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銀のカルーセル  作者: 白毬りりま
クレール・ネージュは春を告げる

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16/30

015.的当て


 昼を過ぎると、客の行き来は更に活発になっていた。


 林檎の果肉が練り込まれた焼き菓子を齧りながら歩いていたクレールは、ひと際客の入りが多い屋台に目を留めた。

 人混みでよく見えないが、時折歓声が上がっている。


「えらく賑やかね?」

「あの辺りは遊戯の店が出ていた筈だ」


 領主代行の青年は何処にどのような屋台が出ているのか把握しているようで、実に優秀な案内役っぷりを見せてくれる。

 折角だから見に行こうと手を引かれ、クレールは頷いて食べかけの菓子を籠に仕舞った。


 一番賑わっていたのは、的当ての店だった。

 菓子や玩具といった景品が並べられた屋台の横に広く空間が取られ、奥に目掛けて短矢を投げる客が一喜一憂する様を、クレールはまじまじと眺める。


「君もやってみるか?」

「私が投げて届くとは思えないのだけれど……」

「なら何か欲しい景品はあるか?」

「ほしいもの……」


 そのやり取りが聞こえていたのか。二人の前にいた客が徐ろに振り返った。


「おや。どなたかと思えばエドガー様ではございませんか」


 不意に話しかけられたエドガーは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに誰かに気付いたようで目を細めた。


「なんだ、ヒューイか。随分と着込んでいるから、気付かなかった」

「普段研究室に籠っている身には、大分堪える寒さですからねぇ……とはいえ当番まで時間もありますし、折角なので屋台を回っているところです」


 服の意匠と声からして、若い男だろうか。背丈はエドガーよりも拳ひとつ低いくらい。頭の上から爪先まで十分に着込んでいるため、年齢どころか体型すら判断がつかない。

 唯一覗いている目元からは、穏和な明るい緑の双眸が窺えるが、クレールにわかるのはそれだけだ。


「君は初めましてだな。うちの魔術師のヒューイ・オルフォンス卿だ」

「こんにちは、お嬢さん。どうぞヒューイとお呼びください」


 いいながら、ヒューイは鼻までを覆っていた首巻きを顎まで下げる。

 エドガーよりも少し年上、恐らくグレンと同年代くらいだろうか。同じ貴族でも騎士育ちのふたりに比べて線が細く、人がよさそうな印象だ。


「こんにちは、ヒューイさん。クレールです」

「ああ。貴女がお噂の」


 どの噂だと問い詰めたくなったが、魔術師ということは今朝会ったフィオナの同僚である筈だ。掴みどころのない令嬢の言動を思い出し、クレールは曖昧に笑うに留める。


 どうやらヒューイは的当てに参加するらしく、順番待ちをしていたそうだ。


「矢を五本投げて、刺さった得点の合計によって賞品が貰えるんですって。静謐の森の奥で採れたという稀少な鉱石の詰め合わせが出ているので、挑戦してみようかと思いまして」


 肩慣らしのつもりか、ヒューイは投げる素振りを見せる。着込んでいる所為で少し動きが物々しいが、その肩はやる気に満ちている。


「何点必要なんだ?」

「五十点です。真ん中の赤色に一本でも当てるか、手堅くその周囲の十点二十点を取って行くか……まあ、どちらにせよ、余裕で勝ってみせますよ」


 そうこうしている内に、ヒューイの番が回って来た。相変わらず顔の大半が見えないのだが、自信満々にヒューイは定位置に立つ。

 矢を受け取り、足場を確認し、狙いを定め、腕を振り被り。


「……あれ?」

「掠ってもないじゃないか」

「可笑しいなぁ……」


 ヒューイは二本目も構えるが、またもや的ではなく背後の壁に突き刺さる。続く三本目は的がかけられた壁にすら届かなかった。

 これは一本も当たらないのでは。憐れむような空気が支配する中、ヒューイはひとつ息を吐く。


「店主、代理は可能でしょうか?」

「兄さんがいいならいいよ」


 苦笑しながらの店主の許可に、ヒューイは問題ないと大きく頷いた。

 いっそ潔いほど堂々と、様子を伺っていたエドガーの前に立つ。


「という訳でエドガー様、投擲はお得意でしたよね?」

「真ん中を狙えばいいんだな?」

「お話が速くて助かります」


 恭しく差し出された矢を受け取り、エドガーは構える。そして手首の動きだけで投げられた矢は、真っ直ぐに的の中央に突き刺さった。

 あまりにも無駄のない一連の動作に、店の前だけでなく通りかかった観光客や様子を伺っていた近隣の屋台からも歓声が上がる。


「凄い! 流石我らが翠の塔の主!」

「ほら、さっさと賞品を貰って来い」

「はい!」


 成人男性とは思えないはしゃぎっぷりで、ヒューイは目当ての賞品を受け取りに行く。

 未だ熱気の冷めやらぬ中、クレールは灰青の双眸を丸くしてエドガーの手を見つめた。


「貴方、凄いのね。もしかして、魔術を使ったの?」

「いいや。士官学校時代によくグレンたちとナイフ投げで賭けをやっていたからな。この程度なら魔術を使うまでもない」

「ふぅん?」


 何処か気のない返事をしつつも、クレールの灰青の双眸は的の中央に当たった矢に釘付けだ。


「君もやってみるか?」

「……いいの?」

「矢はまだ一本残っている」


 念のためにヒューイの方も伺うが、鉱石の詰め合わせが手に入った彼はどうぞと満面の笑みだ。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 こういう遊びをするのは初めてだ。そもそもしてみたいと思ったのも初めてだ。

 浮足立つ胸を押さえ、エドガーの矢が描いた軌跡を思い浮かべつつ構える。そしてせめて的に届くことを祈りながら、クレールは矢を投げた。

 一拍置いて、矢は軽い音を立てながら的に刺さる。


「え」


 一瞬、会場内が静まり返った。かと思うと、次の瞬間には割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 クレールはびくりっと細い肩を跳ねさせると、隣の青年を見上げた。


「あ、あの……?」

「大当たりだな」


 クレールの矢が刺さったのは、赤く塗られた的の中央、エドガーが投げたもののすぐ隣だった。



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