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銀のカルーセル  作者: 白毬りりま
クレール・ネージュは春を告げる

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18/29

017.崩れた雪像


 夜の鐘が鳴るのはまだ一時間ほど先だろうが、影が少し濃くなって来た。

 雪祭りの間は不思議と雪が積もらないとされているが、この冷え込みだと今晩は降るのかもしれない。


「そろそろ時間かな」


 雪像会場へ向かう道すがら、エドガーは先程から手元の時計を気にしている。まだ新しい真鍮色のそれは、十六時の少し前を示していた。


「何かあるの?」

「ああ……ほら、クレール。顔を上げて御覧」


 促されて顔を上げたクレールは、曇天の隅に舞う薄紅に気付いた。


「はな……?」


 最初は一枚、二枚。次第に色と数を増し、吹雪に似て空に広がる。

 突如として現れた光る花弁に、そこここから歓声が上がる。中には閃く花弁を捕まえようと跳び上がる子供の姿もあった。


 目の前に落ちて来た青い一枚に手を伸ばし、クレールは灰青の双眸を瞬かせる。


「これは、魔術?」


 雪に覆われるこの季節、シルヴェ・ティティアに咲く花は限られている。

 ましてや光る花弁だなんてあまり聞いたことがない。

 そう思ってクレールが見上げれば、秀麗な顔はしてやったりと言わんばかりに得意げだ。


「雪祭りは街を挙げての祭りなんだろう? 折角だから、うちの魔術師たちにも何かやらせようと思ってな」


 見ると、通りの隅に魔術式を操作している青年が立っていた。彼の胸元では、いつもエドガーが身に着けている物とよく似た翠の石が輝いている。


「王都の祭りでは本物の花弁を散らすんだが、片付けが大変だからな。その点、魔術の光なら勝手に消えるから、後始末も楽だ」

「そう……」


 彩に乏しい空を色とりどりの光の花弁が舞い閃く様は、ひどく幻想的だ。

 まるで知らない庭に迷い込んでしまったかのような錯覚に、クレールは惚けたように浸る。


「クレール」

「なぁに?」


 青年の指先で、翠の光が弾ける。光はひと瞬きの間に膨れ上がると、一羽の鳥へと形を変えた。


「行け」


 光の花吹雪の中を、翠鳥は飛び上がる。本物の鳥のように、シルヴェ・ティティアの空を自由自在に。

 その軌跡を目で追いながら、クレールは目を細めた。


「きれいね」

「喜んで貰えて何よりだ」


 いつまでもこの時間が続けばいいのに。

 繋いだ手を強く握り返しながら、堪らなくそう思った。




 光の花弁と入れ替わるようにして、今度は雪が降り始めた。

 ちらほらと降る白色は、そう積もるまではいかないだろう。だが少なからず視界を悪くするし、何より猫のぬいぐるみが濡れてしまうのは嫌だ。


「もう帰らないと。グレースちゃんも待っているでしょうし」

「そうか」


 先導するように歩き始めたエドガーに、クレールは苦笑した。


「送って貰わなくて結構よ?」

「それもあるが、実はまだ雪像を見ていないんだ」

「そうなの?」


 てっきり領主代行の彼はいの一番に観たものだと思っていた。不思議そうに見上げて来る少女の手を引きながら、エドガーは問い返す。


「君はもう見たのか?」

「来るときに少しだけね。人が多くてよく見えなかったのだけれど、今年も初代の像が凄かったわ。うちくらいの高さがあったのだから」

「それはさぞかし見応えがありそうだ。今年は大戦時に魔法剣士として戦っていた姿を模しているんだったか」

「ええ、そうよ」


 他愛もない談笑の流れで頷こうとして、クレールはふと引っ掛かりを覚えた。彼の言葉は頭の中で復唱し、小首を傾げる。


「ねえ、エドガー」

「なんだ?」

「見てないのに、どうして今年の初代像のことを知っているの?」


 初代シリウス辺境伯の雪像は祭りの目玉とあって、当日までどのような姿をしているのかは秘されている。詳細を知るのは計画立案者含む制作関係者のみで、城には初代像の作成としか申請せず、作成中は周囲に木の板を立てて覆いをするなど、徹底していた。


「それ、は……」


 珍しく言い淀む青年を、クレールは目を眇めて見上げる。


「もしかして、展示前のを見ちゃったの? 貴方、よくうちに来てたし」

「……まあ、似たようなところ」

「ふぅん?」


 クレールの探る眼差しを、エドガーは明後日の方向へと顔ごと避ける。


「掟ではないけれど、初代のは当日まで秘密とされているのだから。見てしまっても、知らない振りを貫かなくては駄目よ」

「肝に銘じよう」


 わざとらしいほど重々しく頷くエドガーに、クレールは肩を竦めて返す。


 製作中の初代の雪像を見てはならないという決まりは、掟ほど重いものではない。雪祭りが始まった頃からある、一種のお約束みたいなものだ。

 この街で一番高い身分と権力を持つ彼が見てしまったからと咎めるような住民も罰則もないのだから、来年から気を付けて貰えればそれでいい。


 つらつらと考えていたクレールは、進行方向が騒がしいことに気が付いた。

 エドガーも気付いたようで、ちょうど前方から走って来た騎士の二人組に声をかける。


「そこの騎士。どうした、そんなに急いで」


 静かな威を伴う低い声は、雑踏の中でもよく通る。

 騎士は一瞬胡乱げな顔をしたが、すぐに相手が誰かわかったようだ。ひとりはそのまま城の方に走って行ったが、もうひとりは人混みを縫って二人の前にやって来た。


「魔術師様! こちらにいらっしゃいましたか!」

「何があった。事件か?」


 領主代行の詰問に、騎士は表情を引き締める。


「ラベンダー畑の雪像が倒れてしまったのですが、どうやら子供が下敷きになって埋まってしまったようで……現在、現場は近くにいた係の者たちが対応中で、私共は城に連絡を入れに向かっているところです」


 騎士の報告に、クレールは小さく息を呑んだ。

 雪像が崩れることは、この雪祭りにおいて絶対にあってはならないことだ。ましてや子供が巻き込まれるだなんてことは、以ての外。


「わかった。ついでに塔の魔術師も呼んで来い。俺は現場に行く」

「承知いたしました!」


 騎士が城に向かうのを確認し、エドガーは隣の少女を振り返った。


「すまない、クレール。先に行く」

「わかりました」


 繋がれていた手が離れるや否や、エドガーは駆け出した。その後を追って、クレールも走り出す。




 雪像会場に着くと、昼前に初代シリウス辺境伯の像が立っていた場所がただの雪山と化していた。周囲には精霊の像もいくつかあった筈だが、巻き込まれたのかどれも原形を留めていない。


 エドガーが辿り着いた時には既に多くの大人が救出作業に当たり、観光客たちが固唾を呑んで見守っていた。


「――いたぞ!」


 小高い雪山に掘られた大穴の中から、ひとりの少年が引き摺り出される。それほど長く雪に埋まることがなかったのだろう。助け出された少年は大人たちの顔を見ると、弱弱しくだが泣き出した。


「よかった……!」

「アル!」


 毛布に包まれる少年に、住民たちは口々に喜びを上げる。友人である三人の子供たちも駆け寄り、辺りに安堵が漂う。


「よかった。無事だったか」


 エドガーは息を吐くと、少年を抱える騎士に声をかけた。


「ちょっといいか?」

「閣下」


 一礼しようとする騎士を制し、エドガーは魔術式を少年に掲げる。途端、冷えて白くなっていた少年の頬に赤みが差した。


「近くの診察所までも距離があるからな。簡単にだが風除けと防寒だ。診療所に着いたら、十分に温めてやってくれ」

「畏まりました!」

「――待って!」


 唐突に上がった制止に、駆け出そうとしていた騎士はたたらを踏んだ。

 何事かと、エドガーは声の主を振り返る。


「クレール?」

「待って……どうして……」


 急がなければならない騎士を引き留めた少女に、非難の眼差しが突き刺さる。

 だがクレールは一度頭を振ると、衆人の目を物ともせずに一歩踏み出した。


「あなたたち」


 急に呼び止められ、騎士に追従しようとしていた子供たちはびくりっと小さな身体を振るわせた。

 クレールは身を屈めると、子供たちひとりひとりに視線を合わせる。


「もうひとりは、どこ?」


 急に見つめられて驚いたのか、子供たちは何を言われているのかと互いの顔を見合わせた。

 少年を抱えた騎士も、あとにしろと煩わしそうに目を向ける。


 だが普段高く澄んでいる声が固く強張っている様に、エドガーはクレールの肩に手を添えた。


「クレール、どういうことだ? もうひとりって?」

「だって、この子たちはいつも五人で遊んでいるでしょう? 今朝だってそうだった……もうひとりは一緒ではないの?」


 子供たちの顔は、クレールの知っているものだ。これほど人の多い会場で擦れ違った時に判断が付くほど、彼らはいつも一緒に遊んでいた。


 クレールの言葉に、すぐに一番年上らしき少年が何かを思い出したように目を瞠った。慌てて辺りを見渡し、幼い顔を青褪めさせる。


「あ……ララが……」

「ララ?」


 ララはシルヴェ・ティティアで女の子によく付けられる名前だ。

 そう思って繰り返すエドガーに、少年は震えながら頷く。


「ララ、アルを追いかけて行ってて……」

「ふたりともいなくなっちゃったから、俺ら探してたんだ!」

「アル、初代様と銀雪姫見に行くって言ってた! だから雪像のとこ来たら、アルが埋まってて……」


 堰を切ったように次々と訴える子供たちに、横で聞いていたエドガーは顔色を変える。


「もうひとり、雪の中にいるのか……?」


 一度は緩んだはずの空気が、再び張り詰めていく音がする。


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