第4話:辺境の奇跡~育成スキルで領地改革は加速する!~
バルド・ゲーリングという稀代の師を得てから一年が過ぎ、カインは七歳、リリアナは九歳になっていた。エルクもまた、カインの背丈ほどにまで成長し、その風貌は狼というより、どこか古の聖獣を思わせる威厳を漂わせ始めていた。
彼らの日々は、厳しい訓練の連続だった。
夜明けと共に始まる基礎体力作り。森を駆け、岩を運び、時にはバルドの容赦ないしごきに泥まみれになりながら、カインとリリアナは歯を食いしばって耐えた。その後は剣術稽古。バルドの剣は鋭く、重く、そして何より老獪だった。二人が束になってかかっても、赤子扱いされるのが常だったが、それでも彼らは決して諦めなかった。
カインは、この厳しい訓練に【万物育成】スキルを最大限に活用していた。訓練で負った打ち身や捻挫は、スキルで即座に治療。疲労困憊した肉体も「育成」することで回復を早め、さらには筋力や瞬発力といった身体能力そのものを少しずつ「育成」し続けた。リリアナに対しても、彼女が気づかない範囲で、同様のサポートを密かに行っており、彼女の才能はバルドの的確な指導とカインの陰ながらの支援によって、恐るべき速度で開花しつつあった。
エルクもまた、バルドから獣としての戦闘技術や、カインとの連携を叩き込まれていた。その知性はますます高まり、カインの意図を正確に理解し、時には先読みして行動するまでになっていた。
「ふむ、カインの飲み込みの早さ、リリアナの剣才の伸び、そしてエルクの尋常ならざる成長……。儂としたことが、とんでもない逸材どもを拾ってしまったやもしれんな」
バルドは時折、そんなことを呟いては、厳しくもどこか嬉しそうな表情で三人を見守っていた。
訓練の傍ら、カインはバルドから様々な知識を吸収していた。剣術や戦術だけでなく、歴史、地理、そして領地経営の基礎に至るまで。元王国騎士団の副団長という地位にあったバルドの知識は深く、カインはその全てをスポンジのように吸収していった。
そして、カインはそれらの知識と【万物育成】スキルを組み合わせ、アルトマイヤー領の改革に本格的に着手し始めた。
まず彼が目を付けたのは、屋敷の裏山にある、今はもう廃坑となっている古い鉄鉱山だった。かつてはアルトマイヤー家に富をもたらした鉱山だが、数十年前に鉱脈が枯渇したとされ、打ち捨てられていた。
「バルド師匠、この鉱山、まだ再生の可能性はあるでしょうか?」
カインの問いに、バルドは古文書を調べ、実際に現地を視察した後、顎を撫でた。
「うむ。古い記録によれば、この辺りにはまだ良質な鉱脈が眠っている可能性が高い。ただ、当時の技術では採掘が難しかったか、あるいは見つけられなかったのかもしれんな」
その言葉を受け、カインは密かに鉱山へと足を運び、【万物育成】の力を注ぎ込んだ。対象は、鉱山そのもの。広範囲に力を作用させるのは魔力(あるいはカインがそう感じているエネルギー)の消費も激しかったが、数日かけて丁寧に「育成」を続けると、驚くべき変化が現れた。
枯れたと思われていた鉱脈が再び活性化し、岩盤のあちこちに質の良い鉄鉱石の鉱脈が姿を現したのだ。しかも、その鉄鉱石は以前のものよりも純度が高く、加工しやすいというおまけつきだった。
カインはバルドと相談し、ごく少数の信頼できる元鉱夫たちに声をかけ、秘密裏に採掘を再開させた。産出された鉄鉱石は、バルドの古い知り合いであるという、領外の腕の良い鍛冶職人の元へと送られ、農具や、そして来るべき日のための武具へと姿を変える手筈になっていた。
これは、アルトマイヤー領の財政を立て直すための、小さくも確実な第一歩だった。
鉱山の再生と並行して、カインは領地の基盤である農業と畜産の改革にも力を注いだ。
アルトマイヤー領の土地は痩せており、作物の収穫量は常に領民たちの悩みの種だった。カインは、まず土地そのものに【万物育成】を施し、地力を回復させることから始めた。それは気の遠くなるような作業だったが、カインは毎日領内を巡り、少しずつ、しかし確実に土地を「育成」していった。
さらに、領民たちが保存していた種籾や野菜の種も「育成」し、病害に強く、より多くの実りをもたらすよう改良した。
家畜に対しても同様だった。領内で飼育されている豚や鶏、山羊といった家畜たちを一体一体「育成」し、病気への抵抗力を高め、肉質を向上させ、鶏なら産卵数を、山羊なら乳量を増やした。
成果は、すぐに現れた。
その年の収穫期、アルトマイヤー領の畑は、かつてないほど黄金色の穂で埋め尽くされた。収穫された小麦の量は例年の倍近くに達し、野菜や果物も信じられないほど豊かに実ったのだ。家畜たちも病気になることが減り、元気な子をたくさん産んだ。
「おお、カイン様! なんということでしょう、こんなにたくさんの小麦が穫れたのは、儂が生まれて初めてだ!」
「うちの山羊も、前よりずっと乳の出が良いんだ。子供たちに腹いっぱい飲ませてやれる!」
領民たちは、目の前で起きている奇跡のような出来事に、驚きと喜びを隠せなかった。食卓は豊かになり、以前は痩せていた子供たちの頬にも丸みが戻り、村々には明るい笑顔と活気が満ち溢れるようになった。
カインは、バルドと共に頻繁に領内を視察し、領民たちの声に熱心に耳を傾けた。時には、バルドの知識を借りて簡単な灌漑用水路の整備計画を立て、領民たちと一緒になって汗を流すこともあった。
そんなカインの姿は、自然と領民たちの目に触れることになり、いつしか彼らの間では「若様こそ、アルトマイヤー家の、いや、この領地の希望の光だ」という声が、尊敬と感謝の念と共に囁かれるようになっていた。
領地の目覚ましい変化は、当然ながら当主である父ゲオルグの耳にも入っていた。最初は半信半疑だった彼も、日に日に増加する税収や、領民たちの生き生きとした表情を目の当たりにするにつれ、カインの成し遂げていることの大きさを認めざるを得なくなっていた。
「カイン……お前は、一体何者なのだ……」
ゲオルグは、自分の「出来損ない」だと思っていた三男が、わずか一年余りで領地を劇的に変貌させた事実に、畏怖にも似た感情を抱き始めていた。そして、ある日、彼はカインを呼び出し、領地経営の一部を正式に補佐するよう命じたのである。それは、事実上の権限委譲の始まりだった。
兄たちは、そんなカインの台頭を苦々しい思いで見つめていたが、領民からの絶大な支持と、父の信頼を得たカインに対し、もはや以前のようにあからさまな嫌がらせをすることはできなくなっていた。
姉のセシリアは、最も複雑な感情を抱いていた。魔法の才能を持つ彼女は、カインが何か特別な力を持っていることには薄々気づいていた。しかし、それがこれほどまでに領地を変える力だとは想像もしていなかった。かつて見下していた弟が、今や領民たちの英雄となり、父からも認められている。その事実に、彼女は戸惑いと、ほんの少しの嫉妬、そして未知なるものへの興味を感じていた。
アルトマイヤー領が短期間で豊かになりつつあるという噂は、やがて近隣の領地にも風のように伝わり始めた。
ある日、アルトマイヤー家の屋敷に、隣接する比較的好意的な関係にある小領主、ハーネス子爵からの使者が訪れた。
「アルトマイヤー卿、並びにカイン様。我が主ハーネス様は、貴領の近年の目覚ましいご発展を大変喜ばしく思っておられます。つきましては、一度、貴領の豊かな産物を我が領にもたらし、交易を始めてみてはいかがかと……」
使者は丁重な口上で、交易の打診をしてきた。これは、アルトマイヤー領が外部からもその変化を認められ始めた証だった。
カインは、父とバルドと相談の上、この申し出を受けることにした。領地の産物を売って外貨を得ることは、さらなる発展のために不可欠だ。
初めての公式な対外交渉。それは、カインにとって新たな挑戦の始まりであり、同時に、アルトマイヤー領が否応なく周囲の注目を集め、様々な思惑に晒されることの始まりでもあった。
豊かな土地には、友好的な者だけでなく、それを快く思わない者や、隙あらば奪い取ろうとする者も現れるのが世の常だ。辺境の小さな奇跡は、まだ始まったばかりの序章に過ぎなかった。