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第14話 バルコニー

 スポットライトがミシャーナとジョシュに降り注ぎ、賑わっていたパーティー会場が静まり返る。


「では、今回の財布泥棒をはじめ諸々の事件の犯人逮捕に貢献したお二人に、リーブ・アメフィール様より賞状の授与を行います」


 一斉に拍手が巻き起こり、二人は揃いのタキシードを着た使用人に促されるまま、一段高い場所に立ってふんぞり返るリーブの前に立たされた。


 ミシャーナはカーテシーをして恭しくリーブに頭を下げる。それを見ていたジョシュも、馬車の中でミシャーナに教わった通りに胸に手を当て、同じように礼をした。


 それなりに様になっている二人を見たリーブは、悔しそうに見えた。

 おそらくドレスもタキシードも手に入らず、パーティーに出られない二人が懇願することを楽しみにしていたに違いない。だが、ミシャーナとジョシュが想像以上に仕立ての良い服でやってきたものだから、怒りで歪んだ顔にも納得がいく。


 他国の賓客もいる中で騒ぎを起こすことは流石に出来ないのだろう。

 ミシャーナは、リーブが何か仕掛けてくるのではないかと思っていたが、まともに賞状の授与を行っているのを見て、内心ホッとしていた。


 ――貴族と言う地位を使って、何か難癖付けられると思っていたけれど、何事もなく無事に賞状を受け取れて良かったわ。


 隣に立つジョシュは、緊張のあまりカチコチに固まっていて、右手と右足が同時に出そうになっている。

 ミシャーナは自然にジョシュの背中に手を添えて緊張をほぐす。自分も小さな頃に、そうやってお父様に緊張をほぐしてもらったことがあった。

 ジョシュはミシャーナが添えた手のおかげで我に返り、無事に賞状授与の場から問題なく退場することが出来た。


 息付く暇もなく、二人の周りには人垣ができた。常に退屈している貴族たちは、犯人逮捕のいきさつを詳しく知りたがった。中にはミシャーナのドレスをどこで仕立てたのかなど、事件と関係ない事を聞く者もいた。


 適当に質問を流し、英雄になったようで嬉しそうなジョシュに「少し風に当たって来るわね」と耳打ちすると、ミシャーナはひとりでテラスに出た。

 テラスには誰もおらず、会場の熱気で火照った肌に心地のよい涼しい風が吹いていた。


「ふう、少し肌寒いけど気持ちがいいわ……」


 ひと息もつかないうちに背後に人の気配を感じ振り返ると、そこにはセドリックが立っていた。うかつだった。しかし助けを呼ぼうにも、退路は立ちはだかったセドリックにより絶たれていた。


「何の御用でしょうか、トゥランゼル男爵」


 先程のジョシュへの侮辱を思い出し、思わず冷たい言い方をしてしまう。しかし、セドリックの態度がどこかおかしい。いつになく真剣な目をしている。


「そんな……そんな言い方をしないでくれ、ミシャ」


 近付くセドリックを躱したくても、ミシャーナの後ろはバルコニーの手すりしかない。突っ切れば会場に戻れるが、俊足であることはセドリックには隠しておきたかった。


 ――人一倍見栄っ張りなあなたは、きっと私の能力に嫉妬するに違いないから、この能力は隠してきたのだけど……ヒールでどこまで走れるかしら。


 ミシャーナが身構えたその時だった。セドリックが思ったより早くミシャーナに詰め寄り、腕を掴んだ。


「いや、放してください」


 力強いセドリックの拘束からは抜け出せそうにない。どんなに嫌がってもセドリックは力を緩めてくれそうもなかった。それどころか、愛の告白を始める。


「俺はきみが父上に認められていることが悔しくて、気持ちが無いふりをして酷いことをしてしまった。本当はミシャのことを心から大切にしていたんだ。だからこそ触れることもできなかった。どうか許してくれないか」


 話がここで終わればミシャーナは振るだけで済んだのに、更にセドリックは続ける。


「俺と結婚してくれ。きみと離れて気が付いたんだ。俺は本当にきみを愛していたんだと……」


 その言葉を聞いて、ミシャーナはあまりの言い草に怒りを抑えられず肩を震わせた。


「今さら、何を言われても……」


 振り絞ったが上手く声が出ない。小さな呟きはセドリックには届かなかった。そのままミシャーナに無理やり抱き付くと、キスをしようと顔を近づける。


 ――嘘、嘘よ、こんな……


 ミシャーナは精一杯顔を背けてセドリックを避ける。そんな状況から救ったのは、意外な人物だった。


「お邪魔だったかな、トゥランゼル男爵と――平民」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて近付いてくるのは、リーブだった。


 ミシャーナの弱みを見つけるために、方々で情報収集をしているところで、バルコニーにミシャーナが出ていくのを見つけた。暫くしてから後を追うようにトゥランゼル男爵がバルコニーに走ったのを見逃さなかったのだ。

 うまく行けば二人分の弱みを握れると様子を伺い、絶妙に言い逃れ出来ないタイミングで登場したのだ。


 ミシャーナはほんの少しだけリーブに感謝をした。声に慌てたセドリックが手の力を抜き、それを見逃さなかったミシャーナは思いっきり手を振りほどくと、拘束から逃れた。

 そのままリーブの方へ駆け寄ると、大袈裟に助けを求めた。


「助けてください、この方に襲われそうに……」


「俺様にはそうは見えなかったが――知り合い……いや、恋人同士なのだろう?  卿も隅に置けないな」


 リーブは、セドリックとミシャーナの弱みを見つけたことに歓喜しているようだった。

 セドリックはそれなりに資産を保有しているベルグレイヴ家の出だ。弱みを握り、金の無心をする相手には丁度いい。

 ミサと言う平民は顔こそ十人並みだが、出るところは出ているいい身体をしている。ここで恩を売って傍に置くのも悪くないと考えていた。


「これはリーブ様、みっともない所をお見せしてしまいました。しかし、その女は私のものですので、お返し願えますか?」


 セドリックは恭しく頭を下げる。ミシャーナは嫌な気配を感じ取り、その場から逃げ出そうとした。しかし、ピンヒールがバルコニーに敷き詰められたレンガの隙間に突き刺さり、足が動かずその場に倒れそうになった。


 痛みに耐えようと目を閉じたが、なぜか痛みは感じなかった。代わりに体がふわりとやさしく浮いた。


 ミシャーナは恐る恐る閉じた目を開けた。

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