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「俺たちは、国の機密組織、SPの一員だ」
水萌の家に着くと、その男は静かな声で語り始めた。
「SPっていうと、セキュリティポリスってやつ?」
あたしの問いに、
「似たようなものではあるが、ちょっと違うな。俺たちの組織は『スマイルプロジェクト』という極秘機関だ」
男はそう答える。
「極秘機関ですのに喋ってしまって、よいのでございますですか?」
「状況的に仕方ないと判断した。これでも俺は、今回派遣されたグループのリーダーだからな」
地花ちゃんも疑問を口にしたけど、男はそれにも素直に答えてくれた。
「俺はアマサギ。コードネームだが、組織の性質上、本名は言えないことを了承してほしい」
「はい、わかりましたわぁ~。あっ、お茶を淹れましたので、どうぞぉ~」
にこ~っと相変わらず笑顔を浮かべてアマサギと名乗った男に湯飲みを差し出す。
夕方とはいえまだ暑い気候、嫌がらせのつもりだろうか、と考えたのだけど、水萌がそんなことをするわけはなかった。
熱いお茶は、続いてあたしたちの目の前にも置かれた。
「これは、ありがとう」
そう言って、ずずずとお茶をすする。
さすがに今の話を鵜呑みにしていいものかは怪しいところだけど、アマサギさんは今、かなり落ち着いて話しているように見えた。
実はやっぱりストーカーだったとしたら、とんでもない演技力ということになる。
それならばどこの劇団でもやっていけるだろうし、きっとストーカーなんてやっていないで練習に励むだろう。
「それで、そのSPがどうして水萌ちゃんをこそこそと隠れて見ていたのだ?」
フーミンが核心に迫る質問をする。
相変わらず口調はふざけている上に、水萌が出してくれたお菓子をバリバリと音を立てて食べながらではあったけど、至って真剣な眼差しをアマサギさんに向けていた。
「実は……」
そこで一瞬言いよどむアマサギさん。
ここまで話しておいて、今さらためらうことなんてあるのだろうか、とも思ったのだけど。
その内容を聞けば、確かに言いよどみたくなる気持ちも理解できた。
「彼女……沢湖水萌は、原爆にも匹敵する威力の爆弾なんだ」
☆☆☆☆☆
カチッ、カチッ、カチッ。
時計の秒針の音が響くほどの静けさ。
文字どおりの『爆弾発言』をした当のアマサギさんでさえも、バツが悪そうな表情を浮かべていた。
「いや、まぁ、信じられないのも無理はないと思うが……」
アマサギさんは焦りをありありと浮かべながら弁明する。
「こいつ、やっぱり怪しいのだ! 警察に突き出したほうがよいのではないか?」
「わたくしも、それが正しい判断のように思いますのでございますです」
という正常な反応を示すフーミンと地花ちゃんに対し、
「そんなにいじめちゃ、だめだよぉ~」
と相変わらず笑顔のままの水萌。
こんなにも怪しい相手に対して、しっかりとお茶のおかわりを注いであげていた。
あたしとしては、周りはあまりあてにできないと考え、この人の言うことがホントか嘘か、自分でしっかりと見極めようと慎重に成り行きを見守っていた。
……おや? そういえばさっきから、土柳の奴が静かだな。
ふとそう思って視線を向けてみると、なにやら土柳は顔を少し赤らめている様子。
「土柳、どうしたの?」
「だって、女の子の家にお邪魔するのなんて初めてだから……。しかも、沢湖さんの家だしさ……」
……相変わらず、使えない奴だ。
それにしても、居間でこの反応ってことは、水萌の部屋に入ったらどうなってしまうのか。
いやまぁ、このあたしがいる限り、そんなことは一生させないけども。
それはともかく。
今はアマサギさんのほうに神経を集中しなきゃ。
どう考えても信じられない話ではある。
水萌が原爆にも匹敵するほどの爆弾?
ありえないありえないありえない!
あたしのわずかばかりしかない理性でさえも、他に考えようもなく、そういう結論に達する。
ともあれ、とりあえず聞くだけ聞いてやってもいいかもしれない。
警察に突き出すのは、それからでも遅くはないだろう。
「水萌が爆弾って、いったいどういうこと?」
あたしは話の先を促してみた。
フーミンたちは、一瞬驚いたような表情を見せていたけど、あたしの意図を察知してくれたのか、口を挟んだりはしなかった。
「どうって、そのままの意味だよ。実は、とある薬のせいで、彼女の体には非常に強力な爆発性の物質が蓄えられてしまっている――」
アマサギさんの話をまとめると、こういうことのようだった。
水萌がまだ小さかった頃、とある薬品を投与された。それは認可された薬ではなかった。
水萌は生まれつき体が弱く、そのままでは衰弱死してしまうという状態にまで悪化していた。
追い詰められていたのだ。
水萌が生き続けるためには薬を使うしかない。そう判断して、その薬は投与された。
その結果、水萌は無事、生き長らえることができた。
だけど、副作用があったのだ。とても重大で危険な副作用が。
投与された薬品は、血液に乗って全身を駆け巡る。
その過程で、血管から染み出した薬品の成分の一部が血管の外に蓄積していくことになる。
それは水萌の全身に及んでいた。
そしてその薬品の成分というのが、爆発性の物質だった。
ただし、衝撃などによって簡単に爆発してしまうわけではない。
泣いたり悲しんだり不安を感じたり、また怒りなども含めストレスになりうる負の感情を持つと、どんどんと爆発の危険が高まるのだという。
逆に、笑ったり楽しんだり、リラックスして心地よさを感じたり、といったストレスを軽減するような感情を持てば、爆発する危険性も軽減されていくらしい。
「つまり、彼女は……いや、彼女の笑顔は、いわば国家機密。国を挙げて護るべきものなのだ。その役目を担っているのが、俺たちSPなんだよ」
アマサギさんは淡々とそう言いきった。
「さすがに四六時中彼女を拘束するわけにはいかない。だから俺たちSPは基本的に遠くから見守ることしかできないが、君たちは違う。彼女が負の感情に囚われないように、これからも友達として今までどおり接してほしい。彼女が爆発したら、とんでもない被害が出てしまうんだ。彼女が笑顔でいられるように、いつも一緒にいてあげてくれ」
誰も、声を出せなかった。
アマサギさんの言ったことは、にわかには信じられなかった。
でも……。
水萌が笑顔でいられるように、ずっと一緒にいる。
それは、爆発の話がなかったとしても、あたしには当然の行動原理だった。
初めて水萌に話しかけられたあの日から、ずっとそうやって生きてきたのだから。
これからだって、変わるわけがない。
たとえ水萌が本当に原爆並みの爆弾だったとしても。
「わかったわ」
あたしの答えに、水萌以外は驚きの表情を浮かべていた。
話した張本人であるアマサギさんでさえも。
水萌だけは、自分が爆弾なのだと言われたにもかかわらず、いつもどおりの笑顔をこぼしている。
「うふふ。あ……ちょっと失礼して、お手洗いに~……」
そう言って立ち上がる水萌。
と――、
ふらぁ~。
バランスを崩して倒れかかる水萌を、あたしは慌てて抱きとめる。
「ちょっと、水萌! 大丈夫!?」
「うふふ、どうしたのかしらねぇ~? ちょっとめまいがぁ~……」
こんな感じだけど、水萌もやっぱり動揺しているんだ。
あたしはそんな水萌を強く抱きしめ、これからもずっとこの子を護り続けていくことを改めて心に誓うのだった。




