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「や~、涼しくていいねぇ~。極楽極楽」
「……熱希ちゃん、おばさんみたいなのだ」
失礼なことを言うフーミンに軽く蹴りをかましつつ、あたしは椅子に腰をかける。
あたしたちは今、いつもの面々で隣町のデパートまで来ていた。
ここまでの道のりは暑く苦しかったけど、デパートの中のパラダイスを求めて、あたしたちははるばるこの場所までやってきたのだ。
パラダイスとはもちろん、クーラーの効いた涼しい空間のことだ。
あたしたちの学校には期末テスト前にテスト休みというのがある。
おそらくは、教師側のテスト準備期間なのだろうけど。
それでも、しっかりテスト勉強するように、と念を押されて数日の休みに入るのだ。
当然ながら、そんな教師の思惑に流されるあたしたちではない。
休みは遊ぶためにある。この信念は貫き続ける所存だ。
「アイスも美味しいですので、本当に極楽と表現したいほどの心地よさなのでございますですよ」
地花ちゃんもあたしに同意してくれたようだ。
ちなみに地花ちゃんの通う中学校はあたしたちの高校と同じ系列の学校なので、同様に期末テスト前の休みになっていた。
完全に信じきっているとまでは言えないかもしれないけど、あたしたちは水萌が爆弾だという話を受け入れている。
そして受け入れた上で、今までどおりの友達関係を続けている。
そんなの当然だ。あたしにとって水萌は親友以上の大切な存在なのだから。
あたしだけじゃない。
フーミンも、土柳も、地花ちゃんも、まったく変わらず水萌に接してくれている。
もしかしたら大爆発するかもしれない。
確かに簡単に信じられる話ではないけど、アマサギさんは真剣に語っていた。
そんなの嘘でしょ、なんて軽く笑い飛ばせないのもまた事実だった。
それでも変わらず接してくれる仲間たち。今の水萌にとっては、かけがえのない存在と言えるだろう。
あのあと、アマサギさんは水萌に腕時計のような機械を渡した。
実際に時計の機能も併せ持ってはいるけど、メインとなっている役割はそちらではなかった。
水萌に爆発の危険が高まった場合、体温の上昇と血流量の増加が起こる。それを知らせるためのアラームになっているのだという。
あくまで体温の上昇と血流量の増加を感知するだけなので、風邪で熱が出た、といった状況でもアラームが鳴ってしまうという曖昧な物らしいけど。
それでも念のため身に着けているように言われている。
だけど、こんなのを着けるなんて、あたしなら絶対に嫌だった。
だって、マンガチックにデフォルメされてはいるものの、水色の大きな蜘蛛をかたどった飾りがついているのだから。
可愛くないし、正直かなりダサい……。
あたしは、そう思っているのだけど。
「うわぁ~、可愛い~! 素敵ですぅ~! こんな素晴らしい物をいただけるなんて~。ありがとうございますぅ~」
にっこぉ~。
その腕時計を渡されたとき、水萌は満面の笑みで、アマサギさんにお礼を述べていた。
う~ん、やっぱり美的感覚もかなり普通の人とずれてるわ、この子……。
そんなところも可愛いんだけどねっ。
「…………」
ニヤけた顔をさらすあたしには、フーミンがジト目を向けていた。
☆☆☆☆☆
「屋上に行きたいのだ!」
クーラーの涼しさに身を任せてダラダラとしながら、はや二時間くらいは経っただろうか。
ほどよく脳みそもとろけていたあたしたちの耳に響いたのは、フーミンのそんな声だった。
眠ってしまいそうになっていた身を起こしてみると、両手を腰に当ててあたしたちを見下ろすフーミンの姿があった。
他のみんなも、おそらくうとうとしていたのだろう、びっくりしたような表情をしながらフーミンを見つめている。
水萌なんて、少しよだれが垂れてるじゃん。もう、この子は仕方がないなぁ。
ハンカチを取り出して拭いてあげる。寝ぼけまなこをあたしに向けて、にっこり笑顔の水萌。
「ありがとぉ~」
はいはい。いつものことよ。
それはともかく。
「フーミン、ここの屋上って確か、お子様向けの遊具とかがある……」
「お子様言うな! デパートの屋上はロマンなのだよ!」
あたしの言葉に反論するフーミンの瞳は、キラキラと輝いていた。
確かにここでこのままぼーっとしているのも微妙ではあるけど。
屋上ねぇ……。
「フーミンってば、子供ねぇ」
「まったくでございますですわ」
「ふふふ、可愛くていいわよぉ~」
「子供って言うんじゃないのだ~!」
そんなこんなで、他に目的もないし、あたしたちは屋上へと向かうことにした。
ちょっと意外だったのは、土柳の反応だ。
「ん、僕もちょっと行きたいかな」
なんて、素直に言っていた。
そして屋上に着い途端、土柳はテレビゲームコーナーにかぶりついてしまった。
どうやらこういう場所では古いゲームが置いてあったりするらしく、場合によってはあたしたちが生まれる前のものまで平然と置かれていることもあるのだそうだ。
というか、土柳の奴がゲーム好きだったとは、全然知らなかった。
「お~、こんなのまであるとは!」
なんか、目が輝いてるなぁ。こんなに活き活きとした土柳は初めて見る気がする。
ま、こいつのことは放っておこう。
ゲームコーナーは、景観のためか全面ガラス張りになっているとはいえ、一応室内。空調だって効いている。
でも、フーミンの目的としている屋上というのは、室内部分ではないわけで。
視線を移すと、すでに自動ドアをくぐって外に出ているフーミンと地花ちゃんのはしゃいでいる姿が見えた。
……え? 地花ちゃん?
目を凝らしてよく見てみれば、丁寧口調ながらも小バカにしている感じだった地花ちゃんが、フーミンと同じくらいのテンションで屋上を駆け回っていた。
屋上全体を見渡してみると、なるほど、その気持ちもわからなくはなかった。
デパートの敷地は結構広い。その屋上なのだから、スペースはなかなかのもの。
その一帯を綺麗に木々や草花で飾ってあり、コインで動く遊具ばかりではなく、ちょっとした遊園地と言ってもよさそうな乗り物まで設置してあった。
敷地全体を上手く立体的に使ってレールを張り巡らせた、なにかのキャラクターをかたどった電車のような乗り物があり、小さめのメリーゴーランドや観覧車まであり、さらには柵で囲った範囲内をゴーカートに乗って走れるようにもなっていた。
これだけいろいろあると、それなりに楽しめるかもしれない。
今どきのデパートの屋上って、こんな感じになってるんだ。イメージ的にもっと地味なものを想像していた。
子供向けなのは確かだろうけど、雰囲気的にも悪くない。
ふと気づくと、すぐ横に水萌が立っていた。
「ふふふ。フーミンも地花ちゃんも、あんなにはしゃいでる~。可愛いわねぇ~」
「そうだね~。……せっかくだし、あたしたちも行こうか? 観覧車にでも乗ってみる? 小っちゃいけど」
「うん、そうしよう~」
あたしたちも自動ドアをくぐり、初夏の日差しが照りつける屋上へと足を踏み入れた。
☆☆☆☆☆
観覧車の前まで来てみた。
うん、やっぱり小さい。
とはいっても、水萌とふたりきりの空間に……。
これは、乗るしかない!
さすがにあまり人が多くない屋上遊園。観覧車も常時回っているわけではなく、客が来たら動かす形式のようだ。
店員さんにふたり分のチケットを渡し、あたしは振り向く。
あれ? 水萌?
水萌は、入り口から少し離れた場所でなにやら上のほうに視線を向けていた。
ああ、ここの看板か。
いろいろと注意事項も書いてあるみたいだし、水萌はそれをしっかり読んでいるのだろう。
この子ってば、変なところで律儀というか真面目というか……。
ま、そんなところも水萌らしくていい部分なんだけどっ。
「水萌~。早く来なよ~」
「あ……うん~」
水萌が走り出すよりも少し早く。
あたしは気づいてしまった。
水萌の頭上目がけて倒れてきている、巨大な看板に!
「…………っ!!」
叫んで危険を知らせようと思っているはずなのに、上手く声が出ない。
水萌の頭上にスローモーションのように倒れていく看板だけが、あたしの網膜にはっきりと映し出されていた。
ああ、水萌が……!
頭では、どうにかしないと、ってわかっているのに、いざとなるとまったく身動きなんてできなかった。
と、倒れていく看板とは別に、水萌とは違う影が視界に飛び込んでくる。
そしてその影は、水萌と重なった。
そう思った刹那、看板が地面に打ちつけられ大きな衝撃音を上げる。
そのすぐそばには、水萌が呆然とした表情で横たわっていた。
「水萌!!」
あたしは飛びつくように駆け寄った。
「大丈夫!? 水萌!!」
そこで気づく。水萌が黒いスーツに身を包んだ男性に抱きかかえられていることに。
そのスーツを着た男性もまた、地面に倒れ込んでいた。
つまり、この人が水萌を救ってくれたのだ。
「だ……大丈夫かい~?」
慌てた顔で店員さんも駆け寄ってくる。
「あっ、はい……、大丈夫みたいですぅ~」
水萌が、まだなにが起こったのかよくわかっていない様子で、とりあえずケガがないことだけを伝える。
「ふう、よかった……」
黒スーツの男性がつぶやいた。すでに水萌からは離れ、立ち上がっている。
この人にもケガはなさそうだ。
ふと周りに視線を巡らせると、同じような黒いスーツ姿の男が数人、こちらをうかがっているのが確認できた。
「どうしたのだ!?」
「大丈夫なのでございますですか!?」
「なんだよ、今の音は……って、看板が!?」
衝撃音が聞こえたからだろう、みんなも心配して駆けつけてきた。
「水萌を助けてくれて、ありがとうございました」
あたしは、目の前に立っている男性にお礼を述べる。
「いや、べつに……。それでは私はこれで……」
そう言って去ろうとする男性に、
「SPのかた……ですよね?」
あたしは小声で尋ねてみた。
男性は一瞬だけこちらを振り向き、ためらっているようではあったけど、
「……ああ」
とだけ答えて去っていった。




