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銀のカルーセル  作者: 白毬りりま
クレール・ネージュは春を告げる

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007.大魔術師の経歴


 そろそろ街の外れに差し掛かるが、一向に手を離されない。

 何が楽しいのか、時折揺らされる手はまるで子どものようだ。景色が住宅街から草原に変わると、余計に長閑さが増した。


「それにしても、貴方って腕っ節が強いのね。吃驚したわ」


 吃驚したと言いつつ、クレールはそう驚いた風情もない。何せ、エドガーの背は街の男たちよりも高い。肩幅もローブを脱げば意外とがっしりしているのだ。

 不本意ながら繋がれている手の皮も固い。正直、魔術師というより騎士と言った方がしっくりくる。


「そりゃ、伊達に毎朝騎士たちに混ざって剣を振ってない」

「剣? 魔術師って、魔術だけでなくて剣もやるの? 騎士や兵士みたいに」

「俺は魔術師にならなかったら軍に入る予定だったからな。今でも基礎練習は続けている」


 全くの初耳だ。クレールは灰青の双眸を真ん丸にするが、何故かエドガーも同様の反応だ。


「言ってなかった、か?」

「聞いてないわ……?」


 何せ、顔を合わせたのはこれが二回目なのだ。そんなことを話すような仲になった覚えはないし、街の人間もそこまでは話していなかった。


「いえ、でも待って……さっき、騎士様のことを士官学校時代の同期だって……」


 士官学校は、軍の幹部候補者を輩出する学び舎のはずだ。クレールが知る限り、魔術を研究する魔術学院とは全く異なる施設の筈である。

 どちらもミラ・ブランシェの子どもが基礎学力を修めるために通う幼年学校を卒業後、十五になる年で門を叩くような位置付けだ。

 仮にエドガーが士官学校を卒業後に魔術学院に進学していたとしたら、歳が合わない。


 混乱するクレールに、エドガーは苦笑を漏らした。


「俺の家が宰相家だっていうのは知っているか?」

「……一応」


 王家と縁深い筆頭公爵家ウィリス。建国時から王家を支える、由緒正しい一族。

 その地位は盤石で、ここ数百年はずっと当主が宰相位を保持し続けている。


「ミラ・ブランシェを治めるミラレーヌ王家には、三人の子どもがいる。上から王子、王子、王女だな。で、うちは第一王子と同い年の兄と、第二王子の三つ下の俺……ここまではいいか?」


 クレールはこくりと頷く。そこまでは、国の住民なら何かしらの手段で知っている話だ。


「第一王子の側近として兄が家督と宰相位を継ぐのはほぼ決まっていたから、次男の俺は国軍の総帥になる第二王子の側近として軍に入ることが、生まれた時点で決まっていたんだ」


 そのためエドガーには、三歳年上の第二王子に置いて行かれぬよう、幼少時から大量の教師を付けられていた。

 起きている時間はほとんど王の子たちと共に過ごし、時に王宮で寝泊まりしながら年に見合わぬ文武や教養を修めた。


「貴族では偶に聞く話だな。だから俺は幼年学校に通わず、十二になる年に士官学校に入学したんだ」

「それがどうして魔術師になるの……?」

「二年次に士官学校と魔術学院で交流会があったんだ。どちらも卒業後に王宮で顔を合わせることがなきにしもだからな、学生の内から仲良くしとけって上からのお達しで」


 士官学校も魔術学院も、貴族の子息が多く通う場所だ。

 魔術学院は平民でも時折才ある者が推薦を受けて入学することがあるが、高等学問分野であるからか、極稀だ。簡単な魔術くらいなら、街の魔術師が弟子として教えてくれるから、なおさら。

 士官学校はそもそも軍の幹部候補を輩出するためとあって、貴族の子息にしか門戸が開かれていない。

 双方に貴族の社交を求められるのは、必然だった。


「ちょっと魔術式の仕組みを聴いて試してみたら、思いがけずその場の誰よりも使い熟せてしまった」

「ええ……?」

「それで士官学校の三年次から魔術学院にも編入した」

「意味がわからない……」

「それ、学院の教授にも言われた」


 魔術師の中でも権威ある存在でさえそう思っているのなら、辺境の平民であるクレールに理解しようがない。


「貴方、学院を飛び級で卒業したのよね?」

「よく知ってるな?」

「街の皆が話しているもの」


 凄いお貴族様がやって来たのよ。

 筆頭公爵家のご子息様で、王様の覚えもめでたい魔術の天才。

 なんと、あの卒業が難しい魔術学院を、飛び級してご卒業されたんだとか。


 街中を歩けば、似たような話はいくらでも耳にした。

 まだ彼らがこの街で目立った功績を立てていないから、余計にその話が繰り返されているのかもしれない。だが王都から遠く離れた辺境の街では、国王認可の機関で、かつ国王に目をかけられているだけで、今はまだ十分なのだ。


「魔術って、適性がなければ全く使えないのでしょう? それがぽっと出の貴族のお坊ちゃまが順風満帆に入学と卒業に漕ぎ着けるものなの? そもそも何年制?」

「魔術学院は六年制だな。ちなみに士官学校は四年制のところを三年で卒業したぞ。本格的に魔術の研究がしたかったから」

「さっき、その士官学校三年次で魔術学院に編入したと言わなかった……?」

「言った」


 クレールは空いていた左手の指を一本ずつ折ってみた。

 仮に幼年学校を卒業後に順番に士官学校と魔術学院に入学していれば、卒業は最短で二十四になるだろうか。少なくとも十八ではない。


「君は計算が苦手なのか?」

「加減は五桁同士までしかすぐに計算できないわ」

「十分だな?」


 釈然としなささに、クレールは頭を抱えたくなった。手を繋がれていなければ、髪を掻き回していたかもしれない。


「確かに、魔術学院の卒業は困難だとされている。一応教育課程は六年制だが、進級のためには定められた単位を取って試験を受けなくてはならない。必修単位が取れなければ、何年経っても一学年だ」

「貴方、その魔術学院を飛び級しているのでしょう……?」

「してる。二年次までに卒業に必要な単位を取り切って、二年くらい気侭に研究して、残り一年でマギステル試験のための研究と論文作成を行っていた」


 文武両道を通り越して、まるでお伽噺に出て来る王子様や英雄もかくやな秀才振り。このまま世界救世の旅などに出れば完璧なのではないか。

 今のところ、そのような脅威が起こっている話は聞かないが。


「貴方……もしかしてとてもつよい……?」


 漏れてしまった疑問は、具体的な意味を持っていなかった。それでも明晰な彼は意図を汲めたようで、そうだなと嘯く。


「取り敢えず、マギステルの試験を受けるのを止めに来た王宮の隊長職を三人叩きのめしたくらいか?」

「ええ……?」

「士官学校の最後の方は、仮配属先で山賊対峙しながら、魔術学院の昇級試験論文を書いていた」

「ええええ……?」


 そろそろ理解の範疇を越えて来た。クレールは一般常識に乏しい方だが、それ抜きにしても規格外なのではないだろうか。


「元々子どもの頃、それこそ物心つく前から三歳も年上の第二王子に対して並び立てるようにと教育を受けていたんだ。この程度のこと、大したことない」

「貴方にとっては、そうなのでしょうけれど……」

「とはいえ、まさか領主代行の任まで押し付けられるとは思わなかった」

「そう、なの?」


 てっきり、為政者としても素質があるから、シルヴェ・ティティアに遣わされたのだと思っていた。

 だが彼としてはそうではないらしく、見上げた横顔は何処か渋い。


「普通塔持ちの魔術師は、既に領主がいる街に行くんだ。マギステルは魔術師であって、政治家ではないからな。だからシルヴェ・ティティアに来たのは、半分くらい宰相である親父の嫌がらせ……あの野郎、そのうち俺が音を上げて魔術師を辞めると思っているらしい」


 感情のない低い声に、クレールは何と返していいのかわからない。困惑が伝わったのか、若き大魔術師は肩を竦めた。


「まあ、領地経営は兄のついでに習っていたし、此処には優秀な政務官がいるから、何とでもなっているがな。無能な領主なんて、それこそ街の住民への嫌がらせだ」


 だからと言って、簡単に引き受けられるものでもないだろうに。

 ただの領主ならまだしも、此処は由緒正しい辺境伯領だった場所であり、長らく領主を失っていた地だ。その責任の重さは、計り知れない。


「それでも……少しでも可能性があるのなら、どうしても魔術師になってみたかったんだ」


 繋いだ手に込められた力が、僅かに強まる。秀麗な横顔は、この時ばかりは年相応の青年に見えた。


「貴方、頑張っているのね」


 ふと湧いて出たのは、ありきたりな言葉だ。

 ともすれば陳腐になりかねない、しかしクレールの純粋な称賛に、エドガーは翠の双眸を細めた。


「散々反対されたけれどな。それこそ、顔すら碌に覚えていなかった奴からも、殿下を見放すのかって」


 彼の教育のために、きっと多くの人間の時間と費用がかけられていた筈だ。それこそ、クレールでは想像もつかないほどの。

 それを僻んだり妬んだりする者は、少なくはなかったのだろう。


「だが第二王子の側近は、俺だけじゃない。グレンだってそうだったが、俺がシルヴェ・ティティアに行くって聞いてついて来たし。何より当の第二王子が背を押してくれたんだ。馴染みのマギステルがいれば何かの際に役立つだろうと、茶化し気味ではあったが」


 ふっと、青年の顔に大魔術師の面差しが戻る。それは彼の持つ覚悟の現れだ。


「君たちの期待に応えられるように、これからも邁進していくつもりだ」


 翠の双眸に湛えられた真摯さに、クレールは息をするのも忘れて魅入られた。




 澄んだ鐘の音が響く。空を見上がると、夜に撫でられた東側から色が変わり始めていた。


 小屋の前で買い物籠を受け取ったクレールは、茶くらいは出すべきかと逡巡した。だが彼女が何かを言い出す前に、エドガーは手をひらめかせる。


「ちゃんと戸締りしろよ」

「わかっているわ」

「では、また。おやすみ」


 それだけを言い残し、エドガーは来たばかりの道を帰っていく。


「本当に散歩だったのね……?」


 茶くらい振る舞おうと思っていたのに、なんだか拍子抜けだ。

 クレールは荷物を抱え直すと、玄関扉に手を伸ばした。鍵を開けてドアノブを回せば、白く細長い影が飛び出してくる。


「あら、グレースちゃん。お出迎えしてくれたの?」


 白蛇は暫くきょろきょろと辺りを見渡していたが、クレールしかいないのを見て取ると不思議そうに首を傾げた。


「ああ……うん。エドガー、帰っちゃったわ。まだお仕事があるそうよ」


 白蛇はへにゃりと不満そうに頭を垂れ、やがて拗ねたように小屋の中に戻っていった。窓際の籠の中に入って行ったのを見るに、不貞寝でも決め込むのだろう。

 感情豊かな愛蛇の行動に、クレールは笑みを零す。


 次に彼が訪ねてくるようなことがあれば、家に上がって貰おう。その時は、自分が茶を淹れてもてなすのだ。

 クレールはささやかな未定に思いを巡らせつつ、玄関の鍵を閉めた。




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