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05.変わる姿

 ゆっくり眠っていられない。

 リーザックは家の外へ出たが、夜の冷たい空気の中でも異様に上がった身体の熱は下がらなかった。

 この場にいてはいけない、と思ったのは本能だろうか。

 リーザックは暗闇の中を、方向も何も考えずにとにかく走り出した。

 夜の空に月はなく、わずかな星明かりくらいしかないのに、何かにつまづいたりぶつかることもない。

 いつの間にかリーザックはフィリールの湖のそばに……今クミルと座っている辺りまで来ていた。

 身体が引き裂かれそうな感覚。苦しさにがまんできず、リーザックは叫んだ。自分のものとは思えない大音量の声と、身体の中から別の身体が現れる感覚にめまいを覚える。

 ふと気付けば、さっきまでと比べていやに地面が遠い。木に上った訳でもないのに、ずいぶん上の方から見ているような。

 な、何、これっ。

 視界に入った自分の手が、激変している。表面は鱗に覆われ、鎌の切っ先のような鋭い爪が生えていたのだ。しかも、分厚い。

 どう見ても、人間の手ではなかった。

 まさかと思いながら、リーザックは湖面に自分の姿を映してみた。

 この時は頭が混乱していて気付かなかったが、何の明かりもない中で湖面に映る姿が見えるはずはない。でも、リーザックにはちゃんと見えていた。

 そこに、青みがかった銀の髪と青い瞳を持つ、見慣れた少年の姿はない。髪と同じ色の鱗に覆われた……竜だ。

 本当に……竜だったんだ、ぼくは……。

 ザジに教えられていたものの、その姿を見てリーザックは愕然となった。

 これまで、竜だと自覚できるようなことなど何もなかったのに。なかったからこそ、リーザックは今までザジの言うことが信じられないでいた。

 しかし、この姿を見ては、信じない訳にはいかない。湖面に映る姿も、自分の目で直接見る姿も、竜以外の何者でもないから。

 話を聞かされていたとは言え、あまりにも突然の事に、リーザックはその場でしばらく呆然としていた。

 だが、ふっと我に返り、血の気が引く。

 これから……どうしよう……。

 何をきっかけにしてか「本来の姿」に戻った訳だが、これでは村へ戻れない。

 自分が住んでいる家より身体が大きくなっているから、家へ入ることは無理だ。いや、それ以前に、この姿を村人が見たら間違いなく大騒ぎになってしまう。

 ぼくはリーザックなんだ、と言って、誰が信じるだろう。仮に信じたとして、どうしてそんな姿に、などと言われたら、答えられない。

 それ以前に、ザジから「竜であることを知られないように」と言われている。このまま村へ戻ったら「知られないように」なんて、当然ながら不可能だ。

 どうすればいいんだろう、とリーザックがしばらくあたふたしていると、身体が次第に軽くなっていくのを感じた。

 手を見ると、人の肌に覆われている。もしかして、と思ってもう一度湖面を見ると、いつもの顔に戻っていた。

 あ……ぼくの顔だ。さっきの顔も、ぼくなんだろうけど。

 無意識のうちに、また魔法を使ったらしい。リーザックはしばらくその場にいたが、もう竜になることはなく、胸をなで下ろす。

 この日は家へ戻っても、ザジには何も言わずにいた。自分でも事態がよくわからないし、どう言えばいいかもわからなかったから。

 しかし、次の月もまた次の月も。いきなり身体が熱くなって、家を飛び出すことが続く。

 さすがに三回目ともなると、ザジも何かがおかしいと気付き、リーザックに問いただした。何か隠してることがあるだろう、と。

 身体がおかしくなり、竜に変わった、いや、戻ったと言うべきか。とにかく、そうなったのだ、とリーザックはザジに明かす。

 この頃、ザジの身体は病に冒されていた。余命いくばくもないことと、リーザックの変化を聞いたザジは、まだ彼に話していなかったことを話す。

 リーザックは、カシアの山で拾われた。つまり、両親がザジに預けたのではない、ということを。

「ぼくは……捨てられたの?」

 自分が竜だと教えられた時より、そちらの方がリーザックにとっては重い事実だ。

 表情のない顔で尋ねるリーザックに、ザジは肯定も否定もできなかった。彼女も真実は知らないから、嘘は言えない。何が本当で、何が嘘かわからないから。

 ただ、孵化直前に山へ捨てるとは思えない。いい加減でひどい人間ならともかく、竜はそんなことをしないだろう、と。

「何か事情があったんだと思うよ。もしくは、事故。両親にはどうしても手が出せない状況だったんじゃないかねぇ。そうでなきゃ、大切な我が子を野ざらしにするなんて、絶対にありえないよ」

「そう……なのかな」

 どんな事情があれば、野ざらしにされるのだろう。預けて消息を絶った、という話の方が、まだ救われる気がする。放置されるより、ずっといい。

「考えてもごらん。お前が生まれたということは、生まれる直前まで親が温めてくれてたってことなんだよ。捨てるつもりなら、最初から温めたりしやしないさ」

「……そっか。そう、だね……」

 リーザックは生きて、ここにいる。望まない命なら、確かに温めるようなことはしないだろう。

 さらにザジは続けた。

 自分が死んだ後、両親を捜しに行く気があるなら行けばいい、と。

「捜しに?」

「どれだけの長さなのかは知らないが、竜は寿命が長いそうだからね。時間は人間よりたっぷりあるんだ。世界のあちこちへ向かえば、何かしらの情報が得られると思うよ」

 苦しくなって本来の姿が現れるのは、人間の身体にリーザックの魔力がおさまらなくなってきているのだろう。小さな器では力が暴走するので、解放させるために一時的に竜に戻るのだ。

「無理に捜せとは言わないよ。村に残るのもお前の自由だけど、人間の姿のままでいるのはいつか無理がくる。実際、今もそんな状態が生じている訳だからね」

 人間の姿になったのは環境に適応するためだったはずだが、それにも限界がきているのだ。

「ぼく、この村、大好きだよ。ダイハおじさんもシュミルおばさんも……クミルも」

「わかってるよ。クミルも、お前のことが大好きだろうしね」

 でも、ずっと一緒にはいられない。

 口には出さなくても、それはふたりにもわかっていた。

 ザジが亡くなってからも、本来の姿に戻る状態は続く。いや、前に比べて戻る間隔が短くなってきていた。

 ザジが亡くなる前は一ヶ月に一度くらいで済んでいたのが、半月くらいでつらくなってくるのだ。

 さらには、いつもは夜中だったのに、今日はとうとう昼日中に戻って。

 これまでは星明かりだけだったり、月のある日でも少し曇っていたりしていた。見られても、はっきりとはわからないはずだ。

 ましてそれがリーザックなどと、誰も思わない。

 しかし、周囲が明るければ、当然人の目にもつく。

 今まで仲よくしてくれていた人達が、あの姿を見て態度が急変するかも、と考える方がリーザックは怖かった。

 姿を見なくても、声は響く。竜に戻る時、身体が苦しくてどうしても出てしまう。自分では抑えられないのだ。

 こんな村の端まで来ても、時間や風の流れによっては人の耳に届いてしまうだろう。こんな状態が続けば声のした方へ誰かが来て、あの姿を見てしまうのも時間の問題だ。

 クミルが家を出る前、村人達が叫び声のようなものが聞こえる、と話していた。リーザックが不安に思っていた通り、少なくとも声は村人に気付かれている。

「知らなかった。リーザック、ずっと苦しかったのね」

 クミルはリーザックのさらさらした銀の髪を、指ですいた。いつもは一つに束ねているが、竜に戻ったためか紐が切れ、長い髪が背中に広がっている。

 寝起きの時に見る姿だが、今はいつもと違うように見えてしまう。朝食の時より少しやつれたようにさえ感じる。

 毎日顔を見て、長い時間一緒にすごしていたのに。

 彼のそんな苦しさなど、こうして話してもらうまで全然わからなかった。自分ののんきさが、クミルは悔しい。

「リーザック、竜の両親を捜しに行くの?」

「……」

 すぐには答えない。だが、リーザックの頭は小さく縦に動く。

「さっき思ったんだ。こんな昼間、竜に戻るなんてことが続いたら、絶対誰かに見付かる。今もクミルに見付かったしね。みんなに、怖いから出て行けって言われる前に、行きたいんだ」

 ずっとここで暮らして来た。竜だろうと人間だろうと、リーザックにとってはふるさとだ。追い出されるようにして、悲しい気持ちを抱えた状態で、大好きな村を離れるのはつらすぎる。

 幸い、と言っていいのか。両親を捜す、という立派な理由があるのだから、誰も無理に引き止めようとはしないだろう。

「でも……でも、アテはないんでしょ? どうして水竜のリーザックが山にいたのかなんて、誰も知らないんだし」

「それはそうだけど……ここにはもういられないから」

 この前「何かやりたいことがあるのか」とクミルは尋ねた。リーザックは口ごもっていたが、あの時すでに村を出ることを決意していたのだ。

「やだよ。離れたくないよぉ、リーザック~」

 がしっとリーザックの腕に自分の腕を巻き付け、その肩に自分の額をくっつけるクミル。

「クミル……」

 こうしてすがりつき、泣いてみたところでリーザックの気持ちは変わらないだろう、とはわかっている。彼がそうすることは必要なのだ、ということは。

 本当の親に会いたい。

 クミルがリーザックの立場なら、同じことを思う。

 離ればなれになった事情より何より、会いたい、と。

 でも、今までずっと一緒だったリーザックがいなくなるのは、あまりにも淋しいし悲しい。

 つらい気持ちで占められていたクミルの頭の中で、一つのことが思い浮かんだ。

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