見えていた
「……!あら、おはよう。今日も随分とゆっくりな起床ね」
妖狐の夫人である早苗に声をかけられた。
彼女は私を見るなり、一瞬驚いた顔をした。
正確に言えば、私の顔は狐のお面にかくれているのでみえていないし、彼女の視線は私ではなく、私の右肩に顎をのせていた骸骨をみて驚いた。
(あー。やっぱり、見えてたんだ)
早苗の態度で確信に変わった。
早苗は必死に動揺を隠そうとしているが、表情は完璧でも、残念だが妖力の揺らぎまでは隠せていなかった。
私でなければ気づかれなかっただろう。
「ええ。どうしてか、今日は肩と腕が重くて」
わざとそう言ったが、今度は驚くことなく早苗はいつも通りに戻っていた。
妖力の揺らぎもなくなった。
さすが、妖狐の当主の正妻になっただけある、と感心する。
「今日は街に出かけようと思っていたのに、体調が悪くなって残念です。嫁いだというのに、まだ一度も妖狐の街がどんななのか見たことがないので、楽しみにしていたんですけどね」
「そうですか。それは残念ですね」
それだけ言うと、早苗は急ぎ足でその場から立ち去って行った。
(せめて、嘘でもお大事にって、言えないのかしらね)
早苗の相変わらずの態度に呆れてため息が出るが、いい収穫もあったので今は許すことにした。
(花梨には花嫁たちの幽霊は見えていない。他の侍女たちも見えている様子はなかった。でも、彼女には見えていた。たぶん私よりもはっきりと)
早苗は四人いる花嫁の中で、右肩に顎をのせている花嫁を見て驚いた。
私には彼女たちの区別が白装束以外では判断がつかないが、早苗にはたぶん骸骨ではなく顔が見えている。
右肩にいる花嫁と早苗は間違いなく顔を見知りなのだろう。
妖狐の寿命は人間よりも圧倒的に長い。
昔の花嫁を知っていてもおかしくはない。
(いったい、なにがどうなっているのやら)
いま持っている情報だけでは、答えにたどり着くことなど到底できるはずもなく、いろいろ考えすぎて頭が痛くなってきた。
甘いもの、ケーキが無性に恋しくて食べたくなるが、妖の世界には残念ながらない。
とりあえず、甘いものだったら何でもいいや、と花梨に用意させようと探すが、朝食をまだ食べていなかったことに気づき、先に朝食をとることにした。
花梨に用意させた、みたらし団子をたべながら、いつ来るかわからない当主にこのことを報告するために、頭の中で情報を整理していた。
寝転がって食べていたせいで、花梨には行儀が悪いですよと、注意されたが「こういう恰好で食べるとより美味しくなる」と言ったら呆れられた。
花梨は私にそれ以上何かを言うのを諦めたのか、選択に行ってきます、と言って部屋から出て行った。
最近は私のあげた着物をずっと着ているおかげか、殴られるようなことはないと言う。
ただ、睨まれたり、陰口を言われたりはしているらしい。
私専属の侍女たちからも、距離を置かれていて、孤立しているようだ。
ただ、私専属の侍女たちは私の恐ろしさを知っているので、花梨を虐めるような真似はしてはいない。
未だに、雅家の者たちから何か命じられているようだが、私が恐ろしくて毎回報告してくれている。
彼らがそんな命令をしてくるたびに、まだ誰も私が強い力を持っていること報告していないのだと知ることもできた。
花梨以外には鞭ばかりを与えてきたので、そろそろ飴を与えなければと思う。
何をあげるべきか考えていると、今朝、早苗とした会話を思い出した。
妖狐の街に興味などなかったが、侍女たちはあるはずだ。
明日の天気がよければ、街に出かけるのもいいなと思った。
とりあえず、花梨が戻ってきたら聞いてみて、反応がよかった全員で行こうと決めた。
次のみたらし団子を食べようと手を伸ばすが、いつの間にか全部食べ切っていたみたいだ。
皿の上には大量の串だけが残っていた。
次からはもう少し量を増やして用意させるかと、考えていると花梨が戻ってきたので、明日の街にみんなで出かけようといったら、嬉しそうに目を輝かせていたので、晴れたら明日の予定は街へのお出かけに決定した。
花梨は他の侍女たちにも報告しに行くと、軽い足取りで部屋から出て行った。
部屋にいても聞こえてくるくらい花梨と侍女たちの嬉しそうな声が届いてきた。
その声を聞く限り、この屋敷で働いている使用人たちは、なかなか街へ出かけることができないのだろう。
可哀そうに、と思っていた。
次の日に、なんとなくどれくらいの頻度で街に遊びに出かけるのかと尋ねると、一度もないと帰ってきた。
お使いで街に出かけることはあっても、遊びに出かけたことはないという。
だから今日はすごく嬉しいと感謝されたが、私はそれよりも「雅家って人間の世界だったら相当ブラックな会社だよな」とどうでもいい感想を心の中で言っていた。




