桔梗
「お嬢様。到着しました」
(やっとついたのね)
私は上げていたお尻を下げ、座りなおした。
神輿の中では誰にも見られないように結界が張ってあるので、どんな格好をしていても誰にもばれない。
「お疲れ様」
声をかけると、一人の男が神輿の扉を開け、手を差し出した。
私はその手を掴み、神輿から降りた。
地面に右足が付くとしびれた足が痛くて「あぁ!」と叫びそうになった。
なんとか耐えながら左足も地面につける。
仮面をつけといてよかった、と思うほど痛みで顔が歪んだ。
男の掴んでいた手を離すと、男は傘を広げ、私の後ろへと移動した。
私がゆっくりと歩き出すと、控えていた者たちも一斉に歩き出した。
街の坂を登れば結婚相手の屋敷があるらしい。
どうせなら、そこまで連れて行ってほしかったが、住民に祝福されながら嫁ぐのがしきたりと言われれば従うしかない。
人間の姿をしているが、妖力で彼らが人間ではないことはわかる。
表情は皆それぞれで、嬉しそうに笑っているものもいれば、戸惑っているもの、歓迎していないものがいた。
どうせ、妖狐と結婚したからといって彼らと関わることはない。
どうでもいい存在だと無視を決め込むことにした。
それに何より、今はそれより大事なことがあった。
(足痛い。お尻痛い。もう限界。まだつかないの!?)
長時間、座り続けていたせいで歩くのが大変だった。
緒とでも気を抜けば転んでしまうくらいには、足は限界だった。
それでも、恥ずかしい姿を晒すくらいなら死んでやる、と自分に言い聞かせ、なんとか最後まで歩ききることができた。
(ようやくついた)
一安心して、早く中に入れろ、と心の中で叫ぶが、なかなか門が開かなかった。
(喧嘩でも売ってんのかしら?)
仮面をつけていなかったら、カチコミでもしに来たのではないかと疑われるレベルの酷い顔を私はしていたと思う。
(あと十秒たっても開かなかったら、無理矢理入ってやる、十、九、八………四、三、に……)
大きな門がギィー―ッ、と音をたてながらゆっくりと開いていく。
「初めまして、花嫁様。私は花梨と申します。花嫁様のご案内をさせていただくものです。我ら妖狐一同、花嫁様のご来訪を心よりお待ちしておりました」
花梨と名乗った女性とその後ろに控えていたものが、腰を直角に曲げてお辞儀をした。
「では、花嫁様。ご案内させていただきます。どうぞ、お入りください」
妖狐の屋敷に入れるものは私だけ。
ここまで一緒についてきてくれたものは帰らなければならない。
私は何も言わずに言われた通りに妖狐の屋敷の敷地内に足を踏み入れる。
本当はここまで連れてきてくれたことへのお礼を言いたかったが、花嫁は最初に声を聞かせる相手はその種族の結婚相手ではなければいけない、という決まりがあるためできなかった。
私が敷地内に入った瞬間、門は閉まった。
「花嫁様こちらでございます」
花梨が先を進み、そのあとについていった。
私を囲むように妖狐たちが歩き出す。
後ろには傘をさす妖狐もいる。
ここに来るまでの並び方と一緒だった。
変わったのは人間から妖狐になったことだけだ。
西園寺家に劣らないほど広い子の屋敷は、歩いても、歩いても、なかなか目的にはたどり着かない。
いつまで歩かせるのかと呆れながら、周囲の風景を楽しむことにした。
今は秋なため、紅葉が綺麗に咲いていた。
さすが妖狐のトップが住む場所だ、と感心した。
歩きながら紅葉を楽しんでいると、一同の足が急に止まり、私も同じように止まった。
「あちらの部屋でお待ちください。すぐに桔梗様も起こしになられます」
桔梗。
その名は茜の本来の結婚相手で、次期妖狐の当主となる男だ。
会ったこともない男と結婚するのは嫌だが、せめて性格だけはいいことを願う。
花梨たちは私が部屋に入るまでずっと頭を下げているつもりなのか、微動だにしない。
どこの世界でも、こういうことは変わらないのだろう。
私は言われた通り、指定された部屋に入り花婿を待った。
仮面を脱ぎ捨てたかったが、決まりである以上できなかった。
さっさと婚姻を終わらせたいのに、相手側がなかなかこない。
花嫁が変わったことに気づいたのか、それとも元々こうなのかはわからないが、いい加減早く来てほしかった。
この部屋に入ってから、ずっと正座をしているため足がしびれてきた。
長時間の移動でも足がしびれているのに、これ以上は限界だった。




