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12.待ってる

「私達は、ラフェーリアという所に棲んでるの。ここからとても遠い場所。竜の翼でも、数時間かかるわ」

「竜の翼は馬の千倍もの速さだ、と聞いていますが……それでも数時間ですか」

 計算すれば途方もない時間に、ため息しか出ない。

「ええ、人間が立ち入ることのない場所よ。あなた方の持つ地図にも、載っていないわ」

 地図からはみ出た部分にあるのかしら、とクミルは想像する。

 世界の広さもよくわからないのに、それよりさらに外となると、もう想像すらできなくなってきた。

 高速で移動できる竜でさえ数時間かかる距離を、バロは一瞬にして移動したことになる。あの「戻らずの穴」はとんでもない状態を作り出すものなのだと、誰もが改めて感じた。

 戻らずの穴については、ジェスファード達も知っている。何よりも心配なのは、その穴を抜けて出る先で子どもが無事でいられるかどうか。

 竜の夫妻はたまごだったリーザックが連れ去られてからずっと今まで、手探り状態であちこちを捜し回って来た。

 もう一つのたまごは無事に(かえ)り、その子を連れて手掛かりを求めて。

 だが、戻らずの穴の出る先は、無限にある。しかも、出る場所はその時々によりランダム。竜でも、どこに出るかはわからない。

 そして、竜の子どもを捜すには、世界は広すぎた。

 リーザックは「どうして迎えに来てくれないのかな」と思っていたが、竜でさえも捜し切れない広さなのだ。

 それが、性格の悪い魔物のおかげで、現状が打破できたのである。

 バロは乱暴とも言える行為をしたが、結果的に竜の親子を引き合わせてくれたのだから、少しくらいは感謝してもいいかも知れない、とクミルは思った。

 バロが目の前にいても、そんなことは絶対に言わないが。

 ようやく聞けた。ずっとリーザックが疑問だったこと。

 どうして山の中で、水竜の自分が生まれることになったのかを。

 魔物達の悪ふざけが、全てよくない方へ向かった結果だった。両親に何か危険なことがあった訳でも、生まれる直前に自分を(うと)ましく思った訳でもなかったのだ。

「ねぇ、リーザックもラフェーリアへ行っちゃうの?」

 行く……ちょっと違う。この場合、帰る、だろう。ラフェーリアという場所が、本来リーザックがいる場所なのだから。

「うん……」

 どちらにしろ、リーザックはここから出て行くのだ。捜しに行くはずが迎えに来てもらった、という状況に変わっただけなのだから。

「でも、竜祭りが終わってから。三日後……もう二日後、かな。明後日の祭りを見たいんだ」

 ある意味、竜であるリーザックが今回の騒動の中心となった祭りだ。せっかくだから、見収めておきたい。

「いいかな……」

 父と母の顔を窺いながら、リーザックが尋ねる。

「いいわよ。あなたと一緒にいられるなら、どこでも構わないわ」

 その言葉に、クミルも今まで見たことのない笑顔を浮かべるリーザックだった。

☆☆☆

 祭りが終わるまで、竜の親子はそれまでリーザックが暮らしていた家ですごすことになった。

 親子の尽きない話があるだろう、とクミルは起こしに行くのを遠慮するつもりだったが、朝になるといつものようにリーザックは顔を出した。

 竜の夫妻も一緒に。

 シュミルは心得ていたようで、ちゃんと朝食の数は増やされている。

 その後、竜夫妻は村を散策してくる、と言って出掛けて行った。まだ村人達には彼らのことを話していなかったが、リーザックに似たその姿を見れば、何となくでも予想はできるだろう。

 クミルはてっきり、リーザックは両親にべったりだ、と思っていたのだが、一緒に行く様子もない。

「ようやく会えたのに。たっくさん話したいこと、あるんじゃないの?」

「うん。でもいいんだ。これからいくらでも話せるから。今はクミルと一緒にいたい」

「……今までさんざん一緒にいたじゃない」

「そうだね」

 言いながら、リーザックは笑った。

 この笑顔ももうすぐ見られなくなるのかと思うと、クミルは何をどうしたらいいのかわからなくなる。

「ラフェーリアには、ぼくの弟がいるんだって。何だか妙な気分だな」

 リーザックを捜し回る時は、一緒に連れられていた。だが、今回は行き先がはっきりしているし、もう親にずっと守ってもらわなければならない程に幼くない。

 ということで、今はラフェーリアで留守番をしているそうだ。

「リーザックがお兄ちゃんでも、ちっともおかしくないわよ。あたしの方が誕生日が早くても、リーザックの方がしっかりしてるってずっと言われてきたもん」

 そんな兄のような、弟のような、それ以上の存在がなくなって、これからどうしたらいいんだろう……。

「クミル、昨夜お父さんとお母さんと話していたんだけどね……ぼく、ラフェーリアへ行くけど、また戻って来るよ。その時は、自分の力で」

「え?」

「今はまだ、自分の魔力をうまく制御できないんだ。魔力があるっていう、自覚もあんまりないからね。やっぱりそのせいで、いきなり竜に戻るみたい。だけど、もう少しちゃんと自分で使いこなせるようになったら、クミルに会いに来る。ずっとさよならって訳じゃないんだよ」

「ほんと? ほんとに戻って来る?」

「うん。少し時間はかかるかも知れないけどね。今まで意識して魔法を使っていなかったから、本当に最初から勉強しなきゃいけないし。でも、絶対戻って来るよ。だから、クミルも魔法の勉強、ちゃんとしておいてね」

 これっきりじゃない。

 ご飯を食べたり、笑ったり、ちょっとケンカしたり。この村で暮らしていくことはなくても、二度と会えなくなる訳ではない。

 一緒にいられなくなっても、また会える。触れ合えるのだ。

 淋しいけれど、楽しみは生まれる。

「うん……うん、わかった」

 しっかりと互いを抱き締めながら、ふたりは再会を約束した。

 そして、祭りの日。

 リーザックが沈められるのでは、とクミルが思い込んだ祭りのメインイベントが始まる。

 木で作られた竜が、漁の無事と豊漁を願って沈められた。誰が作ったのか、木の竜はかなり大雑把な作りだ。これじゃ本物を沈めたくなる訳だ、などと、今なら笑いながらそう思える。

 村人と同じように祭りを見ていた竜夫妻だが、ジェスファードが水際まで進み出た。

 手を水にひたしていると、湖面が一瞬銀色に輝く。陽に照らされた時とは別の美しさだ。

 見ていた村人の間で、大きなどよめきが上がった。

「この先、レイジの村の人がこの湖で命を落とすことはない」

 その言葉に、新たなどよめきが上がる。まさか竜祭りで本物の竜から恩恵を受けるとは、思ってもみなかった。

 ジェスファードにすれば、これまで息子を見守ってくれた村人への礼にすぎない。このくらいは楽なものだ。

 漁の安全を約束された村人達。その後は、宴でおおいに盛り上がった。

 楽しい時間はすぐに過ぎ、片付けは明日に残して村人達は三々五々帰って行く。クミル達も、村の広場から自宅へ向かった。

「クミル、元気でね」

 帰る途中でふいに言われ、クミルは振り返った。

 横を歩いていたはずのリーザックが、いつの間にか少し離れた場所に立っている。その近くには、彼の両親が。

「え……リーザック、もう行っちゃうの?」

「うん。祭りも見られたしね」

 そう、彼は「祭りを見てから行く」と言っていたのだ。

 そして、竜祭りは無事に終わった。

 てっきり「お別れは明日の朝だ」と思っていたクミルは、頭の中が真っ白になる。

 しっかり見送ろう、と決めていたはずなのに。今になってまた「行かないで」と言いたくなってくる。

 でも……そんなことは言えない。

 竜夫妻は会釈すると、竜の姿を現わした。月の光に当たり、青みがかった銀の鱗がきらめく。あの日の昼間、リーザックを見た時とは別の美しさだ。

 初めて竜の姿を見たダイハとシュミルは、クミルの後ろで息を飲んでいる。

「ぼくはまだ飛べないから、お父さんに乗せてもらうんだ。でも、今度会う時は、昨日も言ったけど自分の力で来るからね」

 約束した。約束してくれた。絶対戻って来る、と。

「絶対……絶対だからね、リーザック!」

「うんっ」

 クミルの言葉に大きくうなずき、リーザックはジェスファードの背中に乗った。

 竜達の背に、それまでなかった大きな銀の翼が現れる。

「リーザック、待ってるからね」

 クミルの言葉と同時に、竜が羽ばたいた。

 まばたきする間に空高く浮かび、その姿が小さくなる。そのまま、竜達は南へ向かって飛んだ。

 見えなくなるまで……と思っても、その時間は短かい。ダイハが馬の千倍の速さ、と話していたが、本当に一瞬だ。ちゃんと手を振ることさえ、できなかった。

 さっきまで竜達がいた場所が、ひどくがらんとしているように感じる。この辺りはこんなに広かっただろうか。

「父さん、リーザック……本当に戻って来てくれるかなぁ」

 まばたきする間に、行ってしまった。消えてしまったようにすら感じる。

 唐突にいなくなってしまったようで、クミルは急に不安になってきた。

「約束したんだろう? だったら、戻って来るよ」

 袖で目をこするクミルの肩に、父の温かい手が置かれた。

「クミル、ちゃんと戻って来るわ。ここは、リーザックの家がある場所だもの」

 シュミルの言葉に、クミルは小さくうなずいた。

 そう、ここにはリーザックの家がある。彼の育った家が。ここは彼が育った場所。リーザックが竜だろうと何だろうと、彼の故郷だ。

 クミルは、竜の姿が消えた方向をもう一度見上げる。

 待ってる、リーザック。絶対だよ。あたしも負けないくらい、魔法の勉強しておくからね。

 もう姿は見えないはずの空に、銀の光が一瞬輝いたように見えた。

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