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狐の嫁入り  作者: 若狭巴
9/21

獣の躾

「お前、何様のつもり?」


私は侍女に向かってきつい口調で問いかえる。


さっき口調を変えたからか、侍女は肩をビクつかせ怯えた表情をした。


「呼び方が違うでしょう。‘花嫁様’じゃなくて‘奥様’でしょう。あ、でも、まだ旦那様は当主じゃないから現当主の奥様のせいでそう呼べないか。私の方が若いから、仕方ないわね。私のことは‘若奥様’と呼びなさい。今度、私の呼び方を間違えたら、お前の舌を抜くわよ」


「……!」


侍女は体を震わすだけで何も言わない。


「みんなにもちゃんと伝えるのよ。一人でも間違えたら、ここにいる全員の舌を抜いてやるから。それと、もう一つ。お前たち、次私を見下したら容赦しないわよ。今回は仕方ないから一発で許してあげるわ。そこに並びなさい」


冗談と思っているのか、別の侍女が「‘花嫁様’いい加減にしてください。これ以上、雅家の民様をお待たせするのはおやめください」と警告したことをすべて無視した。


「そう。わかったわ」


(ここまで言ってもわからない馬鹿とはね。救いようがないわ)


「おわかりいただけて何よりです」


侍女は勝ち誇った笑みを浮かべる。


怖がっていた侍女を蔑むような視線を送り、私の肩を押した。


私は振り返り、侍女の腕を掴み、巫女の力である神力を発動させた。


「きゃあああーっ!」


侍女は痛みで悲鳴を上げるが、私は彼女の腕を離さなかった。


花梨や侍女たちが「おやめくださ」と叫んだが、すべて無視した。


さっきまで私のことを無視していたくせに、自分たちの時だけは無視されないと思うほうがおかしいだろう。


私はさっき言ったように、「花嫁様」と呼んだ侍女の舌を神力で燃やした。


抜くと言ったが、神力を使っていたので、抜くのをやめて燃やすことにした。


侍女の口からは呻き声が聞こえるだけで、さっきまで発していた鈴のように美しかった声とはまるで違った。


本当に舌を失うことになるとは思っていなかったのか、侍女の顔はさっきとは打って変わり恐怖に満ちていた。


今の様子を見ていた花梨と侍女たちは、口を開くことができなくなり、ただこの時間が早く過ぎ去ることを望んだ。


「お前たち、覚悟はいいね?」


私はそう言うと、彼女たちが何かを言う前に一発ずつ殴った。


昔、ある人が言った。




人は言葉を理解できる。


拳で争うのではなく、言葉で互いを理解するべきだ。


それが、人間に許された特権なのだから、といった。




では、相手が人間の姿をした獣ならどうするべきなのでしょうか?


いくら言葉で話しかけても、獣には人間の言葉を理解することなどできません。


何故なら獣だからです。


獣は本能のままに生きる生物です。


そんな相手に会話などするだけ無駄なのです。


では、獣と対峙したときどうするべきなのでしょうか?


答えは簡単です。


力で従えればいいだけです。


獣は本能のまま、自分の欲に忠実に生きる生き物です。


自分より強い相手に逆らえばどうなるか、身にしれば大人しくなります。


今の私がそうしているように。




花梨や侍女たちは私に殴られた顔が腫れあがり、綺麗だった顔が一気に醜くなった。


さっきまで立って見下すようにしていた表情も口調もやめ、土下座をして私に許しを乞うている。


私は優雅にお茶を飲みながら、最初にした質問をもう一度した。


「それで、私の荷物はどこ?」


花梨たちはその質問に答えなかった。


顔を見なくても、焦っているのが伝わってくる。


(捨てたのね)


人の荷物を勝手に捨てたことよりも、これが獣のおもてなしなのね、と呆れを通り越して感動した。


「持ってくるまで、私はここから出るつもりはないわ。みんなが待っているのよね。早くしないと怒られるわよ。これは、お前たちの職務怠慢だから怒られても庇うつもりはないわ。それが嫌なら、早く持ってきてくれる?その間、私は風呂に入っているから。あ、次からは風呂の用意もちゃんとしてね。次はないから」


私は言いたいことを言うと、部屋に用意されていた風呂に入ろうと浴室を開けるが、あまりの汚さに言葉を失った。


(まじで、ふざけんなよ)


イライラして腹が立って仕方がない。


これだけでも我慢の限界なのに、よりにもよって今当主の顔が思い浮かび、にやついて馬鹿に気がして殺意が湧いてきた。





その頃、ある部屋で雅家が勢揃いして花嫁がくるのを待っていた。


「あの子、今頃泣いてるんじゃないかしら」


雅家の次女、梨々花が一番最初に口を開いた。


梨々花の言葉をきっかけに皆、花嫁について言いたい放題言い始めた。


「確かにな。歴代花嫁様たちも泣いたそうだしな。風呂はカビだらけで人がはいれるところじゃない。持ってきた荷物も全部捨てて、今頃燃やされてるだろうし、それだけじゃなくて、配置された侍女たちはかなり性格がキツイ者たち。今頃、あいつらに泣かされてるかもな」


次男の彪夏ひゅうがは、花嫁が泣いている姿を想像しただけでおかしくて笑いが止まらなかった。


「かもじゃなくて、泣いているでしょう。姉さんが選んだ侍女が相手なんですから。嫌だと言っても無理矢理連れてこられるでしょう。花嫁姿で」


三男の安曇あずみは淡々と興味なさげに話す。


「あら、それは誉め言葉だと受け取っていいのかしら?」


三女の雪乃ゆきのはおっとした口調で首を傾げながら言う。


初めて彼女を見たひとは「きっとなんて穏やかで優しそうな人なのだ」と思うだろう。


だが、ここにいる家族は皆知っていた。


彼女の裏の顔がどれほど恐ろしいのかを。


「ええ。どうぞ、そう受け取ってください」


「さっきから、黙っているけどよ。桔梗。お前はどう思うんだ?」


彪夏はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべ、蔑むような目つきで桔梗をみた。


それに桔梗は何も答えなかった。


ただ、黙って置きものようにそこにいた。


「チッ。相変わらず、不気味な奴だな」


興味をなくしたのか、彪夏はそれ以上桔梗に話しかけなかった。


「いつものことでしょう。それよりも、花嫁様はあとどれくらいで来るかしら。賭けでもしない?」


梨々花の提案に兄弟たちは楽しそうに賭けに乗った。


その光景を眺めていた桔梗はただ気持ち悪い獣どもめ、と思った。


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