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銀のカルーセル  作者: 白毬りりま
クレール・ネージュは春を告げる

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13/29

012.しらないおはなし


 窓の外では相変わらず雪が降っているが、部屋の中は暖かい。

 机の上で本の表紙を見て回っている白蛇を視線で追いつつ、クレールは首の向きを変えた。


「ねえ。城にはどんな本が置いてあったの?」


 いつか官吏用の書庫や領主の私書庫の蔵書も閲覧してみたいと思っているが、水晶城に仕える伝手のないクレールには夢のまた夢の話だ。

 だが目の前にいるのは、それらを自由に閲覧できる存在だ。どのような本があったのかだけでも聞いてみたい。


 澄まし表情はそのまま、しかし灰青の双眸に好奇心を覗かせる少女に、エドガーは己の脳裏を辿る。


「色々あった。算術書、植物図鑑、薬術書、歴史書……ああ、あちらにも童話を置いてあったな」

「童話って?」

「この本と同じ装丁のものだ。シルヴェ・ティティア周辺の精霊に関する話や、静謐の森の話。あとは魔法や魔女の話とか」

「もしかしてそれは、令嬢の書いたうちの幻の一冊と呼ばれるものかしらっ?」


 腰を浮かせて目を輝かせるクレールに、エドガーは苦笑しながら頷いた。


 三百年前の令嬢が書いた本には、西の図書館には収蔵されていない幻の一冊がある。

 利用者にとって周知の事実であるそれは、クレールも聞き及んでいた。


「何の本だと思ったら、魔法に関する本だったのね」

「多分、全く知らない内容ということはないと思う。君もシルヴェに住んでいるのなら、『砂糖硝子の魔女』の名くらいは聞いたことがあるだろう?」


 シルヴェ・ティティアには、魔女が住んでいる。

 『砂糖硝子の魔女』と呼ばれる彼女は、食べると何でも願いを叶えることができる不思議な菓子を作っているらしい。

 ただ実際に何処の誰が魔女なのかは不明で、やれ三番通りの菓子屋の老婆がそうだの、やれ東の角の店の料理上手な嫁が実はそうだの、街の住民たちは噂しては楽しんでいた。


「昔は権力者が魔女狩りを行っていたという話が有名よね。確か、魔法を求めた権力者が魔女に誑かされたから、その仕返しで魔女狩りを行っていたのだったかしら。理不尽な話よね」

「本当に昔の話だな。まあその所為で、未だに魔女は人間を誑かす呪いの存在だと実しやかにいわれているんだが」


 そう、所詮は噂の存在なのだ。人間の前に姿を現さない精霊と同じく、御伽噺の存在。


「魔法って、魔術みたいに何でもできる術だったかしら?」

「全然違う」


 エドガーは机の上に置かれていた黒い棒を取り上げると、徐に片側を引っ張った。

 外された黒蓋の下から現れた金色は、見慣れた羽根ペンのそれに形状が似ている。違いは羽根ペンと違って持ち手が太く滑らかで、丈夫で持ち易そうな点だ。

 インクを付けた風もないのに紙面に黒い線を走らせるペン先を、クレールは目を丸くして追った。


「魔術というのは、自然界にある法則を魔力適正の高い人間が魔術式というもので一般化と再現する術のことだ。対し、魔法というのは精霊や魔女といった人知を超えた存在が行使する奇跡だ」


 魔術と魔法。人間と精霊。

 それぞれの文字は対比するように並べられている。

 少し角張った男の筆跡を、クレールは食い入るように見つめる。


「魔術と魔法の違いは、使用者が違うということ?」

「それもちょっと違うな。たとえば、料理をするとしよう」

「貴方、料理できるの?」

「できない」


 いっそ清々しいほどきっぱりと言い切った魔術師は、クレールの何とも言えない視線を物ともせずに講釈を続ける。


「仮に俺たち人間がスープを食べようとしたら、材料を買って、竈に火を熾して、鍋に水を汲んで、具を切って、煮込んで、皿に盛り付けてをしなければならない」

「味付けが抜けたわ」

「味付けもしなければならない。あと必要があれば味見もするだろ?」

「そうね。味見は大事だわ」


 重々しく頷くクレールの真似をして、白蛇もうんうんと頭を上下させる。


「君も知っての通り、スープを作るだけでもそれなりの手間と時間がかかる。だが精霊や魔女は、そんなことをする必要はない。ただスープを望めばスープが出て来る……それが、魔法だ」

「つまり、魔術は材料やレシピ、色々な手順が必要だけれど、魔法は望むだけで十分ってこと?」

「ざっくりいうとそうなるな」


 クレールは何もなかった卓の上に湯気を立てるスープの皿が置かれている様を思い浮かべた。

 具が何であろうとも、作る課程がなければ買い物に行く費用がないどころか、後片付けの煩わしさも一気に減る。なんなら魔法で後片付けすらしなくてもいいかもしれない。

 それはとても魅力的なことのように思えた。


「魔術だって、魔術師でないと使えないことには変わりないのに。思っているよりも面倒なものなのね?」


 白い指先が、魔術の文字の周りでくるくると円を描く。


「奇跡に近い魔法に対し、魔術は全くの万能ではない。魔力と呼ばれる自然の力を使うのは同じだが、所詮魔術は魔法の模倣だ。魔法とは似て非なる、人間の技術だ」


 魔術を使えないクレールにしてみれば、どちらも魔力という不思議な力に依る能力だ。だが魔術師の権威とも言えるマギステルがいうのなら、魔術はクレールが思っているほど奇跡ではないのだろう。


「実はというと、本当に魔法がそういうものなのかはわかっていない」

「そうなの?」

「確認しようにも、魔女も精霊も滅多に人間の前に姿を現さないだろ?」


 エドガーの言う通り、ほとんどの精霊は目撃情報が偶にあるくらいだ。それか、彼らが起こした気紛れの魔法に巻き込まれるか。

 その精霊の気紛れとて、年に数えるくらいあるかどうかだ。場所も人間からしてみれば偶発的で、だからこそ『精霊の気紛れ』であるのだが。


「マギステルでも知らないことがあるのね」

「……マギステルだからこそ、知らないことはたくさんある」


 不意に一段低くなった声と翳った目元に、クレールは灰青色を丸くした。てっきり、彼の性格だから飄々と返されると思ったのだ。

 だが翠の双眸の奥に覗いた仄暗さは一瞬で、すぐに闊達さに打ち消される。


「まあ、それを解明していくのが魔術だからな。まだまだこれからの分野だ」

「ふぅん?」


 クレールは本へと視線を戻した。白蛇が適当に捲っていたそこには、静謐の森に棲むという女の姿をした精霊が描かれている。


「貴方は、魔法を見たことがあるの?」

「ある」


 そう断言したエドガーの声は、妙に鮮明にクレールの耳へ届いた。




「次は国外からも取り寄せるかなぁ……」


 肩を回して解そうとしていたエドガーは、ふと動きを止めた。ほぼ時を同じくして、談話室の扉を叩く音が響く。


「入れ」

「失礼致します」


 柔らかな声と共に、扉を開けて一人の青年が顔を覗かせる。


「こちらにいらっしゃいましたか、閣下」

「ゼファー」


 明るい灰色の髪に、濃い青の瞳。エドガーと同じ制服を纏った彼のことは、クレールも知っている。

 旧シリウス辺境伯家の分家であるルーグィス家の次期当主で、名をゼファー・ルーグィスという。

 まだ二十四という若さながら筆頭政務官の任に就く彼は、幼い頃から先代領主代行であった父の後ろを付いて回り、政務官としての勉学に励んでいた。加えて人当たりのよい性格とあって、住民たちからの人望も厚い。


 更に言えば、エドガーが来るまで領主代行としてこの領の政務を執り行っていたのが、他でもないこの青年だ。

 当初、エドガーが領主代行の任も受けていることを知った他の者たちは、尊敬する政務官が任を解かれることに少なからず反発を見せていた。だが当のゼファーがさっさとエドガーの補佐官に回って領主としての手解きをしているのを見て、誰も彼もが口を閉ざしてしまった。


「お探ししましたよ。休憩だと仰っていたので、てっきり翠の塔にいらっしゃるかと」

「今日は政務に集中することにしているんだ。途中で研究室に入ったら、執務室に戻る気がなくなる」

「その割には全く帰っていらっしゃるご様子ではございませんが」

「…………」


 無言で広げられていた紙を束ね始めたエドガーから視線を外し、ゼファーはそこで初めてクレールに目を留めた。

 びくりっと肩を跳ねさせるクレールに、ゼファーは穏和な笑みを浮かべる。


「こんにちは、クレール」

「……こんにちは」


 強張った喉を動かしてなんとかそれだけ返すと、ゼファーは興味を失ったのかエドガーに視線を戻した。


「では、私は先に戻りますので」

「わかった」


 ゼファーが去り、談話室内は再び三人だけに戻る。

 あからさまに息を吐くクレールを、エドガーは怪訝そうに伺った。


「もしかして、君はゼファーが苦手なのか?」

「別に、そういう訳ではないのだけれど……」


 シリウス辺境伯家の縁者に多く出る青い瞳は、晒されているだけで心が落ち着かなくなる。特にゼファーは筆頭政務官であるからか、緊張のあまり肩が強張ってしまう。


 窓の外を見ると、もう随分と暗くなり始めていた。雪はそれほど降っていないが、帰路もそうだとは限らない。


「私もそろそろ帰らないと……でないと、家に着く前に鐘が鳴るわ」

「ああ……掟のやつか」


 夜告げの鐘が鳴り終わる前に街に帰らなくてはならない。でないと夜に呑まれてしまうから。

 街に生まれた子どもたちが物心つく前から教えられる掟は、日暮れ頃に鳴る鐘の音に由来するものだ。

 街ができた頃には既に聞こえていたというその音は、毎日絶えることなくシルヴェ・ティティアの住民に夜の訪れを告げている。


「あれ、何処で鳴っているんだ? 街の時計台じゃないよな?」

「正確な場所は知られていないけれど、静謐の森の奥からだといわれているわ」

「ということは、あれも精霊の気紛れの一種、か」


 シルヴェ・ティティアの夜は深いともあって、大人になっても街の住民はこの掟を律儀に守っている。


「帰るわよ、グレースちゃん」


 声をかけるが、白蛇は本を持つエドガーの腕に絡まって動こうとしない。顔すら向けない愛蛇に、クレールは訝しんだ。


「グレースちゃん?」

「もしかして、この本を読みたいのか?」


 小さな頭が上下に動く。これは肯定だ。


「駄目よ、グレースちゃん。本は順番なの。それはまだエドガーが読んでいるから、また今度」


 いやいやするように、今度は左右に揺れる。珍しく聞き分けのない白蛇に、クレールは頬を引き攣らせながら細い身体に手を伸ばした。


「ほら、鐘が鳴ってしまうから」

「待った、クレール」


 エドガーはクレールを制止すると、白蛇を巻き付かせたままの腕を持ち上げた。不貞腐れている鼻先を撫で、小さい子どもにするように視線を合わせる。


「この本が読みたいんだろ? なら借りていくといい」

「いいの?」

「一度読み終わっているんだ。内容はすべて覚えている」


 大きな手によって籠に戻されると、グレースは大人しくクッションの上で丸くなる。

 帰る頃にはかなり冷え込んでいるだろうからと、エドガーが毛織物に保温の魔術をかけてくれた。風雪が入り込まないようにしっかりと籠に被せ、折角譲って貰った本を抱えることも忘れない。


「探し物、頑張ってね」

「ああ……ありがとう」


 片手をひらめかせるエドガーに手を振り返し、クレールは談話室を後にした。


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