表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第7話:集う仲間と帝国の脅威~立ち塞がるは歴戦の勇将~

王都からの使者がもたらした勅命は、カインとバルドにとって、毒の塗られた盃を差し出されたようなものだった。帝国軍の最重要補給拠点の一つであるヴォルフガング砦への威力偵察、そして可能であれば破壊工作。それは、現在のカインたちの戦力では九死に一生を得るのも難しい、無謀極まりない任務であった。

「連中め、我らを潰すか、あるいは使い潰すか、その両方を狙っておるな」

使者が恭しく、しかしどこか嘲るような笑みを浮かべて去った後、バルドは苦々しげに吐き捨てた。王都の中央貴族たちが、辺境から現れたカインの突出した力を危険視し、あるいは利用価値を見出していることは明らかだった。

「受けて立つしかありません、バルド師匠。ただし、彼らの掌の上で踊るつもりはありません」

カインは、歳の割には落ち着き払った声で応じた。その瞳には、困難な状況に対する挑戦心と、見えざる敵への静かな怒りが宿っていた。

それから数日、カインとバルドは密かに策を練った。表向きは勅命を遂行するための準備を進めつつ、その実、この危機を乗り越え、あるいは逆手に取るための布石を打っていたのだ。

カインはまず、情報収集に全力を挙げた。【万物育成】の力は、人間だけでなく動物にも有効だ。彼は森で数羽の鷹とフクロウを捕獲し、その視力、記憶力、そして長距離を飛行する持久力を徹底的に「育成」した。これらの空の偵察者たちは、人間では近づくことすら難しいヴォルフガング砦周辺の詳細な地形、兵力配置、警備のローテーションといった貴重な情報を、驚くべき精度でもたらしてくれた。

同時に、カインは部隊の装備の「育成」にも余念がなかった。兵士たちの剣や槍はより鋭く、鎧や盾はより強固に。リリアナの短剣は、もはや名剣と呼んでも差し支えないほどの切れ味と頑強さを備えるに至っていた。エルクの爪や牙もまた、恐るべき殺傷能力を秘めるよう「育成」され、その戦闘能力はますます人間離れしたものへと進化していた。


ヴォルフガング砦への進軍準備を進める中、カインの元には、彼の噂を聞きつけた新たな協力者たちが、まるで何かに引き寄せられるように集まり始めていた。

最初に現れたのは、ゴードンと名乗る四十代半ばの猟師だった。日に焼け、厳しい自然の中で鍛え上げられたその体躯は精悍そのもので、背負った古びた長弓は、彼がただの猟師ではないことを物語っていた。帝国兵に妻と一人娘を無残に殺され、復讐の機会を窺っていた彼は、カインの部隊の活躍を知り、その弓の腕を役立てたいと協力を申し出てきたのだ。彼の放つ矢は、百発百中とは言わないまでも、驚くべき正確さで遠くの的を射抜いた。

次にカインの前に姿を現したのは、エリアーナと名乗る十七、八歳の若い女性だった。彼女は、かつて王都の宮廷魔術師団に籍を置いていたが、貴族たちの権力争いや足の引っ張り合いに嫌気がさし、出奔してきたのだという。美しい亜麻色の髪に理知的な翠色の瞳を持つ彼女は、主に治癒魔法と防御魔法を得意としていたが、カインが【万物育成】で彼女の魔術回路を僅かに「育成」したところ、内に秘められた強大な攻撃魔法の才能の片鱗が垣間見えた。彼女は、カインの清廉さと、バルドのような高潔な元騎士の存在に惹かれ、自らの魔法を正しい目的のために使いたいと願った。

そしてもう一人、ティムという名の十二歳の少年がいた。彼は戦争で両親を失い、生きるために盗みやスリを繰り返していたが、カインの部隊の食料を盗もうとして捕まった。処罰を覚悟していたティムに対し、カインは罰を与える代わりに温かい食事と寝床を与え、彼の身の上話に耳を傾けた。カインの優しさと、その瞳の奥にある強い意志に触れたティムは涙ながらに改心し、その身軽さと手先の器用さを活かして部隊に貢献したいと懇願した。彼は、潜入や偵察、罠の解除といった特殊な技能において、天賦の才を持っていた。


カインは、彼らの過去や能力を問うことなく、その志を受け入れた。ゴードンの経験豊富な目、エリアーナの魔法、ティムの特殊技能は、カインの部隊に新たな戦術の幅と厚みをもたらした。カインは彼らの才能を【万物育成】でさらに伸ばし、彼らもまた、カインの不思議な力と、何よりもその人間性に深い信頼を寄せるようになっていった。


偵察と戦力の増強を終え、カイン率いるアルトマイヤー別働隊は、ついに帝国軍の重要補給拠点、ヴォルフガング砦へと向かった。

「育成」された鳥たちがもたらした情報によれば、ヴォルフガング砦は三方を険しい山に囲まれ、残る一方は深い谷に面した天然の要害に築かれていた。その城壁は高く厚く、カインがこれまでに見たどんな城塞よりも堅固に見えた。

そして、この難攻不落の砦を守る指揮官こそ、ガルニア帝国でも「不敗の戦鬼」と畏怖される歴戦の勇将、アレクサンダー・フォン・シュトライボウ将軍その人であった。齢五十を超えているが、その身体は未だ鋼のように鍛え上げられ、戦場では自ら先陣を切って敵を薙ぎ倒すという。勇猛果敢であると同時に、緻密な戦略家としても知られ、部下からの信頼も絶大だという。

「シュトライボウ……奴が、この砦にいるというのか」

バルドは、その名を聞いて険しい表情になった。彼がかつて王国騎士団で勇名を馳せていた頃、敵将として幾度となく戦場で火花を散らした宿敵の一人だったのだ。「奴の指揮する部隊は、帝国軍の中でも精鋭中の精鋭。そして、奴自身が何よりも厄介な相手だ。王都の連中は、我らを本気で潰しに来たようだな」

カインは、バルドの言葉に静かに頷いた。王都の陰謀は、もはや疑いようのない事実だった。しかし、ここで引き返すわけにはいかない。


カインたちは、正面からの攻撃は自殺行為だと判断し、ティムの潜入能力とゴードンの隠密行動の技術を活かし、夜陰に乗じて砦の一部に破壊工作を仕掛け、混乱を引き起こすことで「威力偵察」の任務を達成しようと計画した。エリアーナが防御魔法で彼らを覆い隠し、カインとリリアナ、エルク、そしてバルドがその支援と護衛に当たる。

月も隠れた闇夜、ティムはまるで影のように砦の城壁に取り付き、僅かな凹凸を頼りに驚くべき速さで登っていく。ゴードンもまた、音もなく周囲を警戒し、敵の哨戒兵の位置を的確にカインたちに伝えた。

計画は順調に進んでいるかのように見えた。ティムが城壁の内部に侵入し、食料庫の一つにカインが用意した特殊な発火装置(【万物育成】で発火しやすく、かつ煙を多く出すように改良したもの)を仕掛けようとした、まさにその時だった。

「そこまでだ、鼠輩ども!」

突如、周囲から松明の光が煌めき、武装した帝国兵たちが一斉に姿を現した。その中心には、燃えるような赤いマントを羽織り、巨大な戦斧を肩に担いだシュトライボウ将軍が、冷徹な笑みを浮かべて立っていた。

「お前たちの小賢しい動きは、全てお見通しだ。ヴァレンシアの小鬼と、その手下どもよ」

罠だった。シュトライボウ将軍は、カインたちの僅かな動きすらも察知し、彼らが最も油断する瞬間に一網打尽にしようと待ち構えていたのだ。

「くっ……総員、応戦! ティムを回収し、撤退するぞ!」

バルドが叫び、戦闘が始まった。帝国兵たちの練度は高く、その動きには一切の無駄がない。エリアーナが張った防御魔法の結界も、集中攻撃を受けて激しく揺らぎ始める。ゴードンの矢は的確に敵兵を射抜くが、次から次へと新たな兵士が現れ、キリがない。リリアナとエルクは勇猛に戦うが、数の差はいかんともしがたい。

「この程度か、アルトマイヤーの小鬼よ! その程度で我がヴォルフガング砦を落とせるとでも思ったか!」

シュトライボウ将軍が哄笑し、自ら戦斧を振るってカインたちに迫る。その一撃は大地を揺るがすほどの威力で、バルドでさえも受け止めるのがやっとだった。

カインは【万物育成】で必死に仲間を支援し、敵の武器を劣化させようと試みるが、シュトライボウ将軍の的確な指揮と、兵士たちの高い士気の前では、その効果も限定的だった。ゴードンが肩を負傷し、ティムも敵兵に囲まれ絶体絶命の危機に陥る。

「ここまでだ、カイン! このままでは全滅するぞ!撤退だ!」

バルドは、無念の表情で撤退を命じた。これ以上の戦闘は、無駄死にを増やすだけだと判断したのだ。

撤退戦は熾烈を極めた。シュトライボウ将軍は、まるで狩りを楽しむかのように執拗な追撃を加えてくる。エリアーナが最後の魔力を振り絞って広範囲の閃光魔法を放ち、敵の視界を奪う。その隙に、エルクが負傷したゴードンを背に乗せ、バルドがティムを抱えて死に物狂いで退路を切り開く。リリアナもまた、カインを庇いながら必死で応戦した。

カインは、逃げる途中の狭い通路で、足元の岩盤に【万物育成】の力を集中させた。岩盤が急速に脆くなり、追撃してくる帝国兵たちの足元で大規模な崩落が起きる。これで一時的に追撃は止まるだろう。

多くの犠牲を払いそうになりながらも、カインたちは間一髪で追撃を振り切り、辛うじてヴォルフガング砦から離脱することに成功した。しかし、それは紛れもない「敗北」だった。威力偵察はおろか、破壊工作も失敗に終わり、部隊の半数近くが負傷し、数名の兵士は帰らぬ人となった。

カインは、初めて味わう本格的な敗北の味に、唇を噛み締めた。シュトライボウ将軍という強大な壁。そして、依然として彼らを狙う王都の陰謀。生き残るためには、そして大切なものを守るためには、もっと多くの力と、より多くの信頼できる仲間、そして新たな戦略が必要だ。彼は、夜空に浮かぶ月を見上げながら、固く、固く誓った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ