婚姻
お互いの家の者に見守られながら歩くのは、何とも言えない気持ちだった。
本当ならここにいるのは私ではないし、隣にいるべき男も桔梗ではない。
もう茜や元婚約者にたいして何も感じないが、人間界に戻れないのは嫌だった。
妖の世界をよく知らないため、美味しい食べ物や遊ぶところはあるのかと不安だった。
そんな思いに胸が押しつぶされそうになっていると、当主と目が合った。
いつの間にか当主のところまで来ていたみたいだ。
馬鹿にしたような笑顔についイラっときて、桔梗の手を強く握ってしまった。
桔梗は驚いて私の方を見たが、私はそれに気づかず当主を睨み見続けた。
用意された席に座ると、一人の妖狐が私たちと両家に深く頭を下げた。
この男の狐が進行役をするのかな、と見つめていると予想は当たり、彼はこの結婚式の進行をし始めた。
「これより、雅家と西園寺家の婚姻の儀式を始めたいと思います。異論のある方はおりますでしょうか?」
(誰もいないでしょ。いたら、ここに来る前にボコボコにされてるでしょ)
ウチの当主ならそうするし、妖狐の当主も似たような感じなのでそう思った。
「誰もいないようなので、このまま進めさせていただきます。まずは、この婚姻についての確認をさせていただきます」
人間社会とは違う結婚式の進みに少し興味が湧いていたが、あまりにも事務的で面白さを感じなかった。
妖の結婚式は元々こうなのか、それとも契約結婚なため、これが特殊なだけなのかはわからなかったが、幸せの「し」の字もない退屈な結婚式だった。
「一つ、花嫁様は月に一度浄化の舞をすること。一つ、雅家は悪鬼討伐に積極的に協力すること。一つ、花嫁様の安全を保証すること。一つ、花嫁様の夫が次期当主として認められること。一つ、花嫁様が死んだら、遺体は西園寺家に返すこと。以上につきまして、何か問題がおありになる方はいらっしゃいますでしょうか」
男は両家の方を見るが、誰一人と目が合うことはなかった。
誰も何も言わないので、男は問題ないと判断した。
「では、この婚姻に皆さまが納得されたと判断し、続けさせていただきます」
私は今の時間必要だったの、と内心呆れながら聞いていた。
婚姻の確認なんて、西園寺家と妖が結婚するようになってから何一つ変わっていない。
西園寺家の娘が嫁ぐのは変わらないが、妖の種族は変わるが、妖狐と結婚したことは過去に三度ある。
内容を知らないわけがないし、今更付け足す必要はないのだろう。
彼らにとって、花嫁を失う可能性が出るほうが損失なのだから。
「花婿と花嫁様には、これより夫婦の契りをかわしていただきます」
男がそう言うと、襖が開き、女がぞろぞろと入ってきた。
全員の席に盃を配り、お酌していく。
私たちのところには、盃は一つしか用意されていない。
桔梗はその盃にお酒を注いでいく。
盃は小さいので、お酒はそんなに入らなかった。
当主たちの盃に比べたら小さすぎだが、一口飲むだけならこの方がいいのだろう。
皆が桔梗に視線を集中させる。
先に桔梗が一口飲み、そのあとに私が飲んで、最後に両家が飲むという流れだ。
人に見られながら飲むことには慣れているが、部屋にいる全員に見られ、一人で飲まないといけないという状況は正直に言ってあまりいいものではないが、今は我慢するしかない。
桔梗から盃を受け取ると、仮面を少しだけ上げて一口酒を口に含んだ。
「これにて夫婦の契りは終わりました。皆様、どうか祝いの酒をお飲みください」
男がそう言うと、全員持っていた盃を口に運び、グイッと酒を飲みほした。
「では、最後に花婿と花嫁様は街のものに無事に婚姻が終了したことを教えてきてくださいませ」
男はそう言うと、手を床について頭を下げた。
控えていた者たちも同じように手を床について頭を下げた。
私たちは入ってきたときと同じように、桔梗に支えてもらいながら部屋をでた。
外には既に街へ行くための準備が済んでいた。
私と桔梗は待機していた妖狐の列の真ん中に入り、一緒に街へ向かって歩き始めた。
いつも歩く時の早さに比べるとかなり遅いが、その分ゆっくりと街の景色を眺めることができた。
私は仮面をつけているため誰にも表情を見られることはないため、視線を好きなところに向けることができた。
ここ妖の世界は人間の世界とは違い、江戸時代で時が止まっているかのようだった。
間違いなく人間の世界より遅れている。
きっと、ここには洋菓子はないだろう、と思うほどに甘い匂いは餡子の匂いしかしなかった。




