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第11話 招待状

 ミシャーナが目を覚ましたのは、既に昼を過ぎた時間だった。

 机の上には『また会おう』と書かれたフィンのサイン入りの紙が置いてあり、いつの間に帰って来たのか、ベッド横の箱の中ではシルフが寝息を立てていた。


 本当に目まぐるしい一日だったと大きなのびをして、ミシャーナは窓の外を見る。

 すると、誰かが家の方に歩いて来るのが見えた。


「あれは……」


 来訪者は、朝にも一度合流し、一緒に証言してくれた靴磨きの少年、ジョシュだった。ミシャーナが家の外に出て少年を迎えると、手を振って走って来る。


「お姉ちゃーん! ミサお姉ちゃーん!」


 満面の笑みで走り寄った少年は、弾む息を整えてミシャーナに小さな花束を渡した。


「ジョシュ、どうしたの?」


 サプライズに驚くミシャーナに、ジョシュは照れ臭そうに視線を外して答える。


「えへへ、あのおじさんは余罪が凄かったらしくて、オイラとお姉ちゃんは表彰されたんだ。だから、これ!」


 ジョシュは花束のほかに、丸められてリボンのかけられた紙をミシャーナに渡す。


「賞状だって! オイラ、字があまり読めないからよくわからなかったけど……褒められたんだよね? 花束はお礼。オイラが草原で詰んで来たからちょっと不格好だけど……」


「私のために花束を作ってくれたの?」


 ミシャーナは嬉しくなってジョシュを抱きしめる。いきなり抱きしめられたジョシュは驚き、ふわりと香るミシャーナの臭いに包まれ耳まで真っ赤にした。


「お姉ちゃん……誰にでも()()なの?」


「誰にでもってわけじゃないわ。あなたが素敵な事をしてくれるから、とても嬉しくて」


 ミシャーナはもう一度ジョシュをぎゅっと抱き寄せ、「ありがとう」と耳元で囁くと解放し、渡された紙を開いた。

 リボンをほどくミシャーナを見ながら、ジョシュは「ミサお姉ちゃんのことを好きな人は大変だね」と、小さく呟いた。


 その声にミシャーナは小さく「なあに?」と聞き返し、返答がないので聞き間違えたと思ったのか、そのまま視線を開いた紙に落とす。


「まあ、大変!」


 渡された紙に書かれていた内容を見て驚いたミシャーナは、ジョシュの視線と同じになるよう身を屈め、手紙の内容について確認した。


「この紙の内容って、あなたも同じものを貰ったの?」


「そうだと思うけど? オイラは読めないからよくわからないや」


「そう……。ここにはこう書いてあるわ。犯人逮捕の功績を認め、濡れ衣を着せた謝罪に今夜パーティーに招待するって。私と、ジョシュを」


「えっ!? 読んでくれた大人は、そんなこと言ってなかったよ!」


 ジョシュは驚いて飛び上がり、途端に不安な表情を浮かべる。


「パーティーなんて、オイラそんな場所……綺麗な服も無いし、笑われちゃう」


 ジョシュが孤児院で暮らしていると話していたのを思い出し、ミシャーナはこのパーティーへの招待は間違いなく嫌がらせだろうと思った。


 こんな時のミシャーナの勘は恐ろしいほどよく当たる。

 貴族の中には蝶よ花よと崇める人が居る一方、自分を良く思わない人間もいて、そういった悪意をミシャーナは人が思うより遥かに多く受けてきた。


 ――何よりも、問題なのは時間だわ。明らかに準備出来ないほど短いじゃない。今日の夜なんてあり得ないわ!


 昨日の様子から、リーブという貴族は相当面倒な人物だということが見て取れる。警らの話では子爵位で、町の発展と交流のためと言う名目で、ほぼ毎週パーティーに明け暮れているそうだ。

 謝罪と書いてはあるが、おそらくリーブが開く予定だったパーティーに合わせた形だろう。しかも大切な部分は、庶民では読むことのできない公的文書に用いられる()()()で書かれている。

 庶民をバカにした態度に腹が立った。


「ジョシュ、服を買うわよ!」


「えええ!? お姉ちゃん、行くつもりなの?」


 怒りで思わずくしゃりと握りしめた紙を慌てて広げながら、ミシャーナは大きく頷いた。


「これは宣戦布告だわ。私たちをバカにしているのよ、こちらも応えなければ」


 アメンが良い町なのにどうしてあまり発展していかないのか、何となくミシャーナは理解した。()()()()外交すら出来ない無能が領地運営に携わっているのだから、現状維持しているだけでもマシな方である。


 ――きっと町の人の活気を見ても、リーブに散財されても現状維持出来ている分だけ領地経営をしている子爵の方は有能なのよね。息子に甘すぎるのか、無関心と言ったところかしら。


 ジョシュに貰った花束と、握りしめてくしゃくしゃになった紙を家に置きに戻ると、ミシャーナはその足で町へと繰り出した。

 パーティーの時間に間に合わせなければ、余計にバカにされてしまう。急がなければと気持ちだけが前のめりになり、握ったジョシュの手に力が入る。


「お姉ちゃん、ちょっと痛いよ! それに速すぎない?」


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて手を放し、ジョシュの歩幅に合わせて歩く。町の中でも上等な仕立て屋の前に立つと、服を買うお金がないと拒むジョシュを無理やり連れ込んだ。

 既に一番高い位置に太陽がある時間は過ぎている。一刻も早く服を選ばなければという気持ちだけだった。


「申し訳ありません。ご婦人用のドレスも、お子様用のタキシードも、ご用意がありません」


 店に入るなりミシャーナは愕然とした。既製服が一着も無い。店主の話では、パーティー用に()()()()()()が朝のうちに買い占めたとのことだった。


 ――やられた! 嫌がらせをするにも程があるわ!


 不安そうにミシャーナを見上げるジョシュに、心配しないでと告げると、ミシャーナは強硬手段に出ることにした。


 ――家を出た早々、実家を頼ることになるなんて情けないけど、アリアに頼んでみるしかないわね。流石に隣の領まで手出しはしないでしょうし。


「お姉ちゃん、これじゃあパーティーには行けないよ。やっぱりオイラ達には過ぎた話だったんだって」


 今まで諦めることが多かったのだろう。ジョシュが大人びた口調でミシャーナに諦めるよう説得を試みる。しかし、一度燃え出したミシャーナの反撃の炎は簡単に消えなかった。


「大丈夫よ、ジョシュ。私の家に来てくれる? まずは身なりを整えましょう」


 ジョシュはミシャーナの勢いに押され、渋々首を縦に振るのだった。

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