第6話 捨てない(フィン目線)
「私を、また捨てるのですか?」
そう言われ、服の裾を掴まれたフィンは固まっていた。
ミサを部屋まで連れてきたのは、泥酔しているミサを他の男に取られたくなかったからで、よこしまな気持ちは一切無かったからだ。
「一体、どうしたのですか?」
拳を握り声を震わせながら振り返る。
酔ったミサの白い肌は紅潮し、潤んだ瞳には色気が宿り、健全な男なら確実にそのまま勢いで抱いただろう。
「行かないで、私を捨てないで」
ミサはフィンの手を掴むと自身へ引き寄せた。重力に逆らえず、フィンはミサの方へと倒れ込んだ。
「私はそんなに魅力がありませんか? 他の女は抱けても、私は抱きたくないほどに……」
涙が滲む瞳は吸い込まれそうなほど美しい琥珀色で、フィンは雰囲気に飲まれそうになる。
――誓約と制約と成約――
脳裏にその言葉が浮かび、ミサの横に寝そべったままその頬をに手を当てて問う。
「僕のこと、覚えてる?」
それは酒場でミサに聞いた言葉。頼むから、どうか覚えていると言ってと願いながらミサの頬を撫でる。
「さっき出会ったばかりでしょう? でも、そんなことはどうでもいいの。私は……」
つややかな唇から紡がれる言葉と甘い吐息がフィンの理性を揺さぶる。
「覚えていると言って。そうすれば、僕らは――うぅ……」
フィンは言いかけた言葉を繋ぐことが出来なくなる。誓約と制約と成約、それに縛られているのだ。大切な言葉をミサにかけようとすれば、胸が刺すように痛む。
胸を押さえて苦しむフィンを見て、ミサは悲しい顔をした。
「あなたを悩ませるつもりは……」
「違う、断じて違う。ミサ、君はとても魅力的だ。でもたった一夜でこんな過ちを犯さないで。大切なものを壊したくないんだ……僕の想いも……」
「キスはおろか手を繋ぐこともしたくないほど、私は何の魅力もない女なのです」
「違う!」
錯乱するミサの両腕を取り、組み敷いた。激痛が胸を襲うが、ミサの思い違いは正さないといけない。これはフィンの役目だ。他の男には渡したくない。
「ミサはとても魅力的な女性だ。本当なら今すぐどうにかしたいくらいだよ。だけど今はダメだ。キミがもし素面でいる時に同じ気持ちになって、僕のことを思い出してくれたらその時は遠慮しない」
窓から射す月明かりに照らされたフィンの真剣な眼差しがミサを捉えて離さない。
ミサが息を飲む音が聞こえる。しばらく静寂が流れ、掴んだミサの手が恥ずかしそうに動いた。
「さっきの勢いは何処へ行ったんだい?」
フィンは意地悪に質問してミサを困らせる。自分を前にして、酔った勢いでほかの男を忘れようとしたことを許したくない。
「ご、ごめんなさい。私、フィンを困らせました」
視線を外し、恥ずかしそうに横を向くミサはとても可愛らしかった。
フィンはミサの頬にキスを落とすと拘束を解いた。ベッドから立ち上がり、水差しからグラスに水を汲むとミサをベッドに座らせて飲ませた。
「いいかい、キミは誤解しているけど、本当に素敵な女性だよ。だから遊んで壊したくない。大切に大切に閉じ込めておきたいくらいだ」
水を飲んだミサは、落ち着いたのか大人しくなっていた。フィンの言葉を聞いているのかいないのか、うつらうつらと船を漕ぎ始める。
するり、と手に持ったグラスが落ちかけた。フィンはとっさに受け止め、そのまま優しくミサの肩を抱いて体を横にする。
「いや、私を捨てないで……愛している、の」
寝言のような呟きを最後に、ミサはすうすうと寝息を立てはじめた。
「危な……かった」
フィンはその姿を見て安堵のため息をつき、手に持ったグラスを元あった位置に戻す。ミサに毛布をかけ、その安らかな寝顔にかかった髪を指で払い、小さく呟く。
「僕は、絶対に捨てない。だから僕を捨てないで、ミシャーナ……」
慈しむようにミサを見つめた瞬間、耐えた痛みを思い出したかのように体中の毛穴から汗が吹き出し、軽い眩暈に襲われる。
そのまま部屋を出ようとしたが力尽き、部屋の壁を背にズルズルとその場に座り込む。胸には激痛が押し寄せ、その美しい顔には深くしわが刻まれた。
「くぅ……」
小さく唸ったフィンの体が見る間に小さく縮んでいく。その姿は、ミシャーナが助けた子犬の姿だった。
※ ※ ※
フィンは妖精王の三男で風を属性とする妖精だ。
ミシャーナとの出会いは小さな湖畔だった。
伯爵の別荘があるその地には妖精の伝説があり、小さな祠が建てられたそれは美しい湖があった。
妖精はそこかしこに存在するが、人の目で見ることが難しい。しかし風の加護を持って生まれたミシャーナは、妖精を見ることができた。
フィンは風の加護を持つミシャーナに興味を持って近付いた。すると運悪く魔物に襲われそうになり、助けられた。先日同様に俊足で。
フィンはミシャーナとすぐに仲良くなり、毎日一緒に遊んだ。秘密の宝箱もミサという呼び名もフィンが贈ったものだ。
そうして過ごすうち、まだ幼いミシャーナは無邪気にこう言った。
「私、フィンみたいな綺麗な男の子を初めて見たわ。大人になったら結婚したい」
その可愛らしい笑顔に夢中になったフィンは、妖精王の許可を得ずにその言葉に応じてしまった。
「うん! 僕もミサのこと大好き! 大人になってお互い忘れなかったら結婚しよう?」
妖精が人間と交わした約束は誓約となり、そのまま制約となった。
条件は、大人になっても忘れないこと。
勝手に人間と取り交わした約束に怒った妖精王は、ミシャーナとフィンの記憶を封印した。この封印を解くほどお互いのことを愛しているなら、結婚を成約すると新たに制約を付けた。
十数年後、遊びに来た森で隙をつかれて魔獣に襲撃され、重傷を負ったせいで妖精の力を失い子犬の姿に変化した。痛む足を引きずり彷徨っていると、再び魔獣に襲われかけた。
それを救ったのがミシャーナだった。
その時フィンはミシャーナを思い出した。人間の姿に変化できる程度の力を取り戻し、彼女の前に姿を見せたが思い出してはもらえなかった。
しかし直接干渉すると制約により胸に激痛が走る。
今は子犬の姿でもいいからミシャーナを守りたい。その思いを胸に、眠るミシャーナをうつろげに見て、痛みに耐えた疲れからそっと目を閉じた。
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