第20話 近付く距離
うっかり更新を忘れました。
今日はこのあと23時にもう一話更新します。
ミシャーナとフィンは、他愛の無い会話を通じて『バリトーは信用できる人』だと確信していた。
そんな人が領内の話題になるとピリつくのがミシャーナには不思議だった。貴族であることを隠す理由を知りたいが、自らも元貴族であることを隠している以上、話に踏み込み核心に触れることができないでいた。
「お客様、お部屋の用意が整いました。お荷物などを運ばせていただいてよろしいでしょうか」
話が弾む暇もなく、セバスが現れて部屋まで荷物を運んでくれると言う。
「そんな、お世話になるのに荷物くらい自分で運べます」
ミシャーナが恐縮すると、その言葉を後押しするようにフィンが続けた。
「部屋に案内してください。昨夜ミサがトラブルで川に落ちてしまって着替えたいので……」
昨夜の事情を少し話していたこともあり、バリトーは思い出したように立ち上がった。
「おお、そうだった! その時に足を痛めたと聞いたんだったな。早く部屋に行きな! その間に、オレは朝食用にとっておきの果物でも採ってくるか」
バリトーはそう言うとセバスに目配せをし、いそいそと準備をはじめる。二人がセバスに付いて居間を後にすると同時に、玄関ホールのドアが閉まる音がした。
用意された部屋は客間として過ごすには広かった。
バルコニーのついた大きな窓、細かな彫刻が美しいドレッサー。トイレや浴室に続くドアに、二人で寝ても余るほどの大きなベッドがひとつ。
「お食事が出来ましたらお呼びします。入浴の準備もしてありますので、ご自由にお寛ぎください」
二人が部屋の中を見回している間に、セバスはお辞儀をして部屋を出て行った。
「ミサ、体を綺麗にしてきたら? 魔法は使ったけど万全じゃない。僕は水魔法を使えないから」
ミシャーナは気遣ってくれるフィンに礼を言い、バスルームで旅の汚れを落とした。伯爵家を出てまだ五日、こんなにも濃密な時間を過ごすなんて思ってもいなかった。そして……
――フィン。
名前を呼ぶだけで、心の中から暖かい感情が沸き上がって来る。今までこんな経験をしたことは無かった。
――私は、ずっと恋をしているつもりだったのだわ。フィンと居るとこんなにも満たされるもの。セドリックには感じたことの無い気持ち……
フィンの存在の大きさを実感し、ふと彼が妖精だったと思い出す。
最初はあの子犬がフィンだと聞かされて理解できなかったが、子犬にフィンの真名を名付けたのはきっと偶然ではない。ミシャーナは、妖精王のかけた制約を越えてフィンを憶えていたことが誇らしかった。
――私、フィンが好きだわ。心から……
フィンのことを考えながらバスルームを出ると、窓に向かってフィンが何かを考えていた。
「ミシャーナはどう思う?」
「なにを?」
唐突に質問をされてミシャーナは戸惑い、こちらを向いたフィンの真剣な顔にドキリとする。
「ベッドがひとつしかないんだ」
ミシャーナは思わず吹き出した。あんなに美しい顔で悩んでいた理由がくだらなくて、笑わずにはいられなかった。
「ふふ、私たちは夫婦だと思われているのよ。だからベッドがひとつなの」
ミシャーナは自分で言いながら気が付いた。ベッドがひとつ、ということは寝るときはフィンと一緒のベッドだ。一気に顔に血が上り、耳まで真っ赤に染まったミシャーナを見て、今度はフィンが笑った。
「ミサ、顔が真っ赤だよ。まだ僕たちは夫婦の誓いを立ててないから、君に手は出さない。妖精は何よりも誓約が大事なんだ。寝るときは僕が犬の姿になるよ」
おいでと手を広げるフィンの胸元に思い切って飛び込むと、やわらかな新緑の香りが鼻をくすぐる。フィンの香りは雨上がりの森のようで落ち着く。
フィンは軽々とミシャーナを抱き上げてそのままベッドに腰掛けた。
ミシャーナは膝の上で彼の顔を見上げ、ミルクティーのような髪に手を伸ばして優しく頭を撫でる。フィンは嬉しそうに目を細めた。
――なんだか、人なのに犬みたい。
「フィン、いつも気遣ってくれて嬉しい。この想いを伝えたくても、何もかもが初めての感情で……どうしたらいいか分からないわ」
フィンは愛を確かめるように撫でられた手を取ると、ミシャーナの手のひらに頬ずりをし、そのままキスを落とす。
「僕たちは成約した。ミサの気持ちは手に取るように感じられる。だから気にしないで」
フィンが手のひらから上げた顔がいつもの彼と違うように見え、ミシャーナの心臓は再び跳ねあがった。
フィンの指がミシャーナの唇をなぞり、顔が近付いた。
ゆっくりと目を閉じ――たところで扉が叩かれた。
コンコン!
「朝食の準備が整いましたので、身支度がお済みになりましたら先程の部屋までお越しください」
思わずミシャーナはフィンの顔を押しのけ、俊足で距離を取った。恥ずかしくて顔は湯気が出そうなほど熱い。
フィンはそんなミシャーナに近付いて、優しく後ろから抱きしめると耳にキスをして囁いた。
「ゆっくりでいいよ、ミサ。僕は遠慮しないけどね?」




