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その後、あたしたちは店員さんからの謝罪を受けて帰った。
看板が外れて倒れたということで、整備不良の疑いが強いと考えられたからだろう、必要以上に謝罪を繰り返し、総支配人なる人まで現れて頭を下げていた。
最近はいろいろと問題になりやすい風潮だから、デパート側もかなり敏感になっているようだ。
幸い水萌にもケガはなかったし、お詫びとしてお菓子類までいただけたし、とりあえずよかったと思っておこう。
もらった荷物もあるから、という理由で、あたしたちは電車に乗って帰ることにした。もっとも電車に揺られるのは、ほんの一駅だけだったのだけど。
夕方になっていたとはいえ、やっぱりまだ暑さが残っていた。電車から降りて駅から歩くあいだにも、汗がにじんでくる。
そんなわけで、あたしたちは、
「うちでなにか飲んでいかない~?」
という水萌のお言葉に甘えることにした。
☆☆☆☆☆
「あっ、おかえりなさい」
水萌の家に入ると、おじさんもおばさんもいないはずなのに、出迎えてくれる姿があった。
それは、アマサギさんだった。
「……って、なんでここにいるんだ、あんたはっ!」
思わず蹴りを入れそうになるあたし。
「いや、実際に入れてるしっ!」
心の中の解説にツッコミを入れるとは、お主、やるなっ!?
「そういう問題じゃない! ともかく、二発目の蹴りは思いとどまってくれ!」
「そうよぉ~、熱希ちゃん。落ち着いてぇ~」
のんびり口調でいつものように微笑んだままの水萌。
「あんたねぇ! おじさんもおばさんもいないんでしょ!? そんな家に勝手に上がり込まれて、なんで平然としていられるのよ!?」
凄まじい剣幕で怒鳴り散らすあたしの言葉に、水萌から返ってきた答えはこうだった。
「勝手にじゃないわよぉ~。今日はアマサギさん、別の仕事があるから私の護衛にはつけないって、朝に連絡をくれたのぉ~。それでねぇ~……」
水萌の口調だと長くなるからまとめると、こんな感じだった。
アマサギさんは、「今日は調べ物があるため護衛にはつけない。でも、いつもどおりSPは護衛につくから安心してくれ」と言ったらしい。
調べ物の内容については秘密だったけど、水萌はしつこく聞こうとした。根負けしたアマサギさんは、少しだけ話してしまった。
ちょっとしたレポートを仕上げなければならなくて、ファミリーレストランにでも行って作業しようかと考えていたことを。
それにしても、ファミレスでレポートなんて、大学生みたいね。SPのリーダーってのも、いろいろと大変なようだ。
ともかく、そんなの家でやればいいんじゃないのぉ~? と水萌が訊いたところ、今日は任務の都合上、この近くから離れられないという。
それで、水萌はアマサギさんに提案したのだ。
この家で作業していいですよぉ~、と。
ファミレスで作業したほうが涼しくていいかもしれないけど、作業にはノートパソコンを使っている。
勝手に電気を拝借するわけにもいかないし、バッテリーが切れるまで作業して残りは深夜に家でやるしかないんだよね、とアマサギさんは言ったらしい。
水萌は、そんな不規則な生活では体にも悪いし、電気も使ってOKだから、とアマサギさんを家に引き入れようとした。
さすがに遠慮していたけど、代わりに留守番してもらえればいいから~、と笑顔で説得したら折れてくれたのだという。
あ~、水萌に笑顔で言われたら、断りきれないよね、そりゃ。
とりあえず、状況は理解した。
理解はしたけど、納得はいかない。
なんだってこの子は、いくら自分を護ってくれるという存在とはいえ、よく知らない男性に家の留守を任せられるんだか。
「アマサギさん、水萌の部屋に入ったりなんて、してないでしょうねぇ~!?」
「あ……当たり前だっ!」
反論するアマサギさんの顔は、かなり怯えていた。あたしの形相が、それほど怖かったのだろう。
ともあれ、嘘をついている感じではなかったので、この件に関しては不問としておく。
「とにかく、みんな上がってぇ~。居間のソファで適当にくつろいでてね~。私はお茶を用意するわぁ~」
相変わらず、お客様に出すのはお茶なのね。冷たいジュースなんかがほしいところではあったけど。
☆☆☆☆☆
居間では、この家の唯一の冷房器具、扇風機が動いていた。
といっても、室内でカーテンも閉めているため、日差しは当たっていない。まだ初夏の、しかも夕方ともなると、暑さは和らいできている。
それでも、昼間は結構な高温だったに違いない。
きっと、ここでレポート作業をしていたというアマサギさんが、ずっと扇風機を使っていたのだろう。
全員に風が当たるように「首振り」モードに設定したあたしは、扇風機の本体がかなり熱くなっていたことから、そう推測した。
「レポートってのは、終わったんですか?」
あたしはアマサギさんに訊いてみた。
無言で水萌がお茶を淹れてくるのを待っているというのも気まずいから、とりあえず話しかけただけだったのだけど。
「ああ、おかげさまで、大体終わったよ」
ニコッ。
アマサギさんは爽やかな笑顔を返してくれた。
むむむ。
確かに最初に会ったときにも結構カッコいいとは思ったけど、その笑顔には、なんとなく水萌と同じように周りを温かくさせてくれるような魅力を感じた。
ふとそんなことを考えている自分に、自分自身が驚いた。
なにを考えてるのよ、あたしは!
だいたい、水萌の笑顔と比べたら格が違うわ、格が!
水萌の笑顔は最高なんだから!
そんな焦りをよそに、当の水萌本人はいつもどおりの明るい笑顔を振りまきながら、湯飲みを乗せたトレイを持って居間へと戻ってきた。
「そうそう、こんなことがあったんですよ」
お茶飲みタイムになったあたしたち。
アマサギさんもそれにまじっていたので、さっきの屋上遊園で遭遇した出来事を話してみた。
途中までは、頷きながら「そんなことがあったのか」とつぶやいたりしつつ話を聞いていたアマサギさんだったのだけど。
黒スーツの男性の話をし始めると明らかに表情が険しくなった。
話の腰を折らないようにという配慮なのか、あたしが話し終えるまで、相づちを打つ以外は口を挟まなかったものの、話が終わるやいなや、アマサギさんはこう言った。
「その黒スーツの男性だけど、俺たちSPの仲間じゃない可能性が高い」
――え?
あたしたちは呆然とした表情を向ける。
その空気を感じ取り、アマサギさんはもう一度口を開いた。
「その男性は、俺の手下であるSPの仲間ではなく、偽者だろう、ってことだ」
それって、どういうこと?
あたしには、よく意味がわからなかった。
だけど考えてみたら、以前公園で見たSPの人たちはみんなグレーのスーツを着ていたはずだ。
アマサギさんが紺色のスーツだったせいで、グレーだけだとは思わなかったのだけど、どうやらスーツの色は決まっているらしい。
アマサギさんは一応リーダー格だから、色が違っていたのだろう。
「で……でも、SPのかたですよね、って訊いたら、ああ、って答えてたわよ?」
「ふむ……。それはきっと、そう訊かれたから安心させるために肯定しただけだろう」
それにしても、やっぱりよくわからない。
偽者って、いったいなに? もともとSP自体が秘密の組織なんじゃないの?
口々に疑問を投げかけるあたしたちに、アマサギさんは重い口を開いた。
「……実を言うと、ある組織が沢湖さんを狙っているらしいんだ。どうやら奴らは、どこからか沢湖さんが強力な爆弾であることを知り、爆発させようとしているみたいなんだよ」
「えええ~~~~っ!?」
あたしたちは全員、驚きの叫び声を上げた。
もちろん、当の本人である水萌を除いてだけど。
「爆発させたら大惨事になるんでしょ!?」
「ああ、そうだ。だが、なんらかの意図があるのだろう。そこまでつかめてはいないのだが、ともかく危険だというのは間違いない。だからこそ、沢湖さんの警護を厳重にする必要があったんだよ。それまでは、だいたい二、三人くらいで警護していただけだったからね」
アマサギさんは淡々と語る。
語りながらも、今後の対応を考えているのだろう。その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「でも、それならどうして奴らは水萌ちゃんを助けてくれたのだ?」
フーミンが疑問をぶつける。
確かにそうだ。爆発させるなら、負の感情があればいい。
助けても恐怖は感じるだろうけど、実際に被害に遭ったほうが痛みなんかもあるだろうし、負の感情としての度合いは圧倒的に強いはず。
もっとも、当たりどころが悪くて意識不明になってそのまま……、なんてことになったら、負の感情自体なくなってしまうかもしれないけど……。
「おそらく、そういう可能性を考慮しての行動ではないだろう。たぶん、今はまだ爆発させるタイミングではなくて時期を見計らっている、そんな感じなんだと思う」
単なる推測でしかないが。
アマサギさんは、そうつけ加えた。
「今日もSPは沢湖さんを護っていたんだよな? そいつらが接触してきたとき、SPの人たちはどうして出てこなかったんだ?」
土柳がアマサギさんを睨みつけるような目をしながら訊く。
まだ疑いの念を消し去ってはいないのだろう。
「様子見をしていたんだと思う。奴らと直接接触しては、なにかと問題になりかねない。沢湖さんに危険がないのならば、出ていく必要はないだろうからね。奴らより先に沢湖さんの危険を察知できなかったのはSP側の落ち度ではあるが、たまたま奴らのほうが近くにいただけだろう」
アマサギさんの説明を聞いて、土柳も一応は納得したようだった。
それにしても、水萌を護るSPの他に、水萌を爆発させようとしている組織が存在するだなんて。
また話がややこしくなってきた。
ただでさえ信じきれていない話だというのに。
そろそろあたしの小さな脳みそでは限界を超えそうだ。
とはいえ、どんな困難が待ち受けていようとも、あたしのするべきことは決まっている。
「とにかく、君たちも気をつけておいたほうがいいだろう。俺たちSPのほうでも、今まで以上に警戒を怠らないようにするよ」
言われるまでもなく、気をつけるつもりだった。
今日は油断して少し離れてしまい、そのあいだに水萌が危険な目に遭ってしまった。それを、心から反省していたのだ。
もう二度と、水萌のそばを離れるなんてヘマはしない。
あたしは絶対に水萌を護ると決めているのだから。




