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「うぅぅ~……。ぐすっ」
少女が泣いていた。
あたしの大切な少女が。
「ほらほら、こっちだよ! ほんと、トロいな、おまえ~!」
「うぇ~ん、かえして、かえしてよぉ~……」
男子が少女の物と思われる、ピンク色の巾着袋を高々と掲げていた。
それに飛びつこうと必死にジャンプする少女。その動きは男子の言葉どおり、トロい。
男子が動かす手の動きにもまったくついていけない。
それでも必死にジャンプする少女の手が、どうにか巾着袋に届こうとする瞬間、
「ほい、パス!」
男子は手にしたそれを、他の男子に投げる。
だけど、少女は必死にジャンプしていたため、勢い余ってその男子に体当たりする形となった。
「うわっ、いて! こいつ、ほんとトロいな!」
「うぅぅぅ~……」
少女はそのまま膝から地面に倒れ込んだ。
どうにか身を起こした少女は、地面ですりむいたのか膝を抱えながら、男子たちに涙目を向ける。
「うぅ~、かえしてよぉ~、私のたからものぉ~……」
膝をすりむいてケガをしたかもしれないと、ちょっと心配そうな様子を見せていた男子だったけど、少女の言葉に反応してさらに大きく声を上げた。
「これが、宝物ぉ~? あははは! おい、その中になにが入ってるか、開けてみろよ!」
「OK!」
巾着袋を持っていた男子が、その紐に指をかける。
「や……やめてよぉ……! あけないでよぉ~~……」
必死に懇願する少女。
紐は固く結ばれていて、なかなか開かないようだった。
「やだやだやだ、あけちゃ、だめぇ……! うぇ~~~~ん、ぐすっ」
少女は立ち上がる気力もなくなったのか、近くにいたほうの男子にすがりつきながら泣いている。
「うわっ、くっつくなよ! 鼻水がつくだろ!」
その男子は身をよじるものの、少女を振りほどくことはできなかった。
初夏で少し暑い陽気だからか、その男子の顔はちょっと赤くなっていた。
もっともそれは、暑いからという理由だけじゃなかったとは思うけど。
ともかくそんな場面に、あたしは現れた。
一緒に帰ろうと約束していたにもかかわらず、教室にいなかった彼女を探していたのだ。
「おいこら、あんたたち! 水萌に、なにしてんのよぉ~~~!」
まさに鬼の形相といった感じであたしが怒鳴ると、
「うぁ! 鬼ババが来た! 逃げろ~~~~!」
男子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
残ったのは、まだ倒れたまま、ひっくひっくと嗚咽を漏らしている少女と、鬼の形相のままのあたしだけだった。
「水萌! 大丈夫?」
あたしは少女に駆け寄る。
「ひっくひっく、熱希ちゃん、顔、怖いよぉ~……ひっく」
ぐしゃぐしゃな泣き顔をさらしながらそんなことを言う水萌。
てか、あんた。そんな言い方をしたら、あたしが泣かしてるみたいじゃんか!
なんて考えていると、案の定というべきか、クラスメイトが通りかかってしまった。
「おおう!? 熱希ちゃんが水萌ちゃんを泣かしてる!? これは由々しき事態なのだっ!」
……なんでよりにもよって、この子が現れるんだか。
この子はフーミン。というと、文子とか史奈とかいった名前を連想するかもしれないけど。この子の名前はそのまんま、風民という。
涼城風民、クラスメイトの中でも随一のお喋りな女の子だった。
自ら「フーミンって呼んでほしいのだ♪」と言っていたのだけど、名前のほうを、しかも呼び捨てにしてということなのだから、考えてみると結構すごいことなのかもしれない。
それにしてもこの子の喋り方は、聞いていてちょっと疲れる。
「フーミン! 違うってば! それよりどうして、こんなとこに来るのよ!?」
「それはこっちのセリフなのだ。こんな人気のないところに水萌ちゃんを呼び出して、なにしてたのだ!?」
人気のない場所。うん、確かにそうだ。
ここは中庭。校庭に出るためにも、校門に向かうためにも、体育館に行くためにも通らない。
花壇があるから世話をしに美化委員が通りかかったりはするかもしれないけど、それ以外の人通りはほとんどない場所だったのだ。
花壇には背丈の高い花も植えられていて、職員室や人の多い教室に近い廊下からは死角となっている。
つまり、あの男子たちはそれを考慮してこの場所で水萌をいじめていたのだ。
なんて計画的で卑劣な奴らなのだろう。
とはいえ、男子が水萌をいじめるのも、わからなくはない。
だって水萌ってば、こんなに可愛いんだもん。
男子って好きな女の子をいじめて自分の存在をアピールするようなところがある。
そんなことをしても絶対に嫌われるだけだと思うし、ほんとバカだなって思うけど。
さっきの男子はきっと、水萌が気になって仕方がないのだろう。
だからといって、いじめていいなんてわけはない。
現に水萌は泣いている。それだけでも充分に罪なのだ。
と、そんなことを熱く考えている場合ではなかった。
「まぁ、水萌ちゃんと熱希ちゃんが仲たがいするなんて、考えられないとは思うのだけども……」
目の前ではフーミンが、そうつぶやきながらも状況を把握しようとしているのか、あたしと水萌へ交互に視線を向けていた。
あたしは水萌を見る。
水萌はまだ泣いていたけど、少しは落ち着いてきているみたいだ。
それでもまだ、ひっくひっくと鼻を鳴らしているのだから、自分で状況説明ができるはずもなく。
かといって、いじめられていたと正直に話してしまうのもどうかと思った。
べつに男子を庇うためじゃない。
告げ口したと、さらに水萌がいじめられるかもしれない、そういった可能性を考えたのだ。
このときのあたしは小学校三年生だったはずだけど、案外冷静に考えていたようだ。
「えっと、それは……」
どうしようかな、と思考を巡らせる。
そうだ。水萌、さっき膝をすりむいてたわ。
「あたしたちふたりで、花壇の花を見に来てたのよ。でもさ、水萌ってばトロいから、転んじゃって膝をすりむいたの。んで、泣いちゃって……。見たところ、そこまでひどいケガじゃなさそうなのにね」
「……ほんと、ケガしてるのだ。水萌ちゃん、大丈夫? 保険室行く?」
基本的に素直なフーミン、あたしの言葉にまったく疑いを持ったりはしなかった。
実際に目の前ですりむいた膝を抱えながら水萌が座り込んでいるのだから、疑いようもないのかもしれないけど。
フーミンはクラスメイトの中でも、結構仲のいい子ではあった。だからべつに本当のことを言ってもよかったのかもしれないのだけど。
水萌もあたしに視線を向けて、どうしてそんな嘘をつくのぉ~? なんて目で訴えているみたいだった。
あたしはほのかに笑みを浮かべて軽く頷き返す。
あたしに任せてよ。いつもどおりに、ね。
「こんなの、ツバつけとけば治るよ! 水萌ってば、ほんとに大げさなんだから。さてと、それじゃ、あたしたちは帰るから。カバンを取りに教室まで戻らないと。フーミン、じゃあねっ!」
まだ涙を両目に溜めたままの水萌を無理矢理抱え上げるように立たせると、彼女の腕を引っ張りながら、あたしはその場をあとにした。
「愛の逃避行なのだな!? さすが仲よしこよしさんは違うのだ!」
なにやらわけのわからない歓喜の声のようなものが背後から聞こえた気がしたけど、それはまぁ、無視ってことで。




