第12話 不穏の足音
ジョシュは、ミシャーナの家に着くなり風呂に入れられる。
「大丈夫、自分で出来るってば!」
多感な年ごろのジョシュは流石に裸を見られるのを嫌がり、仕方なくミシャーナはお気に入りのソープでたっぷり作った泡を桶に入れ、扉を少しだけ開けて手渡した。
「うわっ、何だこれいい匂い! 泡が全然崩れないんだけど!? おもしれー!」
ジョシュの楽しそうな声が聞こえる中、老婆心と思いながらもしっかり洗うよう声がけして、ふかふかのタオルを準備した。
暫くするとジョシュが風呂から出てきたので、髪を乾かしながら世間話をする。
「ジョシュはパーティーで何が楽しみ?」
「やっぱ料理かな! 見たことがない御馳走が出るんだろうな~♪」
ミシャーナに髪を乾かしてもらう間、鼻歌交じりにあれこれ想像しているジョシュは、数年前のアリシアを見ているようで懐かしくなる。
「はい、乾いたわ。すっごくイケメン!」
鏡を渡してジョシュに見せると、いつもバサバサと毛束が出来てしまうモップのようだったオレンジ色の髪が、頭を振るとサラサラと風になびき、光を反射してまるでどこかの王子様のようだ。
自分の姿に驚いたジョシュは感嘆の声を上げた。
「なんで? お姉ちゃん魔法でも使ったの?」
目を丸くしたジョシュが可愛らしくて、ミシャーナは思わず笑ってしまう。
「今日使ったのは、とっておきの石鹸だったのよ。特別よ?」
それを聞いて、ジョシュは青ざめる。
「えっ! そんな貴重な石鹸をオイラ使っちゃったの? 嘘だろ」
先程までの興奮はどこかに行ってしまい、お金の心配ばかりするジョシュの頬を両手で包み込むと、今度はとても良い香りのするクリームを塗り込む。
「ミサお姉ちゃん、ホントにもうオイラはいいから!」
いい香りに包まれてた自分が恥ずかしくなったのか、ジョシュは耳まで真っ赤になっている。確かに年が離れているとはいえ、女性が肌を触るのはあまり良くない事だったかもしれないとミシャーナは考え直した。
「ごめんなさい。つい、妹と重なってしまって」
ミシャーナの言葉に、ジョシュは不思議そうな顔をして「妹がいるの?」と尋ねた。「そうよ」と言いながら、ミシャーナは時計をちらりと見て時間を確認する。
今からその妹に会いに行く。セリシエ領からアメンに続く道の途中まで、アリシアが直接衣装を届けてくれることになっている。
連絡には秘密の宝箱を使った。毎日頻繁に連絡してはいるものの、昨夜は流石に返事を送れず、心配したアリシアから二通目の手紙が届いていた。
アリシアが心配しないように顛末を伝えると、賊をすぐに捕まえた勇敢なお姉さまという称賛とともに、危ない事はやめてくださいと注意をされてしまった。
急なパーティーの申し出と買い占めについてはミシャーナ以上に憤慨していたが、その分用意も迅速に行ってくれ、すぐにドレスと子ども用のタキシードを受け取れるよう手配してくれた。
アリシアは、本当に十一歳かと思うほど有能だ。
「ジョシュ。私、これからドレスとタキシードを取りに行ってくるから、少し待っていてくれる?」
「いいけど……本当にあてはあるの?」
心配そうなジョシュにウインクをして「有能な妹に、ね」と、とびっきりの笑顔を浮かべたミシャーナに、ジョシュは再び頬を染め「あれ本当に無自覚なの」とボヤいた。
「ちょっと行ってくるわね。すぐに戻るから、それまでシルフと遊んでいて?」
名前を呼ばれて立ち上がった子犬に向かい「お留守番していてね」と頭を撫でると、ミシャーナは家の扉が閉まるやいなや、三日前に通ったばかりの森に向かって走った。
本気で走るミシャーナは、疾風どころの話ではなかった。音が聞こえるよりも早く、風に乗ってセリシエ領へと向かう。文字通りあっと言う間に領境までやってきたミシャーナは、そのまま“勝手知ったる元・我が領”の、人に見つからない通りを選んで待ち合わせ場所まで駆けた。
待ち合わせ場所には既にアリシアが待っていた。たった三日顔を合わせなかっただけというのに、どうしてかとても長く離れていたように懐かしい。
顔を見るとアリシアは走り寄り、大好きな姉に抱き付いた。
「お姉さま!」
「アリア!」
時間は惜しいが、妹とは離れがたい。ほんの一瞬がとてつもなく長い時間に感じる。アリシアは三日ぶりの姉から離れたくないようで、胸に顔をうずめたまま姉の無事を喜んだ。
「あの森には魔獣も出ると聞いていましたが、ご無事で何よりです」
「ありがとう。それより無理を言ってごめんなさい。こんなに早くアリアと会えると思わなかったわ」
「いつでも頼ってください。私はずっとお姉さまの味方です」
「頼もしいわ」
アリシアの頭を撫で、名残惜しいが姉妹の再会を数分で終え、ミシャーナはまたアメンに続く森に向かって走った。
小さくなる姉の姿を見ながら、アリシアは再び姉に再会できるようにと祈った。
※ ※ ※
「ただいま! ジョシュ、シルフ」
出て行ってから、ものの半時間もかからずミシャーナが荷物を抱えて戻ってきたことに、ジョシュは驚いた。
「おかえりミサ姉! その荷物……本当に衣装を借りれたの?」
あまりにも早く帰って来たことに半信半疑の様子だ。急いで荷物を受け取ると、トランクを開ける。
「すげえ! オイラこんなきれいなドレス、見たことないや!」
ミシャーナに良く似合う落ち着いた桃色のドレスを見て、ジョシュは分かりやすく高揚した。そして自分用のタキシードの柔らかな手触りにも感動し、さっそく袖を通している。
ミシャーナも簡単に湯あみを済ませると、急いで支度にとりかかった。
自分で支度することに慣れているミシャーナは、驚くほど早くドレスに身を包み、ジョシュの前に姿を現した。
「わぁ……」
褒める言葉も出ないジョシュを横目に、ミシャーナは時間を惜しんだ。
「素敵な紳士さん、そろそろ行きましょうか」
そう言うと、ジョシュの手を引いて家の外に出る。いつ手配したのか、家の前には馬車が停まっていて、二人は急いで乗り込んだ。
陽は傾きかけ、間もなく取ってつけた「感謝のパーティー」と言う名の夜会が開かれる。
領主の屋敷には、沢山の馬車が停まっていた。その中にはミシャーナの良く見知った顔が紛れ込んでいた。




