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10.言葉足らずと思い違い

「ザジも人が悪いなぁ。黙ったままなんて」

 ダイハが困ったように笑う。

「自分がわかってるから、リーザックもわかってるって思い込んでいたんじゃないかしら」

「ああ、ありえるね。自分と同じ情報を相手も持ってると思って話をすることは、よくあるから」

 シュミルに言われ、ダイハも納得したようにうなずく。

「えっと……」

 何をどう考えればいいのだろう。

 子ども達の頭の中では、大人の言うことがつながってくれない。

 しかし、思い返してみれば、リーザックが竜だと告白しても、二人は全然驚いていなかった。

 うん、そうだよ。それで? みたいな感じで。

「じゃあ、ちゃんと説明しようね。村の大人達はみんな、リーザックがここへ来た時から、竜だってことを知ってるんだよ。それと、本物の竜を沈めるなんてことはしない。だから、リーザックを沈めるなんてことはしないよ」

 竜祭りの時、昔は湖には魚を、山には猪を奉納していた。しかし、竜祭りと言うのだから竜の方がいいのでは、と言い出す村人がいたらしい。

 次の祭りまでの間隔が長いため、その村人の言葉がこの祭りのやり方だと思った子孫達が、作り物の竜を奉納するようになっていった。

 古い文献に、それぞれの場所にそれぞれの供物(くもつ)を奉納する、という(むね)が書かれていたが、こちらの方がいいのでは、という意見が多くてこういう形になったのだ。

 なので、本物の竜が現れたところで、その竜を供物にする理由はない。そもそも、竜祭りという名前の由来は文献にもなく、不明なのだ。

 父から祭りの話を聞いたクミルは、すっかり力が抜けてしまった。

 昼間村人が話していたのは、単なる冗談だったのだ。それをクミルが本気にしてしまい、今回の騒動を起こしてしまった。

 いや、大人にとっては冗談でも、子どもにとっては冗談ではすまない。大切な家族の命がかかわる話だったのだから。

 今になってダイハが「悪い冗談を言うな」と言っていた意味がわかった。

「竜祭りのことはわかったけど……どうしてみんな、知ってるの? ぼくを見付けたのは、ザジばあちゃんでしょ?」

「見付けたのはね。そして、村へ連れ帰った。それが昼間だったんだ。村人の目に入らないはずがないだろう? 小さな村だしね」

 もちろん、全員ではなかったが、半分近い村人が「何を連れて帰って来たのか」と注目した。

 最初はきつねか何かの獣だと思ったが、形が違う。毛もない。陽に当たってきらきらするのは鱗だとわかったが、明らかに魚ではなかった。

「ザジ、これは……竜ですよ」

 ダイハも本でしか知らない竜。初めて目にするが、間違いない。その形は、確かに竜だ。

「やっぱり、そうなのかい。まぁ、それはそれとして……どうしてやればいいんだい?」

 ザジが水をかけたことで一命は何とか取り留めていたものの、まだ弱っていたリーザック。意識がないのか、あっても目を開けるだけの力がないのか。村へ連れて来られても、ぐったりしたままだ。

 その色から、ダイハは水竜だと判断した。まだ身体の表面が乾いている部分があるので、とりあえず桶にぬるま湯を入れ、その中へリーザックを入れる。

 水にしなかったのは、水竜とは言え、弱っている子どもに冷水はよくないのでは、と思ったからだ。

 逆に、冷水でなければならなかったら、と不安になったが、特におかしな変化は起きなかったので、見ていた村人もほっとする。

 そこまではいいとしても、竜の子が何を食べるのかなんて記述は本にない。衰弱しているから栄養が必要だとは推測できるが、何を与えたものか。

 悩んだダイハは、自分の魔力を少し注いでみた。普通の生き物ではないから、魔力を得れば何かしらの力に変換できるのでは、と。

 それが功を奏したのか、リーザックの身体に輝きが少し戻った。閉じていた目も、少しだけ開く。

 美しい青の瞳が見え、村人は感嘆していたが、次の瞬間にはどよめきに変わった。

 小さな竜のリーザックが、人間の赤ん坊に姿を変えたのだ。

 ダイハが注いだ魔力を使ったのか、元から持っていた自分の魔力か。

 最初からその姿しか知らなければ、人間の子としか思えない。

 周囲と合わせることで危険を回避しようとする本能が働いて、魔法を使ったんだろう……とは、ダイハの言葉だ。

 リーザックはてっきり、ザジが言ったものだ、と思っていたが、そうではなかった。この辺り、ザジは言葉足らずな部分があったらしい。

 人間に変わったものの、その成長は異様だった。

 三日間はそう変わらず「人の姿になったのなら」とシュミルがクミルと一緒に母乳を与えていた。何も与えないよりはいいだろう、と。

 それが四日目で首がすわり、軟らかい物なら食べられるようになる。

 七日目には歯が生え、伝い歩きを始めた。十日目にはひとりで歩き出し、片言で話もするように。

 竜の姿を見損ねた村人も、新しく来た赤ん坊が(いちじる)しい成長をしているのを見れば、人間ではない、ということを認めざるを得なかった。

 ただ、それ以降は目立った成長ぶりは見られなくなる。恐らく、クミルを見て早すぎたことを悟ったのだろう。

 ただ人間の子の姿になるだけでは駄目なのだ、と。

 そうやって懸命に溶け込もうとしている小さな命を見て、村人達は騒がずに見守ってやろうと考える。

 人間の近くには滅多に姿を現わさない竜。その子どもが村にいるとわかれば、よその街や国から魔法使いや物見遊山(ものみゆさん)の人間が押し寄せるだろう。

 そうなれば村人も振り回されるし、リーザックはそれ以上に振り回されるのが容易に想像できる。

 それに、よからぬことを考えた人間によって、傷付けられるかも知れない。

 そもそも、山にいるはずのない水竜がいたこと自体、おかしな話だ。かなり深い事情があると思われる。

 ここはよそ者に悟られないようにしなければ……ということで、誰も「リーザックは竜だ」ということを口にしなくなった。

 ザジが「竜であることを人に言うな」と言ったのを、リーザックは村人も含めた「人間全て」にだと思っていたが、そうではなかったのだ。

「何よぉ……みんな知ってたなんて、ずるいわ……」

 あんなに必死に逃げようとした自分が、とんでもなく間抜けではないか。

 みんなが事実を知っているとわかっていれば、魔物におかしな目に遭わされることもなかったし、足をくじくこともなかったのに。

「すまなかったね、クミル。十四、五歳以下の子どもはみんな知らないんだ。あえて知らせてない。悪気がなくても、子どもの口から出てしまうこともあるからね」

 レイジの村は小さいが、他の村や街ともそれなりに交流はある。つまり、よそから人が来ることもあるのだ。

 その時に、子どもの口からポロッとこの話が出ることもありうる。それを避けたかった。

 当時、四歳や五歳だった子どもなら、少しは記憶が残っているかも知れない。おぼろげでも、リーザックのことをわかっている子はいるだろう。

 しかし、それ以下の子どもは幼かったために単純に忘れたり、竜と聞いても理解できない。何も知らないまま、今は普通にリーザックと接している。

 そんな環境を、大人がわざわざ壊す必要はない。まだ十歳のクミルについても、例外ではなかった。

「……よかった、リーザックが沈められずにすんで」

「ありがとう、クミル」

 リーザックは座っているクミルのそばへ行き、彼女を抱き締める。

 クミルは本当にリーザックのことを思い、守ろうとしてくれた。単なる勘違いで終わったが、クミルの気持ちは本物だ。それは間違いない。

「あの……ね、ダイハおじさん。ぼく、竜の姿に無理矢理戻る時があるんだ」

 知られているなら、話すことができる。魔法使いなら、何らかの対処をしてくれるかも知れない。

「竜になったリーザック、すごくきれいなのよ。お日様に当たって、銀色に光ってるの。瞳も真っ青で、宝石みたいなんだから」

 話しても問題ないとわかった途端、クミルは自分が見たリーザックの姿を語る。

 あの時の感動を、話さずにいられないのだ。信じられないくらいきれいな姿だったから。

 ……こうなるから、子どもには真実を伝えられなかったのだ、ということにクミルは気付いていない。

「無理矢理なのかい? 人間の小さな器じゃ、竜の魔力はおさまり切れないんだろうね」

「そうなのかな。戻る時、苦しくて……がまんしようとしても、声が出るんだ」

 リーザックの話を聞いて、ダイハは昼間も問題にしていた声の正体を知った。まさかこんな近くに、声の主がいたとは。

「勝手に竜の姿になって、しばらくしたらこの姿に戻って。ひと月に一度だったのが、最近は二度に増えてるんだ」

「勝手に、か……。リーザックが意識して魔法を使えば、今より安定するかも知れないな」

 これはダイハの推測だ。

 人間の使う魔法と竜のそれとでは違うだろうし、これまで押さえ付けていた力が暴走気味なのだとしたら、そう簡単にはいかないだろう。

「リーザックは水竜なんだし、棲む場所をフィリールの湖に変えるのも一つの手だな」

 力が暴走して姿が変わるなら、最初から竜の姿に戻れば落ち着くはず。

 フィリールの湖は大きいし、深い。もちろん、浅い所もあるが、湖面だけを見ても村より広いのだ。リーザックが水竜の姿に戻って暮らすとしても、特に問題はない。

 これまでのように暮らしたいのであれば、昼間は人間の姿で村にいて、夜は竜の姿で湖にいる、という生活パターンも可能だろう。

 ただ、場所によっては村人以外の人間に、その姿を見られることがある。そうなれば、村人がずっと黙っていた理由、つまり他の地域から人間が押し寄せる事態になりかねない。

 そんなことになれば、リーザックの精神的な負担になる。竜の身体がどれだけ大きくても、リーザックがまだ十歳の子どもであることに変わりはないのだ。

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