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第5話:戦火の狼煙~帝国侵攻、そして戦場の洗礼~

ハーネス子爵領との交易は、アルトマイヤー領にさらなる豊かさをもたらした。特産の高品質な鉄鉱石から作られた農具や武具、そして「育成」されたことで格段に味も収穫量も向上した穀物や果物は、ハーネス子爵領を通じて近隣へと流通し、多くの富を生み出した。カインが八歳になる頃には、アルトマイヤー領は辺境の一貧乏貴族領とは到底思えないほどの活気に満ち溢れていた。


しかし、光が強ければ影もまた濃くなる。

アルトマイヤー領の急速な発展の噂は、ヴァレンシア王国内の他の貴族たちの羨望や嫉妬を招くだけでなく、国境を接する大国――ガルニア帝国の耳にも届いていた。

帝国は、皇帝の強力な指導のもと領土拡大政策を推し進めており、かねてより内政の混乱が続くヴァレンシア王国を格好の標的と見ていた。アルトマイヤー領の突出した豊かさは、帝国にとって侵攻の口実を与え、その食指を動かすには十分すぎる魅力だった。

「カインよ、近頃、帝国の動きがどうにもきな臭い」

バルドは、国境付近を往来する商人や旅人から得た情報を元に、カインに警告を促した。帝国軍が国境付近で小規模な軍事演習を繰り返したり、ヴァレンシア王国内に不審な人物が潜入しているという噂が絶えなかったのだ。

カインもまた、領地の防衛体制の強化を父ゲオルグに進言し、バルドと共に領民兵の訓練に一層力を入れていた。だが、一地方貴族の力など、大帝国の軍事力の前にはあまりにも非力であることも理解していた。


そして、運命の日は、カインが八歳になった年の春、桜の花が舞い散る穏やかな日に、突如として訪れた。

ガルニア帝国は、「ヴァレンシア王国内の度重なる治安の悪化は、帝国臣民の安全を脅かすものである」などと一方的な声明を発表し、ヴァレンシア王国に対し宣戦を布告。ほぼ同時に、訓練され尽くした帝国軍の大部隊が、雪崩を打って国境線を越え、侵攻を開始したのだ。

帝国軍の進撃は凄まじかった。最新の攻城兵器と豊富な物量、そして何よりも兵士一人一人の練度の高さにおいて、長らく平和に慣れきっていたヴァレンシア王国軍を圧倒した。国境を守る砦や町は次々と陥落し、王都からは悲鳴のような救援要請と、国内全貴族に対する緊急の出兵命令が矢のように飛んできた。

アルトマイヤー家も、その命令から逃れることはできなかった。

「……行くしかないのか」

父ゲオルグは、苦渋に満ちた表情で呟いた。彼は決して戦を好む人間ではなかったが、領主としての責任と、王家への忠誠がそれを許さなかった。

出陣の評定が開かれ、長兄ダリウスがアルトマイヤー軍本隊の指揮官に、次兄クラウスがその副官に任命された。彼らは、ようやく自分たちの武勇を示す時が来たとばかりに意気込んでいたが、その表情には戦の現実を知らぬ若者特有の浮ついた高揚感が見て取れた。


「父上、お願いがございます。私にも、別働隊を率いて出陣する許可を頂きたく存じます」

評定の席で、カインは静かに、しかし強い意志を込めて父に願い出た。

「カイン、お前はまだ八歳だぞ! 戦場は遊び場ではない!」

ダリウスが色をなして反対したが、カインは動じなかった。

「兄上のおっしゃる通りです。しかし、私にはバルド師匠がおり、エルクもおります。そして、師匠と共に鍛え上げた兵たちも。後方支援、あるいは遊撃部隊として、必ずやお役に立ってみせます」

ゲオルグは、目の前の幼い息子の瞳に宿る、歳に似合わぬ覚悟と知性の光を見て、しばし沈黙した。そして、傍らに控えるバルドに視線を移す。バルドは、ただ静かに頷いた。

「……分かった。バルド殿が付いていてくれるのなら、許可しよう。だが、決して無茶はするな。お前の役目は、あくまで本隊の支援だ」

こうして、カインの初陣が決まった。彼の部隊は、バルドを軍監とし、リリアナ、エルク、そしてカインが自ら育成した武具で身を固め、バルドが徹底的に鍛え上げた元鉱夫や猟師たちからなる五十名ほどの少数精鋭で構成された。彼らは皆、カインの領地改革の恩恵を受け、彼に深い感謝と忠誠を誓っている者たちだった。


数日後、アルトマイヤー軍は領民たちの不安と激励の声に見送られ、王都へ向けて出陣した。カインの率いる別働隊は、本隊とは少し距離を置き、斥候と警戒の役目を担いながら進軍した。

戦場へと近づくにつれ、道端には家財道具をまとめて逃げ惑う避難民の姿が増えていった。彼らの顔には深い絶望と恐怖の色が浮かび、中には家族を失い、泣き崩れている者もいた。さらに進むと、帝国軍によって焼き払われ、黒焦げになった村々がいくつも現れた。無残に転がる家畜の死骸、略奪の跡。そこには、カインが今まで知っていた穏やかな日常とはかけ離れた、地獄のような光景が広がっていた。

カインもリリアナも、言葉を失った。彼らの顔からは、子供らしい無邪気さや明るさは完全に消え失せ、硬い緊張と、言いようのない怒りが浮かんでいた。これが、戦争。これが、自分たちがこれから身を投じようとしている現実なのだ。


本隊と合流する予定地点へ向かうため、森の中の街道を慎重に進んでいた時だった。

「カイン様、前方より多数の騎馬の音!」

斥候に出ていたエルクが、血相を変えて戻ってきた。ほぼ同時に、バルドが険しい表情で叫ぶ。

「敵襲だ! 全員、戦闘用意!」

次の瞬間、森の木々の間から、帝国軍の紋章を掲げた騎兵たちが鬨の声を上げながら突進してきた。その後ろからは、槍を構えた歩兵部隊も姿を現す。総勢、百名を超えるだろうか。帝国軍の先遣隊だった。

奇襲に近い形での戦闘が始まった。

「うわあああ!」

味方の兵士の一人が、帝国兵の振り下ろした剣に胸を貫かれ、悲鳴と共に崩れ落ちる。血飛沫が舞い、鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音、怒号、そして断末魔の叫びが、一瞬にして森の静寂を破った。

「リリアナ、落ち着け! 俺の傍を離れるな!」

カインは叫びながら、リリアナの手を強く握った。リリアナは恐怖で顔面蒼白になり、体が小刻みに震えていたが、それでもカインを庇うように前に立ち、必死で短剣を構えた。

「グルルルルァァァッ!」

エルクは、その灰色の毛を逆立て、獣としての本能を完全に剥き出しにしていた。帝国兵の馬に猛然と飛びかかり、その喉笛に食らいつく。馬が悲鳴を上げて暴れ、騎兵が落馬する。そこへエルクが再び襲いかかり、帝国兵の腕に牙を立てた。

「臆するな! 隊列を組め! 敵は数では我らに勝るが、地の利はこちらにある!」

バルドは長剣を抜き放ち、獅子奮迅の勢いで敵兵を薙ぎ倒しながら、冷静沈着に指揮を執る。その姿は、絶望的な状況下において、カインたちにとって唯一の希望の光だった。

カインは、必死で【万物育成】スキルを駆使した。負傷した味方兵士の傷口に触れ、その治癒を促進する。リリアナの短剣に力を込め、その切れ味を瞬間的に増大させ、帝国兵の硬い鎧を貫かせる。兵士たちの槍の穂先を強化し、敵の盾を砕かせる。

だが、戦況は圧倒的に不利だった。次々と味方が倒れていく。

「カイン様、危ない!」

リリアナが叫び、カインを突き飛ばした。カインがいた場所に、帝国兵の槍が突き刺さる。リリアナはカインを庇った際に、肩を敵の剣で浅く斬られていた。

「リリアナッ!」

カインの頭に血が上った。目の前で仲間が傷つけられた怒りと、自分自身の無力さへの憤り。彼は、無我夢中で手にしていた育成済みの杖を力任せに振り回し、リリアナを斬りつけた帝国兵の側頭部を強打した。ゴシャリ、という鈍い音と感触。帝国兵は白目を剥き、そのまま崩れ落ちた。

カインは、その場にへたり込み、激しく嘔吐した。初めて、自分の手で、直接的に人の命を奪った。その生々しい感触と罪悪感が、彼の精神を容赦なく打ちのめす。

「カイン、しっかりしろ! まだ終わっておらんぞ!」

バルドの檄が飛ぶ。カインは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、顔を上げた。リリアナが、負傷した肩を押さえながらも、カインを守ろうと必死で敵兵と対峙している。エルクもまた、深手を負いながらも勇猛に戦い続けていた。

(僕が……僕がしっかりしなきゃ……!)

カインは、震える足で立ち上がった。

激戦の末、バルドの老獪な戦術とエルクの超人的な活躍、そしてカインの決死のサポートにより、彼らは数の上で圧倒的に不利だったにも関わらず、帝国軍の先遣隊を辛くも撃退することに成功した。

戦闘が終わった後、森の中には、帝国兵の死体と、そして数名のアルトマイヤー兵の亡骸が転がっていた。生き残った者たちも、誰もが無傷ではいられなかった。

カインは、初めて経験した本格的な戦闘の衝撃と、仲間を失った悲しみ、そして人を殺めたことへの深い罪悪感に打ちひしがれていた。

そんなカインの肩を、バルドが力強く叩いた。

「カインよ、これが戦場だ。これが、戦争というものだ。綺麗事は何一つない。生き残りたければ、そして守りたいものがあるのならば……覚悟を決めろ。お前が背負うべきものは、これからますます重くなるのだからな」

バルドの言葉は厳しかったが、その瞳の奥にはカインへの深い信頼と期待の色が滲んでいた。

カインは、溢れそうになる涙を必死で堪え、強く、強く頷いた。もう後戻りはできない。自分は、この過酷な現実の中で生きていくしかないのだ。守るべきもののために。

本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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