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第13話 邂逅

 パーティー会場の子爵家に到着すると、既に沢山の人で賑わっていた。


 元伯爵令嬢のミシャーナはパーティーに慣れているが、ジョシュはそうもいかないようでミシャーナの手を握り締めて震えている。


「お、オイラ……やっぱり来なきゃ良かったよ。こんな人たちと一緒の空間なんて……」


 手を握り締めるどころか、ミシャーナの半歩後ろをドレスの影に隠れて歩く始末だ。


「ジョシュ、胸を張って。堂々としていれば怖くないわ」


 ジョシュの背中を軽く押し、自分の隣に立たせる。言われた通り胸を張った姿は立派な紳士で、ミシャーナはその姿に目を細めた。


 しかし目立ちたくないのはミシャーナも同じで、ホールの一番目につかない位置に隠れるように移動した。


 パーティーの様子に慣れてきたのか、ジョシュがしきりに料理に目をやるので、ミシャーナはいくつか料理を皿に取り分けてきた。


「お、おいしそう……」


 ミシャーナは、今にも涎をたらしそうな勢いで目を輝かせるジョシュを近くの椅子に座らせ、料理を食べさせようとした。すると、急に冷静になったジョシュからまた拒否をされてしまう。


「お姉ちゃん、オイラ自分で食べられるから」


「ごめんなさい。ジョシュがとても興奮しているから落とすと危ないと思って……でも、もう大丈夫そうね」


 皿を渡すと、ジョシュは周りを気にしながらお上品にひとくち料理を食べる。食べた瞬間、目はキラキラと輝き、顔がとろけてしまうのではないかと思うほどふにゃっとした笑顔を浮かべた。


「お、おいしぃ~」


 料理にがっつくのかと思いきや、意外にもジョシュはそれはそれは丁寧に食事をしている。

 その様子を見て安心したミシャーナは、お代わりの皿を取りに再び食事の置かれたテーブルへと足を運んだ。


 並んだ皿の中から子どもが好みそうな料理を取り分け、続いて果物を皿に盛りつけようと動いた時だった。隣にいた女性の手がミシャーナの手にぶつかった。


「あっ」


 取り上げる予定だった果物が盛り皿に戻った。あからさまな悪意を感じたが、以前からこんなことは日常茶飯事だったこともあり、笑顔を浮かべてその女性に謝罪した。


「申し訳ございません。当たった手は大丈夫でしょうか」


「大丈夫なわけないでしょう、このグズな平民が」


 明らかに敵意の籠った声がミシャーナに投げかけられる。流石にこんなところで恨まれる筋合いはないと、ミシャーナは女性に向き直り硬直した。


 女性の連れている男――それは男爵家から追い出されたはずのセドリックではないか。顔が青ざめ、思わずつぶやく。


「なぜ……どうして、あなたが……」


 ミシャーナは手に持った皿を落とさなかっただけでも褒めて欲しいくらい動揺し、一歩後ずさった。


 セドリックは今まで見せたことが無いほど情熱的な視線で、上から下までミシャーナを舐めるように見た。

 体の大きさに見合わない豊満な胸、サイドでゆるく巻かれたブラウンの髪は白くなめらかな胸元にかかり、ちらりと見えるうなじには色気が漂っている。リップを盛った唇は赤く艶やかで、琥珀色の瞳が美しく輝く元婚約者ミシャーナを。


「なぜも何も。俺は招待されているんだよ、このパーティーに」


 連れの女性の肩を見せつけるように抱き、セドリックは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「セドリック、こんな平民に何の用があるの?」


 派手な見た目の女がわざと聞こえるように問うと、セドリックは女性の額にキスをして、「少し話をするからパーティーを楽しんでいてくれ」と囁いた。

 口元を扇で隠した女はミシャーナを睨むと、人の波に混じって行った。


「用があるなら直接仰ればよろしいのに、どうしてこんな回りくどいことをするのですか」


 ミシャーナは警戒した。セドリックは家を追い出されたはずで、貴族のパーティーに出られる身分ではない。自分と同じように。

 白々しく首を傾げ、オーバーに両手を上げたセドリックは質問に答える。


「聞いたよ、ミシャーナ。伯爵位を捨てたそうじゃないか。親に捨てられた可哀そうな俺のために……。だが、俺はオリヴィエと結婚して今も男爵位だ」


 近付いて来るセドリックと一定の距離を保ちながら、ミシャーナは後ずさる。


 ――なんて男! 嫌みを言うためにわざわざ私の前に姿を現したの?


 恋をしていたはずの男に、なぜか今は嫌悪と不信しか感じない。あんなに素敵だと思っていた顔も、フィンに比べれば“()()”に毛が生えた程度である。


 そう思い、ミシャーナはハッと我に返る。どうしてセドリックをフィンと比べたのだろうか。たった数回会っただけのフィンと。

 出会ってすぐ失態を見せた時と男に襲われた時に守ってくれた人。たった二度会っただけで、こんなにも心がざわついている。


 ――分からない……どうして今、フィンを思い出したのか。今、この場にいて欲しいと思うのか……


 ミシャーナの浮かべた苦悩の顔を見て、セドリックは、まだミシャーナの気持ちは自分にあると勘違いをした。


「俺が恋しいなら一緒に来れば良い暮らしをさせてやるよ、なあ? ()()()


 愛称を呼ばれ、ゾクリと背筋が凍る。あんなに呼ばれて嬉しかった二人だけの愛称が今はおぞましい。


 ここで相手を罵倒しては同じ位置に立ってしまう。しかも他領のパーティーで騒ぎを起こせば目立ってしまうばかりか、一緒に来たジョシュにも迷惑がかかる。

 考えあぐねていると、ドレスの裾が引っ張られた。


「お姉ちゃん、どうしたの? なかなか戻ってこないからさ」


 ジョシュがミシャーナとセドリックの会話に割って入った。

 先ほどまで支配していた緊張が一気に解けていく。ミシャーナは、自分の時間が動き出したことに安堵し、ジョシュの頭を撫でる。


「ジョシュ、料理のお代わりを持って行こうとしていたの。デザートは何がいいかしら?」


 何事も無かったかのように振舞うミシャーナを見て、苛立ったセドリックはジョシュに向かって悪態をついた。


「どこのガキか知らないが、大人の話に割って入るとは礼儀がなっていないな」


「今、何と言ったの?」


 あわや一触即発と言うところで、パーティー会場が一気に盛り上がった。


「それでは、本日の主役をお呼びしましょう! ミサさんとジョシュ君です」


 一斉にミシャーナとジョシュに沢山の視線が降り注いだ。

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