また怒られちゃった
「まったく、なんでこうなるんだろうね」
昼休みの学食で、先輩の山崎さんが不機嫌そうに僕を睨んでいる。僕は目を逸らしながら、山崎さんの言い分を聞くしかない。
だって、僕は後輩だし、この状況を悪化させる勇気はない。
「あのさ。昨日のソフトクリーム事件、覚えてるよね?」
山崎さんがぶつぶつと文句を言い出す。そう、昨日のことだ。
部活帰りにコンビニに寄って、ソフトクリームを買った。僕は山崎さんに一口あげようと思って渡したら、山崎さんの不器用な手でポトリ。アスファルトに溶けたあのソフトクリームが、今日の戦争の引き金だ。
「忘れてないです。反省してます」と僕。
「反省してるだけじゃダメなの! 何かもっと…お詫び的なものはないの?」
「例えば?」
「例えば…新しいソフトクリームとか?」
僕は頭を抱える。ソフトクリームなんて簡単に買えるけど、山崎さんの怒りはそれだけで収まりそうにない。
「あのさ、山崎さん。昨日のソフトクリーム事件は確かに僕が悪いけど…あれって、なんだかんだで楽しかったよね?」
山崎さんの眉間がピクリと動く。
「楽しい…?」
「ほら、アスファルトで溶けてるソフトクリームを見て、僕たち二人で大笑いしたじゃないですか。あれ、すごくいい思い出じゃないですか?」
山崎さんは一瞬、言葉に詰まった。
山崎さんが黙り込むと、僕は続けた。
「だから、これからもこういう小さなアクシデントを笑い飛ばしていける関係がいいなって思ってるんです」
すると山崎さんは、不機嫌そうな顔からほころび始める。
「まあ、確かにちょっと面白かったかもね」
そして僕らは学食を後にして、今度こそ一緒にソフトクリームを買いに行くことにした。
今度は、無事に食べられますように…。
部室の外は、ぱたぱたと雨音が響いている。
山崎さんと僕はそれぞれ帰り支度をしていたのだが、突如としてまた事件が勃発した。
「ねえ、柊。私の傘、どこ?」
「え? あれ、昨日貸してくれたやつですよね? 家にありますけど」
「え、じゃあどうするの? 私、傘ないんだけど」
「あ、どうしよう」
僕はその場で固まる。
雨は止む気配もないし、僕の傘一本じゃ二人は濡れてしまう。
「信じられない! どうしてこんなに詰めが甘いの! あんた、昨日だってソフトクリーム落とすし、今日は傘忘れるし!」
山崎さんは怒り心頭。
僕は完全に防戦モードだ。
「いやいや、落ち着いてください。今ならお店で新しい傘、買えますよ!」
「そういう問題じゃないの。どうして、後輩としてもっと気配りができないのよ?」
僕はつい、思わず口を開いてしまった。
「山崎さんだって、昨日コンビニでアイス落としたし、今日は傘をちゃんと準備してきてないじゃないですか」
「何よそれ。私のミスを持ち出して、あなたの失敗を帳消しにしようってわけ?」
僕は急いで言い訳を試みた。
「いやいや、そういうことじゃなくて、ほら、お互い様というか…」
しかし次の瞬間、くすっと笑い声が漏れた。
「……まあ、確かに私も忘れることあるけどね。仕方ないか、君だし」
「そうですよ。僕ですから!」
結局、僕たちは部室を出て、一本の傘をシェアして帰ることにした。雨に濡れた道を歩きながら、山崎さんと僕は時折小さな口論を続けつつも、笑いが絶えない。
そう、この関係こそが僕たちの「通常運転」なのだ。
土曜日の午後。
商店街の食べ歩きイベントに山崎さんと参加した。各店舗が競い合うように屋台を出して、魅力的な食べ物が並んでいる。唐揚げを頬張る僕の横で、山崎さんがじっと僕を見つめている。
「ねえ。それ、一口ちょうだい」
「え、どうぞ」
僕は何も考えずに唐揚げの串を差し出した。
山崎さんは唐揚げをつまみながら一言。
「これ、結構おいしいね。でも、なんで私の分、買ってくれなかったの?」
「え? いや、山崎さんも好きなもの買うかなと思って」
その瞬間、山崎さんの表情が変わる。
「それってどういうこと? 普通、先輩にはまず何か提案するのが礼儀じゃないの?」
僕は慌てて弁解する。
「いやいや、山崎さんが好きなもの選びたい派かなと思って!」
「それならそれで、最初に聞いてくれてもよかったじゃない!」
山崎さんの声がだんだん強くなる。
僕は言葉を探しながら必死で考える。
「でも、ほら! 僕が買った唐揚げ、こうして分けてますし。山崎さんが喜んでくれたなら、それで良くないですか?」
「まあ、そういう言い訳も悪くないわね。でも次回は私に優先的に提案してね」
今更だけど、案外山崎さんってチョロい。
怒りん坊なくせに。