表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話:奇策と勝利の代償~辺境の三男、王都を揺るがす!?~

帝国軍先遣隊との最初の戦闘は、カインの心に深い傷跡を残した。失われた仲間たちの亡骸を丁重に弔いながら、彼は自分の無力さと戦場の過酷さを改めて噛み締めていた。だが、いつまでも感傷に浸っている時間は許されない。部隊を立て直し、次なる戦いに備えなければならなかった。

「バルド師匠、ただ力でぶつかるだけでは、我々のような小勢ではいずれ消耗し尽くしてしまいます。もっと……もっとこの力を、戦略的に使う方法を考えなければ」

カインは、【万物育成】スキルを指し、バルドに真剣な表情で語りかけた。

バルドは、カインのその言葉に静かに頷いた。

「うむ。お前のその力は、使い方次第で戦局を左右する可能性を秘めている。だが、それは諸刃の剣でもあることを忘れるな。力を過信すれば、足元を掬われるぞ」

それからの数日間、カインとバルドは夜を徹して議論を重ね、【万物育成】の新たな活用法を模索した。疲労した兵士たちの肉体を「育成」し、回復を早めるのはもちろん、武具や装備の継続的な強化も怠らない。さらに、エルクの五感を「育成」することで、その索敵能力は驚異的なレベルにまで向上した。闇夜の中でも遠くの物音を聞き分け、微かな匂いから敵の動きを察知できるようになったのだ。

戦闘経験は、カインを精神的にも成長させていた。以前のような怯えは消え、その瞳には冷静な判断力と、仲間を率いる者としての自覚が芽生え始めていた。


そんなある夜、エルクが帝国軍の小規模な補給部隊が近くの街道を通るという情報を掴んできた。彼らは、最前線へ武器や食料を輸送しているらしい。

「よし、これを叩くぞ」

カインは即断した。補給を断つことは、敵の戦力を削ぐ上で極めて有効だ。バルドもその判断に同意し、具体的な作戦が練られた。

夜陰に乗じて、カインたちは行動を開始した。月明かりもない新月の夜、カインは街道沿いの森に分け入り、次々と【万物育成】の力を発動していく。

「育て、もっと高く、もっと密に……!」

カインが念じると、街道を見下ろす木々の枝葉が急速に成長し、天然の覆いとなって月明かりさえも遮断する。さらに、帝国軍が進軍してくるであろう道筋に、地面の蔓草や木の根を「育成」して巧妙な足絡めの罠をいくつも仕掛けた。

やがて、帝国軍の補給部隊が姿を現した。数十の荷馬車と、それを護衛する五十名ほどの兵士たち。彼らは、まさかこんな森の奥で奇襲を受けるなどとは夢にも思っていないのか、警戒もやや緩んでいるように見えた。

「今だ!」

バルドの号令と共に、エルクとリリアナが先陣を切って飛び出した。エルクは闇に紛れて荷馬車の馬の脚に噛みつき、リリアナは「育成」された短剣で護衛兵の鎧の隙間を正確に貫く。

「敵襲! 敵襲だ!」

帝国兵たちは狼狽し、松明を掲げて応戦しようとするが、カインが「育成」した木々の葉が視界を遮り、思うように連携が取れない。足元の罠に気づかず転倒する者も続出した。

カインは後方から、さらに追い打ちをかける。【万物育成】で、荷馬車の車輪の軸をピンポイントで「育成」し、脆くして走行不能に陥らせる。敵兵が構える弓の弦を「育成」して劣化させ、矢を放つ前に切断させてしまう。それは直接的な殺傷を伴わないが、確実に敵の戦力を削いでいくいやらしい戦術だった。

混乱の極みに陥った補給部隊は、バルド率いるアルトマイヤー兵たちの組織的な攻撃の前に為す術もなく壊滅。カインたちは、最小限の損害で大量の武器弾薬と食料を鹵獲することに成功した。


この成功に味を占めたカインたちは、その後も帝国軍の後方攪乱に徹した。小規模な駐屯地を夜襲し、井戸水に無害だが強烈な腹痛を引き起こす特殊な苔を微量に「育成」して混入させたり、敵の保存食に気づかれない程度にごく僅かなカビを「育成」して早期に腐敗させたりと、その戦術は神出鬼没かつ巧妙だった。

これらの作戦は、帝国軍に物理的な損害だけでなく、精神的な打撃も与えた。「森に潜むアルトマイヤーの小鬼」の噂は、帝国兵たちの間で恐怖と共に語られるようになった。

カインたちの目覚ましい活躍は、帝国軍主力の前に苦戦を強いられ、後退を続けていたアルトマイヤー軍本隊――ダリウスとクラウスが指揮する部隊――の惨状とは実に対照的だった。兄たちからの連絡には、カインの戦果への驚きと共に、どこか焦りのようなものが感じられた。


しかし、勝利は常に代償を伴った。

ある夜、帝国軍の斥候部隊を殲滅する作戦を実行中、カインの指示が僅かに遅れたことが原因で、部隊の中でも特に信頼の厚かった古参兵の一人が、敵の槍に胸を深く貫かれてしまったのだ。

「グスタフ!」

カインは悲鳴に近い声を上げた。すぐに駆け寄り、【万物育成】で必死に治療を試みるが、傷はあまりにも深すぎた。一命は取り留めたものの、彼はもう戦場に立てる状態ではなく、後方の野戦病院へ送還せざるを得なかった。

自分の判断ミスが、かけがえのない仲間を危険に晒した。その事実に、カインはリーダーとしての重圧と自己嫌悪に苛まれた。

「戦に完璧などありはせん。お前は最善を尽くした。だが、その結果を真摯に受け止め、次に繋げるのが指揮官の務めだ。悲しむのは良い。だが、その悲しみに溺れるな」

バルドは、落ち込むカインの肩を叩き、厳しくも温かい言葉で諭した。カインは、唇を噛み締め、師の言葉を胸に刻んだ。

また、鹵獲した物資の中には、帝国軍が占領地で非道な略奪行為を働いた証拠となるような、一般市民の生活用品や、子供のおもちゃなどが含まれていることもあった。その度にカインは帝国の非道さに胸を抉られるような怒りを覚えたが、それらの物資を避難民に届ける余裕はなく、自軍の糧食や装備として利用するしかない現実に、深い葛藤を抱えざるを得なかった。戦いは、決して綺麗な英雄譚などではないのだ。


そんな中、カイン率いる別働隊の「神出鬼没の活躍」は、敗戦続きで士気の低下していた王国軍の中で、数少ない明るい話題として、瞬く間に王都にまで伝播していた。「辺境のアルトマイヤー家の、まだ十歳にも満たぬ三男坊が、わずか数十の手勢で帝国軍を翻弄し、連戦連勝を続けている」という噂は、驚嘆と共に、様々な憶測を呼び起こした。ある者はそれを救国の英雄の出現と称賛し、ある者は眉唾物の作り話だと一笑に付し、またある者はその異質な力に警戒心を抱いた。

敗色が濃くなりつつあった王都にとって、カインの存在は、良くも悪くも無視できないものとなっていたのだ。

そしてある日、アルトマイヤー軍の本陣に、王都から仰々しい一行が到着した。国王の名代を名乗るその使者は、まずカインのこれまでの目覚ましい功績を芝居がかった口調で賞賛し、国王陛下からの金一封と感状を恭しく授けた。

「カイン・フォン・アルトマイヤー殿の武勇と智略、陛下も大変お喜びである。つきましては、貴殿のその類稀なる力を、さらに王国のために役立てて頂きたいとの思し召しだ」

使者はそう言うと、一通の羊皮紙を取り出し、カインに新たな任務を伝えた。それは、「帝国軍の最重要補給拠点の一つである、○○砦への威力偵察および、可能であれば破壊工作」というものだった。

その内容は、現在のカインの部隊の戦力を考えれば、あまりにも危険極まりなく、成功の確率よりも全滅の確率の方が遥かに高い、無謀としか言いようのない任務だった。

バルドは、その書状を一読するなり、眉間に深い皺を刻んだ。その任務の裏に、カインの力を試そうとする、あるいはその突出した存在を疎み、危険な前線に送り込んで潰そうとする中央の有力貴族たちの冷酷な思惑が隠されていることを、老練な彼は即座に察知したのだ。

カインもまた、使者の慇懃無礼な態度や、国王からの書状にしては不自然に具体的な指示、そして何よりもその任務の無謀さから、何かきな臭いものを感じ取っていた。これは、素直に受けて良い任務ではない。しかし、国王の勅命という形を取っている以上、無下に断ることも難しい。

王都の権力者たちは、自分をどうしようというのか。辺境の三男坊は、知らず知らずのうちに、巨大な陰謀の渦の中心へと引き寄せられようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ