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11.夜中の来訪者

「ぼく……お母さんとお父さんを捜しに行こうと思ってるんだ」

 リーザックはカシアの山で見た、戻らずの穴の話をした。自分がそこから来たらしい、ということも。

「それがわかったからって、何の手掛かりにもなってないんだけど。お母さんとお父さんは、もうぼくが死んでると思ってるかも知れない。だから、迎えに来てくれないんじゃないかなって。それなら、ぼくから捜しに行こうって思ったんだ」

 捨てられた……という可能性はゼロではない。でも、捜しても無駄だろうと両親があきらめてしまった、という可能性だってゼロではないはず。

「そうか。戻らずの穴については聞いたことがあるが、カシアの山にあったとは。……大変だよ。リーザックが思ってる以上に、世界は広いんだから」

 戻らずの穴のことがわかっても、その向こう側がどこへつながっていたのか見当もつかない。捜す場所は無限にある。

 竜は人間の街や村にはいないだろうが、世界は街以外の場所の方が何倍も多いのだ。

「うん、クミルも言ってた。……でも、会いたいから」

 ダイハのことは父親のように思っているし、シュミルのことは母親のように慕っている。クミルが言ったように、彼らはリーザックにとって家族と同じ。

 でも、生みの親に会いたい、という気持ちも捨てられない。それに、カシアの山で生まれることになった事情も知りたかった。

「リーザックの気持ちはわかったよ。私達は見送るしかできないけれど」

「ありがとう、ダイハおじさん」

「……」

 クミルが、リーザックにしがみついた。

 何がどう変わっても、リーザックがここからいなくなることは変わらない。

 竜とわかったら「怖いから出て行け」と言われるかも知れない。そうなる前に村を出る、とリーザックは言った。

 今は村人みんなが、リーザックは竜だ、ということを知っているのだとわかった。それなら、村を出て行く必要はない。

 クミルは期待を込めてそう考えていたが「リーザックが竜だからうんぬん」は「村を出る理由の一つ」でしかなかった。

 リーザックは、両親に会いたいから村を出るのだ。

 本当にリーザックが村を出ると言うのなら……両親が言うように、見送らなければならない。

 でも……したくない、というのもクミルの本音だ。

 そんな彼女の頭を、リーザックはぽんぽんと軽く叩く。

 その時、誰かが扉をノックする音が聞こえた。

「ん? 誰かな」

 もう夜も遅い。ふたりの子どもが無事に見付かったことは、村人みんなが知っている。こんな時間に何か用があるとも思えなかった。

 だが、確かにノックの音はしたので、ダイハは扉へ向かう。

「……リーザック?」

 クミルがふと見たリーザックの表情は、何だか驚いているみたいだ。ダイハが開けようとしている扉を凝視している。

「夜分に申し訳ない。ここにリーザックという子どもがいるはずだが、会わせてもらえないだろうか」

 クミルの位置から来訪者の姿は見えなかったが、村人ではなさそうだ。低い、でも優しい声で、言葉もしっかり聞こえた。

「どうぞ」

 ダイハは相手の名前を聞くことなく、来訪者を中へ入れた。

「リーザック、おいで」

 ダイハは来訪者を家に迎えつつ、リーザックを呼ぶ。リーザックは、どこかふらふらしたような足取りで、ダイハの方へ歩いた。

 入って来たのは、青みがかった銀の長い髪に深い青の目をした、二十代半ばくらいの男女。

 その姿を見て、クミルも呆然となる。父が名前も聞かず、見知らぬ来訪者を迎え入れたのも、納得した。

「遅くなってごめんね、リーザック」

 きゃしゃな女性が……人の姿になったスィーディラスが膝をつき、両手を広げる。その中へ、ためらうことなくリーザックは飛び込んだ。

 少年の後ろから男性が……ジェスファードが妻ごと包み込むようにして抱き締める。

 しばらくの間、無言だがとても優しい空気が流れた。

「……どうして」

 最初にそうつぶやいたのは、クミルだった。

「リーザックが捜しに行くって言った途端、どうしてお父さんとお母さんが迎えにきたの?」

 どちらも、リーザックにどこか似ている。銀の髪も、青い瞳も、整った顔立ちも。

 彼らが名乗らなくても、リーザックの両親だということはわかった。

 しかし、この十年間、何の音沙汰もなかったのに。突然現れれば「なぜ?」という気にもなる。

 リーザックの両親ということは、彼らも当然竜。だが、今は人間の姿だし、そんなに大きな驚きはない。(本当は大騒ぎするレベルなのだろうが)

 それよりも、なぜここがわかったのか、という疑問の方が大きい。

 たまたまだとしても、タイミングがよすぎる。

「カシアの山の魔物に、ここを教えてもらったんだよ」

 同じように不思議そうな顔をしている息子に、ジェスファードがそう言った。

☆☆☆

 ジェスファードの説明によると「カシアの山の魔物」というのは、バロのことらしい。

 リーザックとクミルが昼間会った、猿顔の魔物だ。

 クミルを戻らずの穴へ放り込もうとして、逆にリーザックによって自分が放り込まれたのだが、その行き着いた先がラフェーリアだった。

 リーザックの通った穴が、()しくもカシアの山からラフェーリアへまたつながったのだ。

 しかし、バロは着いた場所のことなど、何もわからない。見回した限り、自分が棲んでいたカシアの山と、環境はそう変わらないように見える。

 だが、今はそんなことなど、どうでもいい。

 とにかく自分が戻らずの穴へ放り込まれたことに対してひどく怒り、誰もいない所でグチグチ文句を言っていた。

「あの水竜のガキ、みなしごのくせにっ」

 クミルが聞いたら問答無用でぶっ飛ばされるような言葉を、いくつも羅列して鬱憤を晴らしていた。次に会ったら、首の骨をへし折ってやる……などとも叫んで。

 水竜の子の首を……?

 それを近くにいた森の妖精達が聞き、あまりにも穏やかならぬ言葉に不安を覚えた。

 水竜に子どもがいると知っているし、その子をこんな魔物がそう簡単に殺せるとは思えない。

 だが、叫んでいるのは、初めて見る魔物。外見だけではどんな力を持っているかわからないので、妖精達は急いでジェスファードに魔物の存在を伝えた。

 みなしごの水竜。

 ジェスファードは、その言葉に引っ掛かった。

 竜がみなしごになることなど、まず聞いたことがない。もちろん、皆無ではないだろう。何らかの事情で親が亡くなり、子どもだけが残されたのなら、みなしごと呼ばれることになる。

 自分の子がどこかで生きているなら、親である自分達がそばにいないということでみなしごと呼ばれるだろう。

 まして「水竜」と属性を限定されれば、見失った我が子である可能性は一気に高まる。

 確かめずにはいられない。

 すぐにジェスファードはその魔物を追い、捕まえた。妖精達が居場所を把握してくれていたので、捜し回る時間はかからない。

 何かしらの攻撃をするまでもなく、バロはあっさり捕まった。前置きも何もなく、ジェスファードは誰のことを言っていたのかを聞きただす。

「みなしごとは、誰のことだっ」

 成獣の竜を見たのは初めてのバロだったが、相手が竜でなくてもその勢いに「喰われるのでは」と青ざめた。

 巨大な前脚で押さえ付けられ、とても逃げられる状態ではない。

 だが、喰われるのではなく、質問をされた。最初は何のことを言われているのかわからなかったバロだが、相手の青い目で「水竜」だと気付く。

 そこから、水竜の子であるリーザックのことを聞かれているのだ、とわかった。

「あ……あ、あのぼっちゃんは、おいらが色々と世話をして……」

 浅知恵で、ここは竜に恩を売っておこうと考えたバロ。こうなるまで全く関わりなどなかったくせに、まるで自分がリーザックを育ててやったかのように話す。

「ほう。それにしては、ずいぶんと汚い言葉を吐いていたようだが」

 ジェスファードが冷たい目を向けた。その冷たさに、バロは凍りそうな気分になる。全身に冷や汗が吹き出た。

「いや……その……ちょっとケンカしちまったもので、おいらも興奮して」

「次に会えばその子を殺しかねないようなことも、言っていたのだろう。世話をしていた? どのようなケンカをすれば、そんな相手を殺してやろうと思うのだっ」

 バロが口にしていた言葉は、それを聞いていた妖精からジェスファードに全て筒抜けだ。

 それを知らないバロは、竜に恩を売るつもりが逆に怒りを買うことになってしまう。

 睨み殺されそうな竜の眼光に震えながら、バロは自分が知っていることを話した。

 と言っても、たまに村を覗いて「こんな奴がいる」と知っている程度。リーザックとちゃんと会話したのも、今回が初めてだ。

 しかし、ジェスファードには十分な情報だった。

 息子の名前と居場所を聞いてすぐに、ジェスファードはスィーディラスとともにレイジの村へと飛ぶ。

 そして、水竜の……息子の気配を見付けた。

「あなたに名前を付けてあげられなかったのは残念だけど……いい名を付けてもらったのね、リーザック」

「うん。ぼくを育ててくれたザジばあちゃんが、付けてくれたんだ」

 言ってから、リーザックは確認するようにダイハを見た。

 話を聞いてると、どうもザジは説明不足なことが多かったようで、リーザックという名前はザジが付けたと聞いたが、改めて言われるとちょっと不安になってきたのだ。

 それがわかったダイハは、笑いながら「そうだよ」とうなずいた。

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