で。
あたしはぐっと水萌のアゴをつかみ、口を開けさせる。
「ほら、扁桃腺が腫れてるじゃない。完璧に風邪よ! ダメじゃないの、ちゃんと言わなきゃ! 無理したら治るものも治らないわよ?」
「熱希ちゃん、顔怖い~……」
「うるさい!」
怒鳴りながらも、爆発が近いわけじゃないとわかったあたしは、ほっと胸を撫で下ろしていた。




