表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

04.竜の正体

 もしかして、具合が悪いのかしら。

 普通の生き物よりもずっと生命力は強いだろうが、病気にならない、とは限らない。人間にはわからない不調だって、竜にはあるだろう。

 気になるが、声をかけるなんてできない。こうして近付こうとしているクミルも、そこまでするのはさすがに無理だ。

 そんなクミルの心配をよそに、竜の姿が見ている間にどんどん小さくなり始めた。

 え……どうして。まさか消えちゃうのかしら。あたしに見られてるってわかって、どこかへ行くつもりかな。だけど、竜が人間を恐れて逃げる、とは思えないし。

 クミルが道から身を乗り出して見ていると、竜はさらに小さくなってゆくが、消えることはなかった。

 ある程度まで縮むと、今度は形が少しずつ変わってゆく。

 竜から……人へ。

 え……あれって……。

 やがて竜の姿が消え、その場に残ったのは肩で息をしているリーザックだった。

 座り込んで両手を砂の地面につき、しばらく激しい呼吸を繰り返すリーザック。やがて、視線に気付いたのか、振り返った。

 そこには、呆然としたままでこちらを見ているクミルがいる。

「クミル……」

 何だか泣きそうな顔でリーザックがつぶやくのを見て、ようやくクミルは正気に戻った。

「リーザック!」

 クミルは急いで斜面をすべり降り、少年のそばへ駆け寄る。

 一瞬、リーザックが逃げるのではないかと思ったが、彼はクミルが来るのをその場で立ち上がって待っていた。

「リーザック、苦しいの? あたし、何をすればいい?」

 まだ完全に呼吸が落ち着いていないリーザックの顔を、クミルは両手ではさんだ。その言葉と行動に、今度はリーザックが呆然となる。

「あの、クミル……怖くないの?」

「え? 何が?」

 きょとんとなるクミル。苦しいのかと聞いているのに、何を言っているのだろう、という顔だ。

「何がって、えっと、見てたんだろう? ぼくがその……」

 言いよどむ。そんなリーザックを見て、クミルはさっきの竜の姿を思い出した。

「見て……? あ、そっか。ごめん、今はそのことより、リーザックが苦しそうなのが気になって」

 いつもより、リーザックの顔が赤い。ひんやりとさえ感じる気温の中、リーザックの顔には汗が流れて。顔に触れた手に、熱が伝わってくる。

「……大丈夫。かなり落ち着いてきたから」

「本当に? 無理してない?」

 確かに、呼吸は落ち着きつつあるようだ。でも、呼吸が戻ったからと言って、全てがよくなる訳ではないはず。

「うん」

「それなら……いいけど」

 普通の病気の症状とは違う。その言葉を信じるしかないので、ようやくクミルはリーザックから手を離した。

「……クミルのことだから、てっきり質問攻めにされると思った」

 もしくは、一目散に逃げるか。

 自分が人間なら、きっとそうする。山で魔物を見たことがある人でも、こんなに大きな生物を見たことはないだろう。その大きさに恐怖を抱いても、当然だ。

 しかし、クミルは違った。

 叫ぶこともなく、逃げることもせず。最初にしたのは、リーザックの身体の心配だった。

 そのことが、リーザックの心を温かくしてくれる。

「んー、さっきは確かに驚いたんだけど……すごくきれいだった。銀の鱗がきらきらして。リーザックの髪の色と同じね。目の色も。あ……さっき、すごい声が聞こえたけど、あれはリーザックだったの?」

「……うん」

 言われたリーザックは、気まずそうな表情を浮かべる。

「あの声も、やっぱり苦しそうだったわ。リーザック、本当は具合が悪いんじゃないの? 今までもずっと、苦しいのをがまんしてたんじゃないでしょうね」

 怒ったような顔で、クミルがずいっとリーザックに迫る。

「ち、違うよ。えっと……ちゃんと話すから、座らない?」

☆☆☆

 リーザックに(うなが)され、クミルはその場に腰を下ろした。リーザックもその隣に。

 雲が風に流され、太陽が顔を出したので少し暖かくなってきた。

「ぼくの両親が、ザジばあちゃんにぼくを預けた。ぼくが村にいる事情を、クミルはそう聞いてるだろ?」

「うん。……違うの? そういう言い方するってことは、違うのよね」

 リーザックは小さくうなずいた。

「ぼくはカシアの山で、ザジばあちゃんに拾われた。ぼくはね……水竜なんだ」

 はっきり「竜だ」と言われた。さっき、自分の目でも確かに見ているはずだが、クミルはそう聞いてもまだ半信半疑だ。

 父の本で読んだことがある。竜には火、水、風、地に属する竜がいる、と。

 そして、リーザックはその中で水に属する竜ということ。

「水竜って、大きな川や湖にいるんじゃないの?」

 本当に水竜が人間に拾われるのなら、湖の方がしっくりくるのだが。

「うん、普通はね。水竜が、しかも子どもだけで山にいるはずはないんだ。どうしてぼくがカシアの山にいたのか、わからない。ザジばあちゃんも、ぼくの両親のことは知らないんだ」

「リーザックも覚えてないの?」

「うん。ザジばあちゃんが見付けてくれた時、ぼくは生まれて何日か経ってたみたいなんだ。そばにたまごの殻もあったって。近くに水がなくて、しばらく雨も降らなかったから、ぼくの身体はすっかり乾いてたって聞いた。そのままなら、あと二、三日くらいで死んでただろうって言われたよ」

 生まれて数日間、食料どころか水さえもない状態。竜でなければ、とっくに死んでいた。

 ザジが竜の子を見付けたのは、いつものように山へ入って薬草を探していた時。

 その日は少し足を伸ばし、いつもはあまり行かない場所へ向かったのだ。彼女がほんのわずかな気まぐれを起こさなければ、小さな水竜はその場で命を落としていただろう。

 竜は滅多に人前に姿を現すものではない。ザジが竜を見たのは、もちろん初めてだった。

 しかも、子どもで……さらには死にかけている。

 カシアの山に竜がいるなんて、これまで聞いたことがなかったが、それはそれ。今、大事なのはそこではない。

 ザジはリーザックを放っておけず、持っていた水筒の水をかけてから、すぐに村へ戻った。

 家であれこれと世話をするうち、小さな竜の姿が変化してゆく。

「……人間に?」

「うん。人間の赤ん坊の姿になったんだって。状況に応じて身を守ろうとする本能で、魔法を使ったんだろうって、ザジばあちゃんは言ってた」

 鱗と同じ、青みがかった銀の髪。丸く大きな青い瞳。色白の肌。

 そこにいるのは、人の形をした子どもだ。誰かが世話をしなければ、生きていけない小さな命。

 愛らしい赤ん坊の姿になられては、なおさら放り出すことはできない。

 ザジはそのまま竜の子に「リーザック」と名前を付け、育てることにした。

 リーザックとクミルには、クミルの方が十日早く生まれている、という話になっている。正確には、クミルが生後十日の時に、ザジがリーザックを見付けて連れ帰った、というだけ。

 本当の日数はわからないが、十日違いではなく、ほんの二、三日違い、もしくは同じ日に生まれたのかも知れない。

 物心がついてくると、リーザックも「自分にはなぜ両親がいないのか」を疑問に思い始める。親の不在を気にするのは、竜も人間も同じ。

 そばにいるのは、血のつながらない老女一人だ。なぜ、自分は彼女と一緒に暮らしているのだろう。

 真っ直ぐにそれをザジにぶつけてみたが、両親がここへ預けて行ったのだ、とごまかされた。

 最初はそれで納得していたが、今度は「いつになれば迎えに来るのか」といったことも突っ込み始める。

 だが、それを言うとザジが悲しそうな、困ったような顔をするので「言ってはいけないこと」と子どもながらに判断し、言わないようになった。

 本当のことの「一部」を教えられたのは、七つの時。

「お前はね、竜なんだ。水竜の子だよ」

 リーザックはそれを聞いた時、最初は冗談かと思った。

「でも……ぼく、人間だよ」

 日焼けしても、すぐに戻る白い肌。そこに鱗はないし、身長も村にいる同年代の子どもと大して変わらない。形はどう見ても、人間そのもの。

「今のその姿は、お前が作り出したものだよ。自分の魔法で、人間に変身してるのさ」

「ぼくの……魔法?」

 魔法使いという存在はすぐ近くにいたが、自分がさらに強い存在だということが信じられなかった。

 だいたい、今の姿が自分の魔法によるものなら、自分で解けるはずだ。しかし、リーザックはやり方がわからない。

 ザジに「お前のことについて、少し話しておく」と言われたから何を言われるのかと思ったが、リーザックには理解できないことばかりだった。

「こんな片田舎の村に竜がいると知られては、よその人間がどっと押し寄せて大変なことになるだろうからね。お前が竜だってことは、他の人には言わないようにするんだよ。どこから話が広がるか、わからないからね」

 ザジに何度もそう言われたが、リーザックは元から言う気にもなれない。

 自分自身が、竜だと思っていないのだから。

 ザジが嘘をついているとは思っていなかったが、頭から信じるには話があまりに突飛すぎる。

 自分にかけた魔法も解けないのに、そんな竜が存在するのだろうか。

 ザジの話を聞いてもリーザックは「えっ、そうなんだ」というより「ふぅん、そうなんだ」という気持ちにしかならなかった。

 それからまた時は流れ……ザジの話が本当だとリーザックが身をもって知ったのは、彼女が亡くなる半年くらい前のこと。

 ある日の夜中、身体がひどく熱くなって苦しくて、目が覚めた。

 身体中の血が異様に熱くなって、普段の何倍も早く駆け巡っているような感覚に襲われたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ