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第2話 謝罪と旅立ち

 翌日、思っていたよりも早いベルグレイヴ男爵から謝罪とともに慰謝料が持ち込まれ、その迅速さに男爵の誠実さが伺われた。


 男爵はミシャーナと両親に頭を下げ続け、既にセドリックを家から追い出し絶縁したことを説明した。

 平謝りを続ける男爵を見て、激怒していたミシャーナの両親は、かつての恩人でもあるベルグレイヴ男爵への溜飲を下げた。


「本当に、私の指導が足りないばかりにミシャーナ嬢には申し訳ないことをしました。今後の社交界で立場が揺るがないよう、私も後押しをさせていただきたく……」


「その必要はございません」


 男爵の言葉を遮るようにぴしゃりと放たれたミシャーナの声に、その場にいた全員が驚いた。迷いなく透き通った張りのある声に、決心が固まっていると感じたからだ。


「ですが、それでは私の気が――」


 恐縮する男爵に向かうと、ミシャーナはにっこりと笑った。ごく平凡な見た目でありながら、その笑みはどの家門の令嬢も敵わないほど美しかった。


「よろしいのです、ベルグレイヴ男爵。誠実な対応をありがとうございます。私は、伯爵令嬢の地位を捨て、この地を離れようと思います」


「は……」

「え……」

「な……」


 両親も聞かされていなかったミシャーナの決意を聞き、まるで時間(とき)が止まったかのように、その場にいた全員が固まった。

 ミシャーナはひとりひとりの顔を見回し、自分の考えを続ける。


「こんな屈辱に私は耐えられません。ですが、男爵は迅速に誠意を見せてくださいました。そこまでして頂いたのです。私も誠意を返したいと思いました」


「なに……を、何を言っているんだ、ミシャーナ」


 ミシャーナの父親は勢いでローテーブルに足をぶつけながら立ち上がり、かすれた声で問いかける。その表情には困惑が滲み出ていた。


「お父様、ごめんなさい。それでも私はセドリック様をお慕いしていたのです。それに、こんな醜聞を抱えた適齢期の令嬢など、誰も欲しいと思わないでしょう」


「そんな、ミシャーナ。そんなことないわ」


 ミシャーナの母親も立ち上がり、そのままミシャーナに駆け寄るとすがるようにその腕を掴んだ。

 掴まれた母の手をそっと握り返し、ミシャーナはゆっくり首を左右に振ると話を続けた。


「幸い、我がセリシエ家にはアリシアがいます。優秀なアリシアなら、きっとこの地を治める立派な領主になるでしょう。お母様、アリシアをよろしくお願いしますね」


「そんな、アリアはまだ十一歳ですよ」


 ミシャーナと年齢が八つ離れた妹のアリシアは、姉のひいき目で見ても賢い自慢の妹だ。アリシアが生まれていない頃からミシャーナは領地経営のノウハウを叩き込まれていたが、そんな姉のあとを追って勉学に励んだアリシアは、十一歳で既にミシャーナをサポート出来るほどの知識を得ていた。


「アリシアなら大丈夫です。優秀なあの子なら、きっと家門を守るだけでなく、素晴らしい領地に発展させてくれるでしょう。それに――」


 ミシャーナは、父親とベルグレイヴ男爵に向き直り、頭を下げた。


「セドリック様の御心を射止められず、両家の醜聞となりましたこと、本当に申し訳ございません。私はこのセリシエ領を出て、平民となり静かに生きたいと存じます。私自身が後継者を退くことで、勝手ながらベルグレイヴ家の誠意へのお応えといたします」


 美しい角度の、完璧なお辞儀だった。こんなお辞儀を見せられてはミシャーナの覚悟を認めざるを得ず、両親もベルグレイヴ男爵も、もう何も言えなかった。


※ ※ ※


「本当に、一人で大丈夫か」


「辛くなったら戻ってきて良いのよ」


 翌日、ミシャーナは前日から用意したトランクを片手に、伯爵家を旅立ちの挨拶をしていた。あまりの実行力に、両親はまだ後ろ髪を引かれている様子だった。

 しかし、聡明な妹のアリシアだけは違った。


「お姉さま……アリアはお姉さまが幸せになるようお祈りしています。お手紙沢山書きますね」


「アリア……」


 ミシャーナの気持ちに一番寄り添ってくれているのは、まだ幼いアリシアだけと思うと、この先たまらなく不安になる。しかし、何かあった時に必ずアリシアは両親を支えてくれるだろう。

 ミシャーナを慕い、小さな体に抱えた不安を見せまいとしている姿を見て、決意が揺らぎそうになり、たまらなくなって抱きしめる。


「アリア……愚かな姉を許して。あなたに負担をかけてしまうわ。本当にごめんなさい」


「お姉さま、心の傷を受けられたのはここにいる誰でもない、お姉さまです。アリアのことは気にしないでください。お姉さまに認めていただけるよう、勤めますから」


 涙を見せまいとしているのか、アリシアの腕には力がこもっていた。ミシャーナはそっとアリシアから離れると、小さな小箱をアリシアに渡した。


「この小箱には、魔法がかかっているの。この小箱に手紙を入れると、私の元にある小箱に手紙が届くようできているの。どんなことでもいいから、何かあれば連絡をしてちょうだいね?」


 アリシアは、差し出された木箱をおずおずと手にすると、蓋を開けた。外はただの古ぼけた木箱だが、中は繊細な彫刻が施されたとても美しい様相をしている。中には宝石のように光る美しい石がはめ込まれていた。


「こ、こんな高価なもの……」


「いいの。お姉さまもこれはまだアリアが生まれる前に、お友だちから貰ったものなのよ。どんなお友だちだったかもう忘れてしまったけど、この箱を使って秘密のやり取りをしていたことだけは憶えているの。とても楽しかったわ」


 アリシアは、ミシャーナが“秘密のやり取り”について話すと目を輝かせた。いつでも姉と連絡が取れ、しかも二人の秘密の連絡手段ともなれば、まだ幼いアリシアにとっては宝箱である。


「アリアは毎日お手紙を書きます! お姉さま、大好き」


 今にも泣きそうな震える声でアリシアは声を振り絞った。消え入りそうな大好きの言葉はミシャーナの涙腺を刺激した。慌ててスンっと鼻をすすると、わざと明るい声でこう言った。


「では、行ってきます」


「いつでも帰って来なさい。ここはミシャーナの家なのだから。部屋は残しておくから」


 ミシャーナは両親とハグをして、そのまま笑顔で手を振りながら目的地にしていた田舎町へと向かった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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